第32話 本日はデート日和


 まだまだ外は暑い八月。

 夏のコミックマーケットでは『幼子の楽園』の商品はほとんど完売に近い形で終え打ち上げなども盛り上がり本当に充実した夏休みもそろそろ終わりを迎えようとしているそんなある日の夕方。


 「やっぱり浴衣ロリって最高じゃね?」

 「わかりみが深いわ」

 「よく浴衣は貧乳の方が似合うなんて言われていたりするけど、それを一番感じるよね浴衣ロリって」

 「「うんうん」」


 ここは駅前にある時計台と下。

 僕と親友の充、そして渚さんと共に僕達はすれ違う浴衣ロリを見ながらそんな感想を口にしていた。

 もちろん僕達がここに立っているのはこの浴衣ロリ達を観察するためだけではない。

 僕達は待ち合わせをしているのだ。


 「それにしてもみんなどんな浴衣姿なんだろうね」

 「想像するだけでドキがムネムネしてくるよ」

 「それを言うならムネがムラムラしてくるでしょ〜」

 「二人共それを言うなら胸がドキドキしてくるです……」


 相変わらずなこのやり取りにツッコミつつも少しだけ楽しさを感じてしまう。


 「それにしても柿本のやつ残念だよな〜」

 「確か家族旅行に行ってるんだっけ?」

 「あぁ。物凄く残念そうにしていたよ。ま、その分俺達が充実させてもらうけどな!」

 「あはは、確かにその通りだね。……でもいかがわしいことだけはするなよ」

 「拓海、近い近い。わかってるから安心してくれ。流石の俺でもこんなめでたい日に警察に厄介になりたくはねーからな」

 「特に渚さん」

 「え、私っ!?」

 「当たり前じゃないですか。渚さんはリーダーでもあるんですから」

 「私ってそんなに信用ないかなぁ……」


 少ししょぼくれた様子の渚さん。

 でも僕は知っている、彼女の持つ鞄の中には今日のために用意されたカメラが数台入っていることを。

 この人は簡単に説明すると愛優さんと同じ人種なのだ。


 「拓海くん。あれもこれもダメと言っていると学校みたいになりますよ」

 「渚さんそれはどういう意味で?」

 「学校はあれもダメこれもダメと言ってきますが、中には本当にそれ必要なの? と思わず疑問を抱いてしまうものも多いです。このグローバル化しつつある社会で自分ルールがどこまで通用するでしょうか?」

 「僕は少なくとも盗撮は自分ルールではなく世界全体の考えとしてダメだと思ってます」

 「拓海くん」

 「はい」

 「世の中にはこんな言葉があります……『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』と。つまりこの盗撮もバレなければ犯罪じゃ」

 「既に僕に見つかりかけてますよね?」

 「…………」

 「諦めましょう。僕だって渚さんが憎いわけではないんです……ただ、僕の愛莉をただでさえ愛優さんが数え切れないほど盗撮しているというのに更にほかの人にまで盗撮されるのがとても悔しいんです……」


 僕は空を見上げながら心に思っていたことを強く言葉にする。

 どう頑張っても止められない愛優さんの盗撮……そしてその盗撮写真を裏で買う僕。

 そんな関係はすぐにでも終わりにしたい……。

 しかしそうするには愛莉の写真を撮らなければならない。

 確かに愛莉は僕のことを慕っているから写真の一枚や十枚や百枚程度なら撮らせてくれるだろう。だが、それはあくまでもカメラを意識した写りになってしまう。

 まあそれも魅力的だから構わないのだが、愛優さんの盗撮写真はそれと訳が違うのだ。

 カメラを意識していない、言わば自然体の愛莉の姿。撮られているなんて思ってもいない無防備な愛莉を見られるのは愛優さんの盗撮だけ。

 そうはわかっていても僕自身この関係を変えなければいけない!!


