第31話 ロリとの出会い、幸せを噛み締めながら


 八月のある夜。

 愛莉と一緒に寝ることになった日のこと……。



 愛莉はベッド、僕は床で……という前と同じスタイルで横になっている僕達。


 「ふふっ、先生とこうして寝るのも久しぶりですね」


 嬉しそうに声を弾ませる愛莉。僕の位置からでは愛莉の顔は見えないが、その顔が今どんな風になっているかは簡単に想像できた。


 「そんなに僕と寝れるのが嬉しいの?」


 僕はそんな言葉を愛莉に投げかけるが、それは僕にも言えることで投げかけた僕も口元が緩んでいた。


 「……愛莉?」

 「えっ、あっ、すみません……本当に一緒に寝てもいいんだって思ったら胸がいっぱいで……」

 「あはは、一緒にって言っても隣同士なだけだけどね」

 「でも! 普段はいくつか部屋を挟んでいるのでこれだけでも十分幸せですし嬉しいですよ!」


 そう言って愛莉はひょこっと顔だけベッドから出す。


 「それに……ほら、こうすれば手だって繋げちゃいます」

 「うん、そうだね……」


 伸ばされた愛莉の手を僕は握る。

 その手はとても小さく感じ、強く握ったら壊れてしまいそうなほど細い。

 だけどそんなか弱い手なのに握っているだけでとても安心出来る。


 「先生、やっぱり私先生と一緒に寝たいです。同じ部屋という意味ではなく、本当に隣……先生と同じ布団で」


 その瞬間、カーテンの隙間から月明かりが差し込み愛莉の顔を照らす。

 先ほどまで暗くてわからなかったが、愛莉の頬はほんのりと赤く、普段はずっと前を見ている瞳が今は僕だけを見ていた。

 まったく……この世界の神様は卑怯だ。こんな最高のタイミングで月明かりで愛莉の顔を照らすなんて。

 僕は心の中でそう思いながらも、


 「……いいよ。一緒に寝よう」


 そう答えていた。



 愛莉は少し乱れていたのか、着ている衣服を整えると律儀に「失礼します」と言って僕の布団に入ってきた。

 この時期に布団、と思うかもしれないがこの部屋の温度設定は完璧なので暑いとは感じない。

 ……とは言ってもそれはあくまで一人の時の話で。


 「……少し、暑いですね」

 「あはは、そうかもしれないね。部屋の温度少し下げる? それとも布団無しで寝る?」


 僕の問いかけに愛莉はゆっくりと首を横に振り。


 「大丈夫ですよ先生。暑いと言っても本当に少しなので……。それに温度を下げたり布団をかけなかったりしたせいで風邪をひいてしまったら大変です」

 「んー? それくらいじゃ風邪はひかないと思うけど……」

 「先生」

 「はい」

 「こういったのは本当に些細なことから始まるんです。例え大丈夫だと思っていても後々いまこうなっているのはあの時ああしたから……なんてことはよくあるものなんです」

 「……確かに、否定は出来ないかも」


 元は愛莉が言い出したことのはずなのに、何故かその愛莉に諭されている僕。

 というか愛莉って時々小学生離れしたことを言い出すよね。


 「話は変わりますが先生、私一つ聞きたいことがあったんです」

 「聞きたいこと?」

 「はい。その、私と先生は一応夫婦……いえ、まだそこまではいかなくともそこまで見添えている関係じゃないですか」

 「まぁそうだね」

 「それで私そうなる前に一つだけ聞きたいことがあるんです」

 「聞きたいこと?」

 「はい。その……本当に今更なんですが、先生はどうして私と結ばれる道を選んだのか……です」


 言ってから恥ずかしくなったのか、両手で少し顔を隠す愛莉。

 それを見ているだけでまだ何も話していないというのにこちらまで恥ずかしくなる。

 だけどこの質問は答えなければいけない、僕はそう思った。


 「……コホン。そうだね、僕が愛莉を選んだ理由か……」


 僕は少し考える……ふりをする。

