第11話 橙

あゝ、わたしの枕元に

瑞々しい橙を置いたのはだれでしょう

橙の一つ分、ちょうど掌に一つ分の匂いが

わたしを空に誘います


いつかの夕陽からこぼれ落ちた

橙が

たわわになった

樹々の間をわたしは吹きぬけます

姉さんは小麦色で

兄さんは紫煙をふいていて

おっちょこちょいの叔父さんが

顰めっ面の父と将棋を指しています

母はいません


あゝ、夕陽が沈みます


ちょうど掌に一つ分の橙の匂いが

わたしのすべてみたいで


今はないものたちが

橙の匂いに誘われて

かわるがわる枕元に訪れては

歌ったり泣いたりするのです


あゝ、わたしの枕元に

瑞々しい橙を置いたのはあなたですね

でもあなたはだれなのでしょうか?


あなたもちょうど掌に一つ分の

橙の匂いをしてるのですね

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