 「……拓海、お前ってやつは」

 「……拓海くん」

 「えっ?」


 気がつくと二人は頭を抱え、目の前を通る人達はこちらを見てまるで信じられないものでも見たかのような顔を一瞬浮かべながらも『こんなやばい奴と拘りたくない』というように早足で通り過ぎていく。


 「……もしかして口に出てた?」

 「そりゃもう」

 「全部しっかりと」

 「オーマイガー……」


 なんという失態。ここに愛莉達がいなくて良かったと心底ホッとした。

 とはいえ今後はちゃんと気をつけないとな。


 「……それにしても遅いな愛莉達」

 「今日は愛莉ちゃんだけじゃやくて紗々ちゃんに奈穂ちゃんも来るんだよな?」

 「うん、そのはずだよ。愛莉が二人とあと一人も誘うんだーって張り切っていたから」

 「あと一人?」

 「拓海くんもしかしてそれってこの前一緒に来てたあの子?」

 「はい」


 そう言えば充はまだ僕と一夜梓桜が知り合いだってこと知らなかったっけ。

 心当たりを一生懸命探っている充。


 「うーーん。それって俺は会ったことあるか?」

 「まあそれは会ってからのお楽しみってやつで。きっと充は驚いて腰を抜かすかもしれないね」


 流石に動画で何回もあっているなんて言ったらバレちゃいそうだしね。


 「あ、それはそうと……二人共アレは持ってきた?」


 ここで突然空気が変わる。


 「アレってなんですか会長」

 「アレはアレだよ。拓海くんならわかってると思うから持ってきてるよね?」

 「はぁ……。アレ、と言われても……」


 僕達は顔を見合わせる。

 スマホはちゃんと持ったし、財布も一応多めにお金を入れてある。

 他に何が必要なのだろうか。


 「拓海知ってる?」

 「……いや、わからん」

 「まさか拓海くんあの子が来るのに持っていないの?」

 「え、持ってくるって…………っ!?」


 僕はこの時、渚さんの言っている意味をようやく理解する。

 そして同時にこれから僕達に訪れる未来さえ……理解してしまう。

 しかし愛莉達との夏祭りデートに浮かれていた僕は、悲しいことに自前でまだギリギリ着られる物を用意していなかった。

 だが待ち合わせまであと数分……家に戻っている暇などない。


 「……渚さん」

 「なにかな?」

 「……もしかして準備してます?」

 「もちろん♪」


 にっこりと満面の笑みを浮かべる。

 その時拓海は思った。

 (あ〜これ絶対にカワイイ系のやつだ。それも愛優さんが選ぶまだ着れるやつではなく、普通に女の子用のひらひらしている可愛い服だ)


 「……スカートは嫌ですよ?」

 「拓海どうしてスカートなんだ? というかアレが何かわかったのか?」

 「ああ……うん。だけど充はちょっと黙ってて……僕達の運命が決まるから」

 「お、おう?」

 「それで渚さん、何を持ってきたんですか?」

 「やーだー。拓海くんそんな怖い顔をしなくても大丈夫だよ。そこまでひらひらしてないから」

 「そこまでって言いました? 僕はひらひらしているのが嫌なんですよ!」

 「ならワンピースとかにしてみる? それならひらひらしてないよ?」

 「それ完全に女の子になってますよね……」

 「だけど残念ながら私が準備出来たズボンは一着だけなのよ」

 「……マジすか」

 「マジですよ」


 僕にはわかる。この人はイタズラ好きだけどこう言った事で嘘は吐かない。


 「つまり君と充くんのどちらかがそれを履くことになるんだけど……。私的には君が可愛い方を着てくれると助かるな〜なんて」

 「嫌ですよ。どうせ着るなら僕達揃って可愛いのを着ます」

 「え、待って拓海。さっきから黙って聞いてればなんか可愛い服を俺とお前が着る話しになってない、大丈夫?」

 「充、これは絶対にしなきゃいけないことなんだ。わかってくれ」

 「嫌だよ! なんで夏祭りの日に野郎と揃って女装みたいなことをしなきゃいけないんだよ!」

 「みたいな事じゃなくて女装をするんだよ!」

 「なおさら嫌だわ!」

 「はいはい、二人共……早くこれを着てこないと……お姉さん怒っちゃうよ?」

 「「……わかりました」」

 「あ、ちなみに紙袋のセットは三つ、二つはめちゃくちゃ可愛いやつで残りの一つはまあ女子が男装するような感じの服。女の子としての可愛さを残しつつそれでいて男っぽさがあるような」

 「……つまり」

 「……確率は三分の一」

 「純情な感情だね」

 「…………」「…………」


 唐突のボケをなんとかスルーして手に気合を込める。


 「いいか拓海。どっちがまともなやつを着ても恨みっこなしだからな」

 「わかってるさ。じゃあいくぞ!」

 「おうよ!」


 そして僕達は手に取った紙袋を抱え、多目的トイレで女装。(今回はメイクとかは無し)


