八城さんとの食事

 昨日、八城さんから『仕事が終わってから話がある』と言われたため、その事ばかりを考えてしまい仕事に手がつかない。

 と言ってもこの前の事だとは思うんだが、その場でお互い謝って解決していた筈だし、もしかしたら違う事なのかもしれない。


「……なんのことなんだろうな。さっぱりわからん」

「ん?どうかしたのか?」

「もしかして声にでてたか?」

「ばっちりな。秋本の隣にいるんだしな」

「まじか」


 まさか無意識のうちに声にでてしまってたのか。それも野田に聞かれるとか最悪だ。

 正直、八城さんの事で悩んでる、なんて野田に相談できんだろ。


「なんかあったのか?」


 野田は心配してくれているが、これだけは野田には言えない。


「い、いや、なんでもないぞ?」

「そうか? それならいいんだが。そうそう、この前八城と飲みに行った日あっただろ?」

「そういや、そうだな。俺が行けなかった時だろ?」


 本当は行くきなんてさらさらなかった時だ。それに陰で八城さんにボロカスに言われてた日だ。


「初めて2人きりで飲んでたからよ。気まずくなるんじゃないかって思ってたんだが、意外と楽しかったんだよな」

「そりゃ、よかったな。まさか自慢してんのか?」

「いや、そーゆーわけじゃないけどさ。八城って酔っ払うイメージないだろ」

「確かにないな」

「それが酔うとすげー甘えてくるんだよね。なんか普段とのギャップがあって可愛いっていうかなんていうか」


 ん? 俺は今惚気話を聞かされているのだろうか。確かまだ付き合ってなかったよな? しかもいつも誰かと飲んだとか話さない野田がこんなに話すとは意外だ。

 ……2人が上手くいってるようで良かった。今日八城さんと話する時、この恋が実るようにきちんと応援する趣旨を伝えておこう。


「まさか八城さんに惚れたか?」

「ま、まぁそうかもしんない。前から結構いいなって思ってたし……という事は秋本とはライバルって事になるな!」

「お、おう。そうなるな」


 気持ち悪い分類に入っている俺がライバルとなるわけがないし、そもそも八城さんが好きなのは野田だ。野田が告白したら簡単に付き合えるだろう。


「俺、秋本に負けないように頑張るわ」

「お互い、頑張ろうぜ。因みに今日仕事終わりに八城さんと話すんだ」


 吐き気がしてくる。こんな嘘をつくなんてな。ほんと、早くこの話終わってくれ。これ以上嘘を嘘で塗り固めるのは嫌だ。だが、野田に八城さんの悪口を言うわけにもいかないし、どうしたもんか。


