第17話

「リリア。来てくれたのか」


 ベッドから立ち上がり、舐められた頬を拭ってため息をつく。リリアは俺の顔を見てほっと胸を撫で下ろし、それから目を回すガリアをちらりと一瞥してむっと頬を膨らませた。


「ギルバートさま!このヒトとな、なな何してたんですか!」


「何もしてないさ」


「い、一緒のベッドで寝てたんですか?ぎゅーって、い、いつもしてくれるみたいに……」


「そんなこと、お前以外にするものか。連れ込まれただけだよ」


 顔を赤くして俺の胸を叩くリリアを抱きしめ、その美しい髪に指を通して撫で回す。全く、愛いやつめ。ぐいぐいといつもよりも強く身を寄せてくるリリアの背を撫で、軽く抱き上げてやると、リリアは俺の顔に頬を擦った。


「よしよし。それにしてもリリア、よく俺の居場所が分かったな」


「そ、それは……」


「僕が教えたんですよ」


 そう言って部屋に入ってきたのは、見覚えのある鎧兜の看守。その兜の下に白い歯を覗かせ、得意気に笑う彼の名は確か、クリフォードと言ったか。


「……お前は」


「どうも、初めまして……じゃなくて、さっきぶりですね。ギルバートさん。母がいつも、お世話になっております!」


 敬礼して兜を上げ、その精悍な顔を覗かせるクリフォード。その右目を押し出すようにして、目玉つきの触手がぬるりと顔を出す。ヴィヴィアンの子だ。


「……世話になっているのは俺のほうだ。ともあれ、助かったよクリフォード。ありがとうな」


「へへへ。これくらいはお安い御用です。もうすぐギルバートさんたちがここに送られて来るかもしれないからって、母さんから連絡があったんですよ。だから僕ら兄弟で口裏を合わせて、上手いこと誤魔化しておきました」


「それはいいが、さっきのあれは流石に気を抜き過ぎじゃないか?ヴィヴィアンならもっと気を引き締めていたぞ」


「大丈夫ですよう。この監獄は僕らの遊び場です。なにせ、ボスがこのザマですからね」


 唾液でベタベタになって目を回すガリアの可愛らしい顔を覗き込み、くくっと笑うクリフォード。確かに、あまり気を張る必要も無さそうだ。


「そんじゃ、ノビちゃってるうちに口塞いどきましょうか。あ、そこの縄と手枷取ってもらえます?」


「あぁ」


 壁に掛かっていたそれを手渡すと、クリフォードはどこか手慣れた様子でガリアを拘束してささっと吊し上げてしまう。それも適当に雁字搦めにしているわけではなく、しっかりと体の自由を封じた上で解けにくい縛り方だ。


「慣れているのか?」


「ええ、まあ。こういう作業は、母さんがみっちり教えてくれたんですよ。いつどこで役に立つか分かりませんからね」


 ほう、と顎を擦る。つくづく、あいつを敵に回したくはないものだ。


「ところで……俺たちと一緒に、人間の娘が居たろ。その子はどこだ」


「あ、はい。金髪の子、ですよね。居ました。ですがその子は、なんだか竜族の連中に目をつけられたみたいで、こことは別の隔離塔に運ばれていきました。なんだか処分がどうとかって話してたので、もしかしたら殺されちゃうかも……」


「隔離塔か……」


 恐らく、新しい龍姫さまとやらにとっては、彼女の存在は色々と都合が悪いのだろう。すぐさま処刑という形にはならないだろうが、そうでなくとも一生幽閉か。あの様子では自力で逃げることも出来まい。無抵抗なのを良いことに、モノとして扱われてしまうかもしれないな。


「リリア。お前が居た檻には、他にも子供が居たか?」


「は、はい。何人か。少しだけお話したんですけど、皆この国の近くを通りかかっただけで、何も悪いことはしてないって……」


「クリフォード。まさかとは思うが……」


「えぇ、はい。その通りです。この牢屋にいる人達、ほとんど無罪なんですよ。国の外を見回りしてる竜族たちが、とにかく目についたやつを片っ端から捕まえてこの牢屋に送ってくるんです。縄張りを侵したとか、どうとかって……」


「……そうか」


「そもそも、竜族の国で悪さを働くやつがこんなにたくさんいるわけないじゃないですか。あいつらは人手不足を補うために、適当なこと言って捕まえた罪人に仕事を与えるっていう形で、国の中で働かせてるんです。まぁ、おかげで僕らは潜り込みやすかったんですけどね」


「横暴にも程がある……が、奴らにはそれが許されるだけの力がある。逆らおうなどと考えるやつも居ないわけか」


「竜族が皆、そういうわけじゃないんですけどね……現に、このガリア獄長は罪人たちの面倒をよく見てくれていますし、よく働いた者にはたくさん報酬を払うんです。僕らも毎日、釈放という形で何人も故郷に送り返してるんですけど、それでも追いつかないくらいで」


「ふむ……」


 さて、どうしたものか。俺は顎を擦り、顔をしかめる。面倒事に首を突っ込みたくはないが、しかしこの惨状を放っておくというのも……。


「……実は今、竜の国には長となる者が居ないんです。数年ほど前に、先代の龍姫さまが病に倒れてしまったせいで、国全体が麻痺してしまっているんですよ。おかげで一部のボンクラが好き放題なことをしているんです」


「代替わりするはずの新しい龍姫が、国に居なかったからか……」


「はい。そのせいで、竜族の中でも力のある何人かが皆を仕切ろうとして、誰がそれに相応しいかと言い争いが始まって……今となっては、いつ内乱が起きてもおかしくない状態なんです」


「そこに、やっと新しい龍姫が国に戻ってきたと」


「そういうことです。新しい龍姫様が戻ってきたからには、国の混乱も収まっていくとは思いますが……果たしてこのまま丸く収まるかどうか……」


「……クリフォード。その話を聞いた矢先には言い辛いんだが……」


「は、はい。何でしょう」


 俺は深く息を吐く。


「……恐らくだが、新しい龍姫は加護を持たない成りすましだ。この混乱に乗じて、この国を乗っ取ろうとしているのかもしれん」


 驚きと困惑に、その顔が歪む。まあ、無理もない。俺だって同じ立場なら同じ顔をしただろう。やがてクリフォードは頬を掻いた。


「え、ぇ……ここからさらにややこしくなるんですか?うぇ、面倒くさそう。僕、さっさと逃げちゃおうかな」


「いいや、付き合ってもらうぞ。お前の兄弟たちもな」


「ま、参ったな……」


「ところで、バラムスはどこに行った?」


「そ、それが……気がついたら、自力で牢から抜け出してて……」


 と、その時。閉ざされたドアが再び蹴り開けられる。見慣れた蟲がぬっと顔を出した。



「お、居た居た。おいお前ら、ちょっとこっち来いよ。良いモン見つけたぜ」

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