『新世代ファンタジー』について

 ドラゴンブックの既刊本について情報をまとめてみたら、思ったよりも広い括りでのファンタジーが求められている可能性が出てきました。

 改めて「ドラゴンブックの考えている新世代ファンタジー」に近づくため、今度はカクヨム発の書籍でドラゴンブックが関わった作品について考えていこうと思います。


 まずはカクヨムの富士見ドラゴンブック公式アカウント(https://kakuyomu.jp/users/dragonbook)を見てみると、

――以下引用

TRPG専門レーベル「ドラゴンブック(毎月20日発売)」の公式アカウントです。

◆サイト:https://fujimi-trpg-online.jp/


カクヨムから『勇者、辞めます~次の職場は魔王城~』『次元の裂け目に落ちた転移の先で』『限界集落・オブ・ザ・デッド』『黄昏のブッシャリオン』『勇者のクズ』『偏差値10の俺がい世界で知恵の勇者になれたワケ』『クトゥルフ神話 探索者たち 鈴森君の場合』など、様々な小説作品も発表しております。

――以上

 とあり、ゲームブックではない小説の多くは「カドカワBOOKS/ゲーム企画・書籍編集部」から出版しているようです。


 ここで、前回にも少し触れましたが「ファンタジージャンル」について軽く触れてみようと思います。

 カクヨムでは「異世界ファンタジー」と「現代ファンタジー」の2分野がファンタジーに区分されています。

 ここで注目したいのはその名称です。

 「ファンタジー」と「ファンタジー」。これはそれぞれ「異世界を中心とした世界観」と「現代、もしくはその延長世界を中心とした世界観」を指したファンタジーの事だと考えています。


 少し前には「異世界」の定義について論争になったりもしましたね。

 その一つに、「異世界」というのは「とは違う世界」であるとした考え方がありました。異世界≠現実だとするならば、例えば『とある魔術の禁書目録』は異世界ファンタジーになりますし、ほとんどのファンタジー作品が異世界ファンタジーに分類されると思います。

 また、「現代で生きた主人公が異世界で生きている人々を助け活躍する物語」――つまり「異世界転生or転移」が市場を席捲した煽りで、それ以外の設定を持つファンタジー作品が他ジャンルに流れて合体している事も挙げられるでしょう。


 閑話休題。


 前回にて『コンテストで求められている作品=異世界ファンタジーというのは先入観である』と話しましたが、ジャンルの区分というのは大変線引きが難しいものです。

 そのような現状の中で、ドラゴンブックが”ファンタジー”を求めてコンテストを開催するからには、『その時代ごとの流行を取り入れる先進性と、長く語り継がれる普遍性の両方』(コンテスト序文より)という言葉にその想いが強く表れているのでしょう。


 では、その具体的な内容について言及するため、上に挙げている作品をそれぞれ見ていきたいと思います。



①『勇者、辞めます~次の職場は魔王城~』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882385011

――以下あらすじより引用

世界を救った後、どこにも行き場が無くなった最強勇者・レオ。

彼が行き着いた就職先は――かつての敵、魔王軍だった!


第二回カクヨムコン・異世界ファンタジー大賞。

新たな職場で(元)勇者が奮闘する、異世界社会科ファンタジー。

――以上


 「人間サイドであるはずの勇者が敵である魔族サイドにつく」という、簡単に言ってしまえばそういう話なんですが、細かい設定、練られた伏線、魅力的なキャラククター。それにも関わらず、文章自体は平易でスイスイと読み進められるのですから、一気読みしてしまうのも納得です。

 また、これだけですと一般的なファンタジーだと思えますが、あらすじにあるように主人公が職場で他人と関わる人間模様という側面も強いように感じます。


 ありきたりかと思ったら引き込まれていたという、少しずつ見えてきたドラゴンブックの好み――『魅力的なワールド、魅力的なキャラクターを備えている小説』に割とピッタリなのではと思える作品。



②『次元の裂け目に落ちた転移の先で』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881126544

――以下あらすじより引用

川に溺れて気がついたら目の前に恐竜モドキ。襲われ食われそうになってる所を助けられ、なぜか鍛えられる事に。

剣術、魔術、無手の武術に気功仙術?技工?錬金術?何それ楽しそう。鍛冶も?出来るの?


