第15話

 目を覚ますと、そこは石造りの小部屋であった。


「……」


 古い布を敷いただけの寝床から身を起こすと同時に、ため息をつく。小さな瓶と布。鉄の格子戸。どうやら、牢屋にブチ込まれてしまったらしい。ボロボロだった服が剥ぎ取られているのはまあいいとして、鉄の手枷と足枷か。やれやれ。久しぶりにやらかしたな、これは。全く、酒には敵わん。


「(さて、どうするかな)」


 首を鳴らし、ひとまず周囲に目を向ける。

 左右と背後は石壁。正面は鉄格子。まあ何の変哲もない牢屋。いたるところに先程の洞窟で見た水晶が光っている。あの水晶は地中でしか光らない。つまりは地下牢、と。


 格子の向こうは、通路を挟んで牢屋がもうひとつ。壁に貼り付けられた女が見えるが、意識はなさそうだ。


 しかしまあ、鉄製の枷とは。俺もナメられたものだな。


「おう。目を覚ましたか。新入り」


 声をかけてきたのは、通路の奥から現れた鎧兜の男。がっしりとした体に竜族の紋章が入った鎧を纏い、それなりの業物と思わしき剣と鍵束を腰に携えている。この牢の看守であろう。だが竜族ではないな。恐らくは、竜族の国で雇われている人間だ。


「ここは、どこだ?」


「見て分からねえのか。クロドラシアの牢屋だよ。お前さん、神竜酒の貯蔵庫に忍び込んだんだって?バカなことしたなあ。味見なんかしなけりゃ、ぶっ倒れることもなかったろうに。一攫千金を夢見る気持ちは、まあ分からなくもねえがな」


 何を言ってやがるんだ。こいつは。


「酒を……盗んだ?俺がか?」


「おいおい、頭でも打ったのか?それとも酒が強すぎて記憶が飛んだか?トボけたって無駄だぜ」


「待て、何かの間違いだ。俺は――」


「あぁ、わかったわかった。新入りは皆そう言うんだ。ひとまずそこで大人しくしてろ。っと、心配するな。ここの獄長様は寛大なお方だ。すぐにお前さんにも仕事をくれるさ」


 どうやら、そういうことになっているようだ。いよいよ面倒なことになってきたぞ。


「そうさな。お前ほど若くて健康な人間の男なら、出来る仕事は山ほどある。掃除に洗濯、竜族たちの鎧磨きに鱗拭き……仕事のやり方は俺たちが教えてやるから、安心しろよ」


「……」


 人間の男、だと。こいつまさか、俺のことを人間だと思ってやがるのか。さては、俺をここに運び込んだやつが適当な仕事をしやがったな。ロクに調べもせず、見た目だけで俺を人間の牢にぶち込みやがったんだ。


「それにお前さん、見たところ中々顔も良いじゃねーか。お姫様方にも可愛がってもらえるかもしれんぞ。獄長様もきっとお前のことを気に入ってくださる。まあ、悪いようにはならないだろうさ」


「そりゃどーも」


「っと、そうだ。腹減ってないか?飯の時間は決まってるが、新入りには一回だけ好きな飯を食わせてやれって言われてるんだ。肉でも魚でも、食いたいモンがあれば持ってきてやるぜ」


「水を貰ってもいいか」


「ああいいとも。水ならちょうど、すぐそこから湧いてるからな。その瓶を貸しな」


 格子戸の隙間から小さな瓶を差し出すと、看守は壁の裂け目から流れる水を汲み取って檻の中に差し返す。そのまま一息に口に含むと、よく冷えたそれが喉を潤してくれる。俺は瓶を置いて息を吐き、寝床に座り込む。


「なあ、俺と一緒に運び込まれた女の子を知らないか?綺麗な黒髪のと、淡い金髪のが居たはずだ」


「女の子だあ?あぁ、そういや今日はあちこちに新入りが入ったみたいだが……俺は詳しいことは知らねえな。小さい子は、どっかの大部屋にひとまとめにされてるはずだが。っと、いけねえ。あんまりこういうことは喋っちゃいけねえって言われてるんだ。忘れてくれよ。へへ」


 大部屋か。地図か何かを見れば、リリアの居場所は分かりそうだな。バラムスは、まあ大丈夫だろう。あいつとはどうせそのうち合流出来るはずだ。問題は、彼女・・だが……。


「……もうひとつ聞いてもいいか?」


「おう、次はなんだ?脱獄の方法なら教えてやれねーぞ」


「新しい龍姫についてだ。何か知っているか?」


「あん?あぁそういえば、ようやくお戻りになったんだってな。大婆様の予言通りの、白くて綺麗な角を持った白竜様だってよ。噂じゃ、とんでもない美人らしいぜ」


 白い角を持つ、美人な娘か。なるほど。


「その、大婆様というのは?」


「代々の龍姫様に仕える預言者の婆さんだよ。この国が出来た頃から生きてるって噂のとんでもない年寄りなんだが、これがまたすごい人でな。新しい龍姫様が生まれた時、その姿を言い当てるんだ」


「ほう」


「でな、でな。十年くらい前に、大婆様のお告げがあってな。新しい龍姫様は、白い角を持っているって言うんだ。だが、白い角を持ついわゆる白竜の子供は滅多に生まれない希少種でな。国のどこを探してもそれらしき子が見つからなかったらしいんだが、ちょいと前に人間の国で珍しい奴隷として飼われてるのが見つかったんだってよ。そして昨日の昼間に、ようやっとその龍姫様が国に帰ってきたってわけさ」


「……そうか」


「それでな。その新しい龍姫様ってのが――」


 その声を遮るようにして鳴り響く鐘の音。看守は舌を打って顔を上げ、肩をすくめる。


「チ、見回りの時間か。ちょいとおしゃべりが過ぎたな。まあ、そういうこった。もうじき、獄長様がお見えになるかもしれん。上等な服を着てるから、見ればすぐ分かる。もし檻の前を通りかかったら愛想を振りまいておけ。ここだけの話なんだが、あのお方はとんだ面食いでな。お前さんなら、きっと――」


 ぺちんと、その鎧が小さなムチに叩かれる。看守がぎょっとして姿勢を正すと、その背後に可愛らしい女の子が立っていた。


 見るからに上等な金縁の黒服に、よく映える銀髪と、黒い角。竜族である。


「無駄話が過ぎるぞクリフォード。仕事にもどれっ!」


「す、すみません!ガリア様!」


 そそくさと立ち去る看守。ガリアと呼ばれた少女がふんと息を吐いて髪を翻した。

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