 ……そして出来上がったのが。


 「充くんは……おお、おめでとう! 当たりだね♪」


 大当たりも大当たり、男装っぽいのを引き当てた。

 一方ハズレを引いてしまった僕は……。


 「拓海く……拓海ちゃんも似合ってるよ。うん、凄く可愛い♪」

 「……褒められてもそんなに嬉しくないですよ」


 渚さんの言っていた比較的ひらひらの少ないというワンピースを引き当てた。

 ちなみに足の毛の処理とかは以前女装した時に愛優さんの手によってさよならバイバイしたのでつるつるだ。

 ……まあそこに未練はないからいいけれど、まさかそれが伏線みたいになっていたとは。

 しかしなんだ、あれだな。


 「意外とスカートって涼しいんですね」

 「うん、夏場は意外と快適なんだよスカートは」

 「そうなのか?」

 「ああ。なんというか……常に風が通っているようで違和感は感じるけれど、慣れてくると逆に涼しくていいかも」

 「……拓海」

 「わかってる。わかってるからそんな哀れんだ目で見ないでくれ……こうでも言ってないと心が折れそうなんだ……」

 「ふふっ、ま、これも一つの楽しみ方ということで♪ あ、二人共おロリ様達が来たようだよ」

 「「おおっ!」」


 気分が沈みかけていたところ丁度良いタイミングで待ち人が来たようだ。


 「すみませーん。色々準備に手間取ってしまいました」

 「お兄ちゃん達待たせちゃった?」

 「お待たせしてしまったようですみません」


 言いながら掛けてくるロリ達に、僕達は心を奪われていた。

 白の浴衣に身を包む愛莉。確かこういうのはフェミニンとか言うんだっけ。

 浴衣いっぱいに綺麗な華が描かれている。

 いつもとは違った雰囲気で、なんというかどことなく年相応の可愛さを持ちつつも少し大人っぽい……。


 「僕達も今準備が終わったばかりだから、ね?」

 「お、おう。俺達もちょこっと準備に手間取ってて終わったばかりだから丁度いいな!」


 だよなと頷く僕達。


 「それなら良かったです……」


 そう言いながら少し不安そうにこちらを見つめる愛莉。


 「うん、とても似合ってるよ愛莉。凄く可愛いし、なんだかいつもより大人っぽい」

 「あ、ありがとうございます……ふふっ♪」


 少し頬を赤らめながらはにかむ。

 そんな愛莉も物凄く可愛い。


 「あー! 愛莉だけ誉めてもらってズルい!」

 「確かに愛莉さんと湊さんはそういった関係ですが、私達も愛莉さんに負けないくらい頑張ったんですよ」

 「ごめんごめん。ちゃんと二人のことも見てるよ。紗々ちゃんは水色で奈穂ちゃんは青色なんだね」

 「ボク的には黄色とかでもいいかなって思ったんだけどね〜」

 「紗々さんは普段から少し離れた水色の方がギャップ萌えみたいなのを狙えていいですよ」

 「って奈穂に言われたからそれにしたんだけど、どうかな?」

 「うん、確かにいつもと印象が変わって見えるね。奈穂ちゃんの狙いも悪くなかったかも」

 「ふふ、ありがとうございます♪」

 「それに奈穂ちゃんはイメージ通りでよく似合ってるよ」

 「あ、ありがとうございます……」


 二人の顔にも笑顔が戻る。

 ……そんな光景を後から見ている充と渚は。


 「なんというか拓海くんってさロリの扱いに慣れているよね」

 「あれがロリ婚をした奴の実力ってやつですよきっと」

 「でも君だってああいったのには慣れているだろ?」

 「ははっ、ご冗談を……。俺の場合は一生懸命いいところを探すのに対し、アイツはすらすらと出てくるんで天と地の差がありますよ」

 「……まあそのなんだ、気を落とさないでね。君にもチャンスはあるさ」

 「……うす」


 返事はしたものの、そんなチャンス本当に回ってくるのか……なんて思っていた時だった。

 親友の近くにいたロリの一人がこちらに駆け寄ってくる。


 「星川さん、ですよね?」

 「……奈穂、ちゃん?」


 こちらを伺うように尋ねてきたのは青色の浴衣を着たロリだった。


 「あ、やっぱり星川さんですよね! 前に会った時と少し雰囲気が違って……」

 「あはは、今はちょっと事情があって」

 「ふふ、でもそれはそれでお似合いですよ♪」

 「ほ、本当?」

 「はい」