そんな感じの無茶ぶりをされまくるが無茶ぶりと気がつかず、気がついたら普通じゃない人たちの領域に指を引っ掛けられるようになって、その世界の常識を学びながら生きていく物語です。

微妙に強くなった特に何も考えていない主人公がやりたいこと優先でのんびり楽しんでます。

――以上


 主人公の周囲を囲むお師匠様たちが魅力的という意見が多かったです。主人公による「俺TUEEE!」から発展したジャンルとも言えるでしょう。異世界ファンタジーでチートやハーレムに飽きた人が好みそうですね。

 ちなみに、レビューを見てみると否定的な意見がありながらも☆を入れて評価している方がちらほらといらっしゃいます。何だかんだと言いつつも面白かったという事なのでしょうか。

 また、この「主人公以外も最強」とでも言えるジャンルはここ最近よく見られるような気がしますし、『新たな流行を作れるような力』をもった作品もドラゴンブックの求めている”新世代ファンタジー”に含まれていると考えられます。



③『限界集落・オブ・ザ・デッド』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882236879

――以下あらすじより引用

限界集落で生きる、強いジジイとババアのお話です。

――以上


 『勇者、辞めます』の作者であるクオンタム氏のレビュー(https://kakuyomu.jp/works/1177354054882236879/reviews/1177354054884733427)が非常に分かりやすく作品の紹介をしていたのでそちらを引用させていただきます。

――以下抜粋

『死とは何か』『魂の尊厳とは』『生きるとは何か』という点についても深く考えさせられる、繊細で哲学的な作品です。

それでいて、ジジイやババアが強い!というキャッチコピーには嘘がない。ホラーものにもっとも重要な、ぞわぞわとした怖さも兼ね備えている……。


ゾンビものとしてもポストアポカリプスものとしても完成度の高い、実に良い作品です。

――以上


 タイトルとあらすじからは想像できませんね。(笑)

 ドラゴンブックのファンタジーの幅を広げてくれるような、『あまりないタイプの小説』と言えるのではないでしょうか。

 また、死生観などの『大人が興味を持ちそうなテーマを扱った小説』であるとも言えるでしょう。

 


③『黄昏のブッシャリオン』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880209631

――以下あらすじより引用

遠い遠い未来。けれど浄土は更に遠く、滅びは遥かに近い黄昏の時代。

楽園は潰え、地には無人機械が蠢く末法の世。

それでも、人は生きている。



アフター徳カリプス14年。徳エネルギー文明の崩壊を辛くも生き延びた人類は、即身仏を漁り僅かな徳エネルギーで糊口を凌ぐ。これはそんな、徳無き荒野を生きる人々の物語である。

――以上


 調べてみるまでドラゴンブックが関わっているとは思わなかった作品の堂々第1位です。(笑)

 正直、世界観的に言えばファンタジーと言うよりもSFパンクだと思います。

 以前、角川スニーカー文庫について調べた時に「尖った作品」を求めている事について触れましたが、「黄昏のブッシャリオン」も中々の尖り具合ではないかなあ、と個人的には感じてます。

 そして、何より凄いのがあらすじで語られているこれらの設定が全て作中でしっかりと生きている点でしょう。「徳カリプス」とか出オチ以外の何物でもないでしょ、とか思ったらいい意味で裏切られます。


 このような『独特な世界観で読者をグイグイと引っ張っていくような力』を持った作品も求められているものでしょう。

 また、ギャグみたいな第一印象とは裏腹なハードな世界観、作中に散りばめられている仏教用語など、全体的な作風は『大人に受けそうな作品』であるとも考えられます。



④『勇者のクズ』

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154963487

――以下あらすじより引用

魔王化手術の横行によって、お金持ちのヤクザが「魔王」と化し、彼らを殺す商売が「勇者」として合法化した現代社会。

ビールとピザと、友達とのカードゲームを愛するチンピラ勇者・ヤシロは、三人の勇者志願の女子高生と出会う。

目先の金に目がくらみ、彼女らの家庭教師を引き受けたことから、ろくでもない危険な事件に巻き込まれる。

――以上


 私の中の”勇者”というイメージを見事にブッ壊してくれた作品。これまた独特な世界観を持った作品で、「一人殺したら人殺しだが、万人殺したら英雄」という言葉を地で行く小説ではないかと考えています。