 答えは最初から決まっている、愛莉を出会ったあの夜、あの時に見せた笑顔を僕だけのものにしたいと思った、そしてこの笑顔を守る人が僕でありたいと思ったから。

 だけど……。

 これを言うのは少し恥ずかしい。


 「愛莉の笑顔が……可愛かったから」


 結果このように中途半端な形になってしまった。


 「ふふっ、ありがとうございます先生っ。でーも、隠してることもありますよね?」

 「えっ、なんで?」

 「なんとなくです。これでも先生──拓海さんの彼女でもあり許嫁でもありますからね」

 「う、うぅ……」


 名前を呼ばれただけなのにどうしてかとても胸がドキドキしてしまう。

 なんというか甘酸っぱい? これがリア充の感覚なのかな。


 「拓海さん本当の事を言わないとイタズラしちゃいますよ?」

 「イタズラって……?」

 「キス、しちゃいます」


 女子小学生から合法的にそんなイタズラされるなんてむしろご褒美でしかないんだけど、そんなこと言ったらやってくれなさそうだし黙っておこう。

 つまり僕の答えは。


 「んー、なら教えられないかな」

 「むぅ……。ならイタズラしちゃいますっ!」


 そう言って愛莉はそのまま僕の頬にそっと口付けをした。


 「んっ……やっぱり口にじゃないとイタズラになりません」

 「それは愛莉がしたいだけじゃないの?」

 「拓海さんはキスされるのは嫌いですか?」

 「嫌いじゃないよ。むしろ大好きだしウェルカムだよ」

 「ならいいじゃないですか。私もしたい、拓海さんもされたいんですから」

 「それって結局愛莉がしたいってことだよね?」

 「えへへ、バレちゃいました♪」


 そう言いながらも嬉しそうにはにかむ。

 まったく……僕の彼女は世界一、いや宇宙一可愛いなあもう!

 そんな事を思っていると、愛莉は小さな身体を使って僕をめいっぱい抱きしめる。


 「あ、愛莉?」


 突然のこと過ぎて思わず戸惑ってしまう。


 「さっきの質問ですが、私は拓海さんの事をなんで好きになったかちゃんと言えますよ」

 「…………」

 「私は知っての通りあなたの小説が大好きでした。それは単純に面白かった、というだけではないんです。あなたの小説のお陰で私は何度も立ち上がれました……。辛い時も悲しい時もあなたの小説はそれを全部吹き飛ばして自然と笑顔が零れる……そんな不思議な力がありました」

 「そうなの?」

 「はい。先生は気が付いていないかもしれませんが、きっと色々な人がそう思ってますよ」

 「でもレビューとかコメントにはそんなこと……」

 「書かれていなくてもきっとそうですよ。少なくとも私はそうでしたから。……それで私はこんな素敵な作品を書ける人ならきっと書いている人も素敵な人なんだなって思い始めました。それから色々あって私はあなたへの思いが強くなってきた頃にあの公園で出会ったんです」

 「それで実際に会ってみてどう思ったの?」

 「あの時は感動と嬉しさでいっぱいでしたけど……今思うとカッコよく見えました。あのネタ帳だってぼろぼろなのに使い込んで……」

 「あれは……まあそうだね。僕の相棒みたいなものだから」


 どうしても困った時、ふと思いついたことを沢山書き込んだあのネタ帳に何度救われたことか。


 「……いや、そういうことなら僕も同じかな」

 「えっ?」

 「僕も愛莉達に散々救われたよ。もちろん会う前からね」

 「私なにかしましたっけ?」

 「うん、してくれたじゃんコメントやレビューをいっぱい」

 「でもそれは違くないですか?」

 「ううん、何も違くないよ。たった一つのコメント、たった一つのレビューで書き手の人はとても嬉しくなるんだ。別に詳細に感想を書いてくれなくてもいい『面白かったです』とか『このキャラが可愛かった』とかそんなコメントでもね嬉しいもんなんだよ」

