第18話

「全員ちゃんとついてきてるか?ほら、おいで」


「もう大丈夫ですよ~。慌てないで、ゆっくり奥に進んでくださ~い」


 バラムスが派手に掘り砕いた牢屋の床から下に伸びる洞窟に降り立ち、助け出した子供たちを抱いて下ろしてゆく。人間、魔族、鳥人や草族まで。牢に囚われていた多種多様な種族の者たちが安堵に顔を綻ばせ、互いの肩を叩いて抱き合い、別の牢に居た仲間や家族と再会の喜びを分かち合う。その様を眺めつつ、俺は肩をすくめた。


 本当に、罪を犯したと思わしきものが誰一人いない。ざっと顔つきを眺めただけでも、争いごとや犯罪とは到底縁の無さそうな者ばかりだ。それも、女子供ばかり。これでは、捕まえるのも楽だろうな。


「ありがとう!魔族のお兄ちゃん!」


「ありがとうございます。魔王さま」


 身を寄せてくる女性や少女を撫でてやりつつ、ため息をつく。


「礼には及ばんさ。それより、気を抜くにはまだ早い。さ、もっと奥へ」


 その背を撫でて送り出しつつ、段差に怯んでしまう小さい子を抱いて通路に下ろす。瓦礫を挟んだ上の牢屋からクリフォードが顔を出した。


「ギルバートさん、見回り終わりました。その子で最後です。もう、この牢屋は空っぽですよ」


「あぁ。ご苦労」


「あと、何かお手伝いすることあります?」


 頬を掻きながら少し得意げに笑うクリフォード。俺はふむと息を吐く。


「あ、そうだ!もう一つ、伝え忘れていたことがあるんですけど」


「何だ」


「僕の兄弟は皆衛兵をやってるんですけど、母さんからの指示で兜の目元にわざと傷を付けているんです。目印になるかもしれません」


 クリフォードはそう言って自らの目元を親指で指し示す。そこには確かに、小さな傷が刻まれていた。


「わかった。それじゃあ、その鎧を脱いで俺によこせ」


「えっ」


「いいから。早くしろ」


「わ、わかりました……」


 クリフォードが脱いだそれを手に取り、腕を通してゆく。手早く留め具を締めて手袋に指を通し、何度か握る。大きさも十分。頑丈な割に軽くて動きやすい。いい鎧だ。これで、俺も衛兵に紛れ込むことが出来る。


「クリフォード。お前は牢屋の入り口で倒れたふりをして、誰かが来ないかどうか見張っていろ。多少の擦り傷なんかも作って、疲労困憊の演技も忘れるな。そうして誰かが来たら、「化け物に襲われたが、鎧のおかげで助かった」と話すんだ。そうすれば、ひとまずは罪に問われることはないだろう。詳しく話せと言われたら、適当に誤魔化しつつ時間を稼いでくれ」


「は、はあ」


「ついでにガリアの拘束も解いておけ。いつ目を覚ましてもおかしくない」


「えっ、解いちゃって良いんですか?」


「あぁ。彼女の部屋の前に適当に転がしておけ。そうすれば、目を覚ました彼女はきっと、「脱獄した何者かが衛兵たちを気絶させて囚人たちを全部逃してしまったのだ」と思うだろう。少なくとも、俺たちが主犯格だとは思わないはずだ」


「な、なるほど……」


「ギルバートさま!全員、出口に集まりました」


 駆け寄ってくるリリアの声に頷き、踵を返す。


「クリフォード。お前は中々いい仕事をしてくれた。最後の仕事を頼んだぞ」


「は、はい!ギルバートさんたちも、どうかご無事で」


 クリフォードの声を背に、リリアと共に洞窟を往く。バラムスが牢を掘り抜いて見つけた「良いもの」もといこの洞窟は、国の外にまで繋がっているのを既に確認済み。どうやらこの山の頂上に作られた竜の国の地下には、自然に出来たものであろう洞窟がいくつも伸びている。そこを上手く利用して、ひとまずは罪なき囚人たちを逃がすことにしたのだ。


 やがて、見えてくる外の光。切り立った山肌にぽっかりと口を開けたその場所には、数十名ほどの囚人たちと、彼らを先導したバラムスが待っていた。


「よし来たな。ギルバート、リリアちゃん。こっちだ」


 無数の視線が刺さる中、俺はリリアと共にバラムスが立つ巨大な岩に登る。俺たちを見上げる囚人たちの視線を遮るものは何もない。バラムスが大きくその手を広げた。


「よく聞け、お前たち!お前たちを救ったのは魔族だ!この俺バラムスと、このギルバート、そしてそこのリリアちゃんの顔を名前をよく覚えておけ。そうして故郷に帰ったら、魔族が、魔王が助けてくれたのだと、仲間や家族に伝えるんだ。いいな!」


 囚人たちが顔を見合わせ、感謝の言葉や感嘆の声が上がる。バラムスは自慢げに触覚を揺らし、長い爪で外を指し示した。


「見ろ!外だ。あそこの丘陵に、小さな村が見えるな?まずは真っ直ぐにあそこを目指せ。そこの宿で俺たちの名前を出せば、飯くらいは出るだろう。そこから、それぞれの故郷に帰るんだ。さあ行け!もたもたするな!だが焦るな。転ぶと痛いぜ」


 バラムスの言葉に、ぞろぞろと歩き出す囚人たち。互いに手を取り、外に向かって降りてゆくその様に、俺は息を吐く。


「……だが、この辺りにはまだ竜族がうろついているかもしれない。この山岳には、魔獣の類も出る。リリア、あいつらをヴィヴィアンの村まで送り届けてやってくれないか」


「は、はい……でも」


 どこか不安げに俺を見上げるリリアを抱きしめてやり、撫で回す。


「俺達のことは心配するな。こっちには強い味方がいる」


「……わかりました。必ずや、無事に送り届けてみせます」


「よし、いい子だ。頼んだぞ」


 リリアの頬にキスをし、その背を軽く叩いて送り出す。飛び立った一つ目のコウモリが囚人たちを先導した。



「皆さん、私についてきてください!こっちです!こっちですよ~!」





「よし、行くぞ。久々の大仕事だ」


「おうともよ。気合入れていこうぜ」


 俺はバラムスと拳を合わせ、並んで踵を返した。

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