 薬物や暴力団など、とてもではないが王道とは呼べないものが多数登場。しかし、「魔王を倒すのは勇者」というとても王道なコンセプトを掲げてもいます。


 王道だけでは語り切れない、募集要項にも挙げられていた『現代社会の要素をファンタジー世界に反映した小説』と呼べる良い例だと考えています。



⑤『偏差値10の俺がい世界で知恵の勇者になれたワケ』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882072437

――以下あらすじより引用

偏差値10で自分の名前も書けない男、田中龍一。

ある日気がつくと、彼は異世界に転移していた!

そこでは人間は魔王の脅威にさらされていて、やつらを倒すためには《聖剣》の封印を解かなければいけないらしい。

しかし、聖剣にはすごい《封印》が施されていて、国中誰も解くことができない。

果たして偏差値10のバカは聖剣の封印を解くことができるのか!バカが送る異世界コメディ冒険譚、開幕!

――以上


 上記までの作品たちとは一転してコメディ全開の異世界ファンタジーである作品。

 今までの異世界で無双する主人公たちは必ず周囲よりも優れている必要がありました。それは知能であり、剣術であり、魔術であり、様々な分野で優れている点があるおかげで活躍してきたのです。

 しかし、まさか主人公を無双させるために「世界を極端に馬鹿にする」という荒業を使った作品がでるとは思ってもみませんでした。(笑)

 知識チートなどは現代よりも科学などの考え方が発展していない世界、すなわち現代よりも馬鹿な世界と言えなくもないのですが、だからと言ってここまでやった作品はないでしょう。


 正しく『テンプレから一歩進めた先進性と、今までのテンプレを外していない普遍性を併せ持った作品』と言えるのではないでしょうか。



⑥『クトゥルフ神話 探索者たち 鈴森君の場合』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885297143

――以下あらすじより引用

物事の成否が分かる異能を持つ少年・鈴森は、「深遠研究会」なるオカルトな団体に入ってしまった幼なじみの伊吹を元の世界に戻すため「探索」に同行する。

けれどその先には、想像もつかない冒涜的な真実が隠されていて――!?


【判定】が分かる少年x正気のたりない幼なじみ。

神話的恐怖に挑む予測不能な冒険譚スタート!

――以上


 「物事の成否=【判定】」と聞くと、今の私ではTRPGが思い浮かんでしまいます。(笑)

 また、題材もクトゥルフ神話である事が全面に出されていますし、ターゲットがこれでもかと分かりやすい作品ですね。

 カクヨムのドラゴンブック編集部公式アカウントの小説欄では一番目立っているような気がしますし、ドラゴンブックとしてはオススメ作品といった感じでしょうか。

 

 正直どこのレーベルから出ているか知らなくても予想できる、一番『ドラゴンブックっぽさが現れている作品』であり、『刺さる人には刺さるテーマを持った作品』だと考えられます。



 以上、コンテストの募集要項とカクヨム発のドラゴンブック既刊本を照らし合わせてみました。

 どうでしょうか?

 ドラゴンブックが挙げている小説作品について一つ一つ私の考えを述べてみましたが、同意できたり参考になるようなものがあれば幸いです。

 私としては始めよりも『新世代ファンタジー小説』に求めているものが見えてきた気がします。やはり具体的な作品があるとイメージしやすくなりますね。

 

 しかし、ここで新たな疑問点が出てきました。



――なんでわざわざ新レーベルを立ち上げるの?



 KADOKAWAには多くのレーベルが存在し、ドラゴンブックもその一つです。

 本話の冒頭にてドラゴンブック編集部が関わった作品はカドカワBOOKSから出版されている事にも触れましたが、ドラゴンブックはTRPG関連書籍を扱う面が強いレーベルであるので、カクヨムBOOKSから出しているのだろうと思っていました。


 けれども、「それならそのままカドカワBOOKSでもいいのでは?」と思った訳です。


 そこで。

 次回は「何故、新レーベルを立ち上げるのか」を考えていきたいと思います。

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