初めての感情
陽菜が慰めてくれたお陰で、朝はいつも通り過ごし、仕事に向かっていた。
八城さんとの食事で、自分の想いを殺して応援すると決めた俺だったが、本当は応援なんてしたくない。むしろ失敗してくれと願う自分がいる。
「……ははっ。俺ってこんなクズだったなんてな」
ほんと自分が嫌になる。友達が上手くいきそうなのだから、心から応援してやらないといけないのにな。
「おはようございます」
会社に着き、挨拶をする。まだ八城さんと野田は来ていないみたいだった。
正直助かった。朝来た時、目の前でイチャイチャされていたら、俺は耐えれなかったかもしれない。
数分してから野田が来て、その数分後くらいに八城さんが来た。
「なぁなぁ、秋本よ。昨日八城と飲みに行ったんだろ? どうだった?」
「どうもこうもねーよ。普通にご飯食べて終わっただけだぞ。飲みにすら行ってないからな」
「そうだったのか。でもいいなぁ。俺もご飯食べに行きたいよ」
「そんなの簡単だろ。野田から誘えばいいだろ?」
なんなら野田から誘えばふたつ返事で返ってくるだろ。何を悩む必要があるんだか。
あんだけ俺に何だかんだ言ってたのだから、それくらいわけもないだろうに。
「いやっ、なんか恥ずかしいっていうか。好きになった人を誘うのって恥ずかしくね?」
「野田。高校時代とか、彼女いたんだろ?」
「ま、まぁいたよ」
「なら、その子をデートに誘った時みたいな感じで誘えばいいだろ」
「まぁそうなんだろうけどさ。それが難しいっていうかなんていうか」
「そうか。まぁ頑張れ」
「あれ? 秋本も頑張るんじゃないのか?」
「俺はもう諦めた身だからな」
そもそも八城さんからしたら、俺は生理的に無理な枠に存在してたみたいだからな。何をどう頑張ったって、生理的無理から抜け出す事なんてできない。
「そうなのか。でも、ライバルが諦めたってなると、今がチャンスかもな。俺、頑張るよ!」
野田の嬉しそうな、闘志を燃やしているような顔を見ると、無性に腹がたつ。こんな感情になったのは初めてだ。例えるなら、どす黒いなにかがお腹の中をぐるぐる渦巻いてるような感覚だ。
「……おう。頑張れよ」
「おう!」
そこで会話を打ち切り、仕事を始める。不意に八城さんの方を見ると、こっちをチラチラ見ていた。
もしかしたら俺がいたから、野田に話かけ辛かったのかもな。そう考えると、俺は邪魔だったのかもしれない。
しょうがない。昼休憩の時はどこかに行くとしよう。2人の時間を邪魔しないようにしないとな。
……やっぱり、20歳超えて誰とも付き合った事ないやつって、その先もずっと誰かと付き合うことは無理なのかもな。
よく言うじゃん? モテないのは自分に問題があるってさ。それが20年も続けば、その先モテるなんて事まずないだろうな。
なんでそんな俺が2人を結ばせるための、恋のキューピット役をやってるんだろうな。
ほんと、なにやってんだよ俺。
午前中も終わり、昼休憩となったため、1人でご飯を食べれる場所を探す。
無難に階段のところか、トイレで食うとしよう。自分の席以外、移動して食べたというのは、水原さんと食べた時くらいだったし。
大体他の人も自分の席で食べるか仲良い人の所に行って食べてるか、後は食堂行って食べてるかのどれかだ。
「秋本さん! もしよかったら一緒に食べませんか?」
どこで食べようか探していると、水原さんに声をかけられた。
「いいのか? 一緒に食べても?」
「はいっ! 一緒に食べましょう!」
「ありがとな」
「いえっ! それにしても、いつも野田さんと食べてませんでしたっけ?」
「ああ。そうなんだがな。今日から食べれなくなったんだよ」
「どうしてです?」
「……いろいろあるんだよ。まぁ見てみるのが手っ取り早い」
「わかりました」
水原さんは野田と八城さんが仲良く食べている方を見て、なにかを察した顔をしていた。
「あの2人って付き合ってるんですか?」
「いや、まだ付き合ってない。2人とも片思い中だ」
「そーなんですね! お似合いですよね〜」
「まぁ、そうだな。……ほんと、お似合いだよな」
「最後の方、なんて言ったんです?」
「いや、それよりもご飯食べるぞ。時間なくなる」
「それもそうですね。あっ! もしよかったら明日から一緒にご飯食べませんか?」
「いいのか?」
「はい! 私いつも1人で食べてたので、むしろお願いしたいくらいですから!」
「それなら、明日からここに来るよ」
「はい!」
水原さんの嬉しそうな顔をみるとこっちまで嬉しくなるな。あんだけ喜んでくれるなんてな。
その後もお互いの趣味の話などで盛り上がり、昼休憩が終わるまでずっと話していた。
「明日もたくさん話しましょうね!」
「ああ、そうだな!」
水原さんと話し、心が軽くなった俺は自分の席に戻って仕事をしだす。
まぁパソコンとにらめっこしてる時に野田もわざわざ話しかけないだろ。仕事してないと、野田の惚気話を聞かないといけなくなっちゃうかもだし、そうなると面倒だからな。
その後もちょくちょく休憩をとりながら、仕事に取り組んだ俺は時計を確認し、帰る支度を始める。野田も仕事が終わったのか、帰りの支度をしていた。
「なぁ秋本。この後飲みに行かね? 八城さんも一緒にだけどさ」
「いやっ、そこ俺誘っちゃダメだろ。折角2人きりになるチャンスなんだからよ」
「いや、なんか八城さんが秋本も誘ってみたら? って言ってきたんだよな」
八城さんが俺を誘うように言ったのは意外だったが、単に2人きりで飲むのが恥ずかしいからっていう事だろう。じゃないと誘われる理由がないし。
「そうなんだ。まぁ2人きりで楽しんでこいよ。俺は陽菜が作ってくれてるご飯を食べるからよ」
「そっか。陽菜ちゃんによろしく言っといてくれ」
「なんでだよ。一度も会ったことないやつから、よろしく言われたら恐怖もんだろ。なんなら、ストーカーか? って思われるぞ?」
「そ、そうだよな。俺、なに言ってんだろうな」
「緊張しなくていいだろ。むしろ女性と食事なんて何回もしてんじゃないのかよ」
「いや、そうなんだけどさ。高校までっていうか、なんというか。高校卒業した後からはそーゆー経験がなかったっていうか」
「どんだけ緊張してんだよ。俺よりもしてるじゃねーかよ」
「久しぶりすぎてな。覚悟を決めるよ! 行ってくる!」
「おう。行ってこい」
野田が八城さんのところに向かったのを確認してから、俺は会社を後にした。
空を見上げると、綺麗な星が輝いていた。
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