 「あ、いや……。奈穂ちゃんもなんというか前に会った時よりも大人っぽいっていうか……その、可愛いよ!」

 「ありがとうございます♪」

 「……なんだかんだ言って充くんも隅に置けないじゃないかっ!」


 イタズラな笑みを浮かべながら肘でつついてくる会長に俺も頑張らなきゃなと親友と同じロリ婚をするために気合を入れ直した。




 「……それで、あと一人は誰が来るんだ?」

 「ん? それは来てからのお楽しみってやつだよ」


 言いながら時間を確認する。

 時刻はもうすぐで十六時。待ち合わせの時刻まであと少しと言ったところなんだが……。


 「あっ!」


 辺りをキョロキョロ見回していると、その目的の人物がこちらに走ってきているのがわかった。


 「拓海、もしかしてあの子か?」

 「うん。きっと充はびっくりすると思うよ」


 走ってきているのはもちろんアイドル一夜梓桜いちやあずさ

 しかしその事を知っているのは……いや、その事を知らないのは充のみなのだ。

 いつも動画越しに応援しているアイドルとこんな形で直面できるなんて、充が腰を抜かさないか心配になってくる。


 「……な、なあ拓海、さん」

 「どうしたよ充さん」

 「俺も目が逝っちゃったかな。今走ってきている子があの一夜梓桜様に見えるんだけど」

 「安心しろ、お前の目は正常だ」

 「いやいやいや、だって一夜梓桜様だぞ? 人気上昇中とはいえアイドルがこんなところに来る……のか?」

 「まあ呼べば来るんじゃない?」

 「呼べば来るって……そんなどこかのメイドさんみたいに都合良く……来るのか」

 「実際に来てるわけだしそうなんじゃない?」

 「そ、そうなのか……」


 実際のところ本当に呼んだだけだ。

 数日前に『この日に夏祭りがあるんだけど……どうかな?』って送ったら『わかった。なんとかします』って返ってきてそれから三十分も経たないうちに参加するとの返信が来たからね。


 「ごめんなさい、少し準備に手間取ってしまって」

 「僕達もさっき合流出来たばかりだし、それに可愛いから全然オッケーだよ」

 「い、いきなり可愛いとか言わないでよ……ばかっ」

 「いたっ!?」


 褒めたのに何故か叩かれた!? 女の子って本当にわからない!

 三人のロリの元に駆け寄る梓桜を見て僕はつくづく思った。


 「なんだ拓海セクハラでもしたのか?」

 「そんなことはないと思うんだけど……」

 「湊様はナチュラルにセクハラしてきますからね」

 「拓海くんが気付いていなくても相手からしたらセクハラっていうこともあるんだよ」


 うんうんと頷く三人。

 解せない……。だってこの中で一番セクハラしている人にナチュラルにセクハラしてくるって言われたのが何よりも解せない。


 (でもそういう感じじゃなかったと思うんだよな……)




 「さてと、みんな揃った事だしそろそろ移動するか」

 『さんせーい!』

 『賛成です』


 ロリ組よりテンション高めのロリコン組。


 「でもせっかくロリとロリコンの割合が半々だからさ、みんなで回るのは後にして最初は一対一でデートってのはどうかな♪」

 「文字の都合の関係で私をしれっとロリコンの枠に入れるのやめていただけますか?」

 「でもそうでしょ?」

 「否定はしません」

 「しないんかい」


 ……と、まあこんな提案があり、誰と誰がペアになるかはくじ引きで決めた結果……。


 一組目。

 「まあこうなるよね」

 「楽しみですね先生♪」

 拓海、愛莉ペア。


 二組目。

 「今日はよろしくね梓桜ちゃん」

 「こちらこそよろしくです」

 渚、梓桜ペア。


 三組目。

 「よ、よろしくね奈穂ちゃん」(よっしゃよっしゃ! ロリと二人だ!!)

 「はい、よろしくお願いします♪」(星川さんと二人……)

 充、奈穂ペア。


 四組目。

 「本日はよろしくお願いしますね紗々様」

 「うん、愛優姉よろしくねっ!」

 愛優、紗々ペア。


 「それではみんなペアが決まったところで……」

 「私達のデートの始まりだああああああ!! 集合は今から二時間後にここでなあ!」


 渚さんの合図で僕達の夏祭りデートが始まった。

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