「羨ましいなぁ〜。俺もまた飲みに誘ってみるわ」

「そうか」

「おう」

「そんじゃ仕事に戻るぞ」

「そうだな」


 はぁ、疲れた。まぁ今日の仕事は少ないし、ゆっくりやろうかな。どーせ手につかないんだし、焦ってやる必要もないだろ。

 ゆっくりやりながら時間を確認するともう帰る時間になっていた。




 帰る支度をし、八城さんを待っているとすぐにやってきた。


「秋本くん。それじゃ行こっか!」

「八城さん? どこに行くんですか?」

「静かに話せるところに行こうかなって」

「は、はぁ」

「着いてからのお楽しみだよ!」

「そ、そうですか」


 会社を出て10分〜20分くらい歩き、ついた所は焼肉屋だった。

 まさか焼肉屋をチョイスするとは思わなかったから意外だ。


「ここって、焼肉屋だよね?」

「そうだよ?」


 何か問題でもあるの? とでも言うかのような顔を向けてきた。


「まぁ話があるっていうのもあるけど、焼肉食べたいっていうのもあったんだ」

「焼肉とか、意外ですね」

「たまには食べたくなるんだよね」

「そうなんですね。早く入りましょう」

「そうだね」


 俺たちは焼肉屋に入り、個室に案内してもらった。


「秋本くん。どんどん焼いて」

「は、はぁ。あ、それもう焼けてますよ」

「ほんと? ならいただこうかな」

「ど、どうぞ」

「うーん、美味し〜!!」

「それは良かったです」


 どうしてこうなった。確か話したい事があるからっていう事できたはずなのだが、さっきから食べているだけだ。なんなら普通に食事を楽しんでるって感じに見える。


「いや〜、秋本くんは焼くの上手いね!」

「は、はぁ。それより、話があるんですよね?」

「……そうだったね」


 さっきまではしゃいでいた八城さんだったが、急に静かになった。

 なんか空気が重くなったんだが。


「あの、さ。秋本くん。もしかしてだけど、この前トイレで私たちが話してたの聞いてたでしょ?」

「……聞いてました」

「……やっぱりそうだったんだ。だからあの態度だったんだね」

「まぁな」

「そっか、聞かれちゃってたか」

「あの話を聞いて、告白した事に罪悪感が湧いてきたんだ。ほんとごめんな。こんな奴に告白されてさ」

「秋本くんは全然悪くない! 悪いのは私だから」

「安心してくれ。もうこの食事が終わったら仕事以外で関わるのはやめるからよ。それに野田と話すのも減らしていくからよ」

「なんで、そんなことするの?」

「なんで、か。まぁ1度惚れた女には、幸せになってほしいっていうのはあるな。俺が邪魔だというなら極力関わらないようにするし」

「そこまでしなくても。それに、怒ってないの?」

「怒る理由がないだろ。そりゃーあの時は腹がたったのは事実だが、八城さんたちは事実を言ってただけだからな。むしろ納得したまである」


 むしろ清々しいと思ってたまである。会社の女子にどんな風に思われてたのかも間接的にではあるが聞けたしな。

 まぁ、結果は気持ち悪いって事だったんだが、それでも聞けただけよかった。


「で、でも私秋本くんに酷いこと言ったんだよ? キモいとか、友達ですらないとか、野田くんといつも一緒にいるからうざいとかさ」


 うん? 最後のやつは言ってなかったよね? まさかこれも本心だったのか?


「でも、それが事実で女性社員からの評価なんだろ? なら、何も問題ないだろ」

「そんなわけない! こんな事言われて怒らない人なんていない!」

「元々そうなんだろうなとは思ってたからな」

「……秋本くんって優しいんだね。普通の人なら、私の事殴ってる所だよ?」

「いや、殴らないでしょ。そこまでの事でもないだろうし」


 というか女性を殴るとか男はしないだろ。それに勝手に盗み聞きしてた俺が悪いんだし、怒るのは筋違いだろ。


「そっか」

「……どうか野田と幸せになってくださいね。応援してますから」

「……うん」


 なぜか浮かない顔をした八城さんだったんだが、どうしたのだろうか? まぁ気にしなくてもいいか。

 それに、途中から八城さんと普通に話せていたし、徐々に女性に慣れてきたかと思うと成長したような気がして嬉しい。


「という事で、もう帰りますか。明日から無理して話しかけてこなくていいから、遠慮なく野田と話してくれ」

「……う、うん。わかった」


 外に出ると、雨がポツリポツリと降っていた。


「雨降ってきちゃったか。強くなる前に帰ろっか! バイバイ!」


 手を振ってる八城さんに軽く会釈してからその場を後にする。八城さんが見えなくなるまで見届けた後、少し歩き、空を見上げた。

 ……俺はいつも通り接されたよな? これでよかったんだよな? これであの2人は幸せになれるんだよな? あの2人が幸せになれるのなら、それでいい。

 何か冷たいものが頬をつたる。

 その正体を、雨がかき消してくれていた。有り難い。これで思いっきり泣ける。


「うっ、うっぐ……」

 俺は傘をささずに、泣き続けていた。


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