第16話

「まったくもう……」


 平らな胸を張り、ため息をつく竜族の娘。ガリアと呼ばれた彼女は頬を膨らませながらクリフォードの背を睨み、その黒い尻尾と角の先端を赤く燃え上がらせる。見るからに上等な服を着ているところからして、恐らくはこの子がこの牢屋の主。獄長であろう。やがて彼女はこちらに目を向けた。


「……お前。名前は」


 水晶の青白い光を浴びてきらりと輝く銀の髪。ひび割れて赤く燃える角と尻尾。思わず顎を擦るほどに美しく、それでいて可愛らしい子だ。


 だがこれは、獄長と言うにはあまりにも幼すぎやしないか。

 罪人の相手など、子供に任せるような仕事ではないだろうに。よほどの人手不足か、それとも、竜族の女は皆この程度までしか育たないのか。確かに小柄であるという話を聞いたことはあるが、男があれほどの巨体では色々と苦労しそうではある。まあ、ヒトに化けているだけだろうがな。


「おいっ、聞いているのか!」


「……ギールだ。すまない、思わず見惚れてしまった」


「っ」


 ふっくらとしたその頬に朱が差し、角に火が付く。長い尻尾が床を叩いた。


「……私はこの監獄の主、獄長ガリア・フレイルだ。早速だが、ギールよ。お前には…………うん?お前……」


 まじまじと俺を見つめる大きな瞳。俺の顔をじっと覗き込むその顔を静かに見つめ返すと、ふと視線が交わる。角が火を吹き、ガリアはさっと目を逸らす。やがて彼女は小さく咳払いした。


「……魔力を持っているな?さては、お前」


「……」


 流石に、竜族の目は誤魔化せないか。まぁいい。それなら――。



「半魔族だな!」



 そうきたか。俺はため息を付き、ふっと笑う。


「……だったら、どうする?」


「お、お前……随分と肝の座った男だな。命乞いをしないのか?デモニックはヒトに化けて悪さをする悪魔の子だ。今この場で、こ、殺してやることだって出来るんだぞ?」


「なら、そうすればいい。正体を見抜かれた時点で、デモニック失格だ。俺の負けだよ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」


 そう言って俺は寝床に寝そべり、仰向けになって頭の裏に手を重ねる。さて、どうなるかな。


「……」


 ちらりと様子を伺うと、ガリアは右へ左へと尻尾を揺らしながら神妙な表情を浮かべている。悩んでいるな。殺すなら殺すで、さっさと片付ければ良いものを。何か、俺を殺したくない理由でもあるのだろうか。なんて、子供と遊んでいる場合ではないんだがな。


「おい、ギール!」


「なんだい。獄長さま」


「その、えっと……お、お前のその潔さに免じて、特別な仕事をくれてやる。立て」


 なるほど。特別な仕事、ね。促されるまま身を起こし、立ち上がる。格子を挟んで向かい合うとなおさら際立つ獄長さまの小柄ぶり。その背丈は俺の腰ほどもない。そのまま軽く腰を折ってその顔を見下ろすと、ガリアはどこか落ち着かない様子で服のしわを伸ばし、その首から下げた鍵で牢を開けた。


「来い。くれぐれも妙な動きを見せるなよ」


 そのまま俺に背を向け、てこてこと歩いてゆくガリア。火の付いた尻尾は右往左往し、その小さな両手は頬を捏ねている。歩きながらちらちらと俺を見るその目はどこか熱っぽく、その角はもはや根本まで真っ赤に熱せられている。何だというのだ。一体。


「……ここだ。入れ」


 やがてたどり着いたその場所は、いくつもの通路が交わる監獄の中核。他よりもちょっぴり豪華な作りの扉を開くと、いくつものハサミや鉈に囲まれたベッドが出迎える。ガリアは腰に手を当て、どこか緊張したような面持ちで息を吐いた。


「ここで、俺は何をすれば良いんだ?」


「……」


 促されるまま部屋に入ると、ガリアは静かに戸の鍵を閉める。振り返ったその眼は、爛々と光っていた。


「なんだ、その目は。一体何を――」


「……『座れ』」


 その瞬間、俺はベッドに腰を下ろした。なんの迷いもなく、俺はただその言葉に従っていた。


「今、なにを」


「『黙れ』」


 きゅっと、喉が締まる。俺の意思とは関係なく、俺は言葉を失う。立ち上がることも、声を上げることも許されず、俺はただ奥歯を噛む。まずい。これは、言霊か。言葉の力によって、対象の肉体そのものを支配下に置く魔法。それも、魔王たるこの俺を縛れるほどの、強い術。これは、まずい。俺は、この類の魔法への対策は持ってない。


「っ」


 咄嗟に拳を握るも、静かに身を寄せるガリアの手が俺の手に重なる。


「『動くな』、『力を抜け』……」


 そっと耳元に囁きかけられるその言葉に、俺の体は蝕まれる。もはや身動き一つ取れず、それでいて強張ることもなく骨抜きとなった俺の体に、細い指が這う。燃える尻尾がうねり、小さな体が俺の胸に伸し掛かる。ガリアが静かに唇を舐めたその瞬間、部屋のドアが激しく叩かれた。


「ガリア様ー!大変です、ガリア様ー!」


「……」


 舌打ち。ガリアはちろりと俺の頬を舐めて身を起こし、ドアを睨む。


「……うるさいぞクリフォード。後にしろ」


「申し訳ございません!化け物です!ば、化け物が!もう、すぐそこまで!う、うわぁっ」



 情けない悲鳴を最後に、ドアの向こうが静まり返る。ガリアが黒い煙を吹いた。



「ったく、役立たず共め……おい!一体なにが――――っ!?」


 尻尾を床に叩き付けながら火を吹き、勢い良く戸を蹴り開けるガリア。その瞬間、その小さな体が巨大な舌に絡め取られて部屋の外に引きずり出される。


「な、なに、何よこれ!ちょっと、離しなさ――ぁ、いやぁああぁぁっっ!!!」


 その悲鳴を最後に、ドアの向こうは再び静かになる。



「……?」


 ばちんと何かが弾けると同時に、俺の体がすっと自由になる。俺がベッドから身を起こすと、唾液でベタベタになったガリアがドアの前に放り出される。


「ご無事ですか!?ギルバートさま」


 その横からひょこりと顔を出したのは、リリアであった。

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