 「そうなんですか?」

 「うん。だって中には沢山頑張ってもそういうのが貰えない人もいるわけだからさ……。最初の僕もそうだった。何を書いても、何話書いても全然人に見てもらえなくて、評価すら無かった」


 語っていると思い出すあの頃の記憶。

 今でこそ、固定の読者が出来たお陰で更新する度に何かの反応があるけれど昔は何話投稿してもそんな事は無かった。

 それが悔しくて、辛くて……。

 色々な方法を使って宣伝をしたりしても結局は変わらない……そんな日々だった。

 いつしか僕はどうして書いているのかわからなくなりそうになっていた。

 でもある日、それは変わった。


 ……愛莉が僕の小説を見つけてくれた。


 たった一つ『とても面白かったです!』という感想が届いた。

 ただそれだけだったのに、僕は嬉しくて嬉しくて……何度も読み返した、とても面白かったですしか書いてないのに何度も。

 そして同時にこの時僕は初めてこの作品を書いてよかったと心の底から思った。

 僕が思う書き手が一番喜びを感じる時って言うのは読み手が楽しんで貰えたのがわかった瞬間だと思うんだ。

 どんなにPVが伸びても、どんなにいいねとかが付いても一つのコメントとかには叶わないとさえ思ってる。

 まあこれは僕の感想だけどね。

 挫けそうになった時、書くのが辛くなった時……そんなのはきっと本気でやっている以上いつかは来ると思う。

 でもその時、何がその人の心の支えになるか、何がその人の背中を力強く押すか……それは読者の言葉なんだと思う。

 だからこそあの時の愛莉のコメントは本当に嬉しかった。

 初めて湊拓海が小説を書いている理由を見つけた気がした。


 「……だからこそ僕も愛莉に救われた」


 僕の話を聞いて愛莉は少し目を瞑る。


 「……あの時私は素直に思ったことを送っただけなのに、先生はそんなお気持ちだったんですね」


  きっとその時のことを思い出しているのだろう。

 読者はそう思ったから送っただけかもしれない。でもそれは 書き手からするとどれも大切なものなのだ。


 「って、そんな事言ったらコメントとか書きにくくなっちゃうよね、あはは」

 「そんな事はありませんよ。だってコメントとかをすれば先生のモチベーションは上がるってことがわかりましたし、何より先生の支えになることもわかりました。なので今度からはどんどんコメントしちゃいますね♪」

 「お、それは嬉しいね。僕のモチベがどんどん上がっちゃうよ!」

 「はははっ」

 「ふふっ」


 自然と笑いが零れる。

 元々は作者と読者……普通の高校生とお嬢様のロリという普通なら決して交わることのない二人が今は許嫁で恋人。

 まったく奇妙な物語もあったもんだと。

 でも現実は時に創作を超えるとも言うし、案外現実なんてそんなもんなのかもしれない。


 最初はみんな初心者という言葉があるように、最初から上手くいく人なんて本当に少ない。

 仮に最初は上手くいっても途中で必ず壁にぶつかってしまう。

 例えどんなに高く厚い壁だったとしても壊れないものなんてない。

 あのダイヤモンドでさえ金槌で壊せるんだから。

 今はまだダメだったとしても諦めないで、必ず自分の頑張りを見てくれている人がいるから。

 もし道を見失ったとしても真っ直ぐ前を向いて進めばいい、進んだ場所が道となる。


 ……そんな風に思えるのはきっと、あの時に愛莉という女の子から元気を貰えたからだ。

 もし彼女が僕の小説に出会ってなかったらどうなっていただろう。

 なんてことは考えない。そんなのはその選択肢になった世界の僕が考えればいいことだ。

 だから今はこのめいっぱいの幸せを感じながら眠りにつこう。

 ……明日はもっといい事がありますようにと願いながら。




 ……そして朝。

 目が覚めた僕に、愛優さんから朝イチで送られた言葉は、


 「ゆうべはお楽しみでしたね♪」


 という非常に重いストレートだった。

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