第19話

「ギャアァァォォォッ!!」


 咆哮と共に身構えるバラムス。交わる視線と、一瞬の静寂。鋼の城を背に迫りくる大顎を躱し、その爪を剣で弾く。俺は深く息を吸った。


「魔物だ!魔物が出たぞ!!」


 艶やかな甲殻に刃を滑らせ、叫ぶ。それを合図に見張り台の兵士が鐘を鳴らし、ドタバタと騒がしい城塞の中から剣や槍を手にした衛兵たちが流れ出てくる。その数、七名。それぞれが武器を構え、バラムスを取り囲むと同時にそのうちの一人が宙を舞う。


「ぐわぁっ!」


「な、何なんだこいつは」


 武器を構え、バラムスを囲む兵士のうち、兜の目元に傷のある兵士は三人。一瞬のうちに、それぞれと視線を交わす。


「なんて間の悪い客だ。よりにもよって、もうすぐ式典が始まろうってときに」


「竜兵たちや将軍さま方は参列していて動けない。俺たちがやるしかない!」


「王城の横にある隔離塔に向かおうとしているのかもしれん。絶対にここを通すなよ!」


 三人が伝えてくれた情報を脳裏に書き留めておく。

 くっと顔を上げると、見張り台に立つ兵士が頷き、紐に括った石を放つ。その石は傷のない兵士のうち一人の意識を吹き飛ばし、それに驚いて気を逸らしたもう一人が、宙を舞う。混乱しているようでしていない騒ぎの中、俺は最後の一人に駆け寄った。


「気をつけろ。こいつは厄介な魔法を使うぞ」


「う、嘘だろおい!そいつは一体どういう――」


「あぁ。嘘だよ」


 間の抜けたその鼻面に拳を叩き込み、地べたに転がす。それと同時に、バラムスが威嚇して俺に注意を促す。ハッと顔を上げると、酒樽を小脇に身の丈ほどの剣を携えた竜族の男がのそりと一歩を踏み出した。


「ぁ~……式が始まる前にちょいと呑みにでもと抜け出してみりゃあ、一体何の騒ぎだ?こりゃあ?まさかとは思うが、式を邪魔しようってんじゃあねえだろうなあ?」


「ギャアァァォォォッ!」


 バラムスが吼え、竜族の男がその眼の色を変える。丸太のような尻尾が地を叩いた。


「虫ケラが……この俺とやろうってか?いいぜェ。下がってろチビ共。俺が踏み潰してやるァ……」


竜族が煙を吐いて俺の横を通り過ぎたその瞬間、俺は拾い上げた岩を大きく振り被ってその横顔に叩き付ける。鈍い音と共に岩が砕け散り、竜族はぐるりと目を回して倒れた。


「大当たりだぜ。ギルバート」


「外したことがあるかよ」


 バラムスと拳を合わせ、ヴィヴィアンの子らと共に門をくぐる。見張りの彼が再び鐘を鳴らし、危機は去ったことを城内に伝えた。


 そうして踏み込んだ城内。石と鉄を用いて作られたその場所には、日の差し込む中庭の入り口と、左右の回廊に繋がる階段。目元に傷のある数名の兵士たちが敬礼して道を開け、そのうちの一人がそっと前に出た。


「ギルバートさま。バラムスさま。左右の回廊にそれぞれ怪しげな動きを見せる者がおります。恐らくは、龍姫さまを狙う反対派の手の者かと」


「わかった。無駄な騒ぎは起こしたくない。さっさと片付けるぞ」


「手加減するのも楽じゃねえんだけどなあ」


「どうかお気をつけて」


 兵士たちに軽く礼を返しつつ、バラムスと二手に分かれて回廊の階段を駆け上がる。


 高台から中庭を一望すると、思わずため息が出る。目に飛び込んできたそれは、広々とした中庭を埋め尽くす竜の群れ。大小様々、色とりどりの竜がずらりと並んで地べたに座り、または寝そべり、はたまた仲間の上に立ち、全員が静かに一点を見つめてその時を待っている。


 彼らの視線の先には、無数の武器と共に佇む巨竜像。戦と勝利を司る魔神、もとい竜神クロノスの像だ。その足元に置かれた玉座には、煌めくドレスを身に纏う純白の姫君とお付の騎士。回廊を進むほどに少しづつ鮮明になるその二人の顔には、見覚えがある。


 そこに居たのは、カルラと奴隷の男であった。


「(やっぱり、あいつらか……。さては、初めからこのつもりだったな?)」


 俺は舌を打ち、回廊を走る。やがて巨竜像を横から覗ける高台に辿り着くと、そこで弓と矢の用意をしていた衛兵の男がぎょっとして顔を上げる。その目元に、傷はない。


「な、なんだお前――ぎゃあっ!」


 問答無用。ちょうどいい位置にある頭に膝を打ち込み、回廊の壁に叩き付ける。


 その勢いのままに弓を踏み砕き、矢を掴むと、それが毒矢であることはすぐに分かった。それも、掠めただけで致命傷となりえるほどの強い毒。詳しく調べるまでもない。匂いだけでも頭が痛くなりそうだ。



「……」


 矢をへし折って顔を上げると、像を挟んだ向こう側でバラムスがこちらに合図を送る。どうやら、向こうも片付いたらしい。ふうと息を吐くと、中庭の竜族たちがざわついた。


「見ろ、大婆様だ!」


「大婆様がお着きになったぞ!道を開けろ!」


 その声に、回廊から中庭を覗き込む。巨体の竜族たちが互いを押し退けて道を作り、見守る中、一頭の巨大な老竜が中庭に足を踏み入れる。


 ボロボロにひび割れて痩せこけた体と、引きずるほどに長いたてがみ。牙の抜けた顎に、殆どの鱗が剥がれ落ちた四肢。白く濁ったその大きな眼はもはや、自らの足元すら見えてはいまい。それでも小間使いと思わしき子竜たちに手を引かれながら地を踏む老竜、大婆様と呼ばれた彼女は、その指先に小さくも立派な王冠をしっかりと抱えている。


「ぁー…………」


 やがて大婆様は巨竜像の前でその足を止め、深く頭を下げて玉座に跪く。数え切れぬほどの視線が集まる中、カルラはすっと立ち上がり、その美しい髪を翻し、彼女もまた一頭の竜へとその姿を変えた。


 降り注ぐ光を浴びて、ぎらりと輝く白銀の鱗。堂々と羽ばたく銀色の翼に、すらりとした長い尻尾。竜族たちが感嘆の声を上がる中、カルラは静かに白い息を吐き、銀白色の美しい角を光らせた。



「ごきげんよう。大婆様。私がこの国の新たな王、龍姫カルラ・ディアベルでございます」

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