第14話 仕入れも大切な仕事です

 店を閉めた夕方、睦月さんが掃除をしてくれている間に、葉月さんと弥生さんは車でスーパーに仕入れにきていました。


初日から思っていたよりも大勢のお客様に来ていただいたので、食材が足りなくなったのです。


「同じ物ばかりじゃ飽きるから、メニューを少しずつ変えようか。」


「そうね。変えるんだったら一ページずつの方がいいかもよ。メニューブックの差し替えが簡単だから。」


メニューブックといっても百均のファイルを睦月さんが加工して、五セット用意してくれたものです。

文面や写真やイラストも、パソコンに取り込んで、何やらあっという間に作ってくれました。


美術大学卒は就職がないと本人は嘆いていましたが、普段の仕事でつかえるスキルは高いですよね。


葉月さんは需要の少なかった「ところてんセット」を「大学芋」に変えることにしました。

ランチの方は、キャベツが安くなっていたので五百円の日替わりを野菜炒めと煮物にして、八百円のメニューを「親子丼」にしようかなと思いました。


今日は「牛丼」の付け合わせを豆腐にしましたが、親子丼だと野菜の煮物の方がいいかもしれません。

牛丼との値段の差額も考えて、筑前煮を作ることにしました。


筑前煮は美味しいですよね。

葉月さんは、今から味見をするのが楽しみになりました。



ゴボウやレンコンを買い物かごに入れていると、村岡和馬むらおかかずまさんが向こうから歩いて来るのが見えました。

この人は一体何の仕事をしているのでしょう? いつも昼間に私服でウロウロしています。まだ学生なんでしょうか?


「葉月さん、こんにちは! 今日の『畑の恵み』セットは美味しかったですよ。久しぶりに新鮮な空豆を食べさせてもらいました。最近は冷凍が多いからね~。」


「ありがとうございます。よろしければ、また食べに来てください。」


弥生さんもすぐそばにいるんですが、和馬さんの目には葉月さんしか入ってないようです。



「村岡さんは、学生さんなんですか?」


弥生さんが気になっていたことを聞くと、和馬さんはやっと弥生さんの存在に気づいたようでした。


「いえ、これから仕事なんです。塾の講師をしているんですよ。」


なるほど~。

それで昼間は暇なのね。


「そうですか。夏になると夏期講習もあるから忙しいんでしょうね。」


「ええ、食事なんかも不規則になって、疲れが取れなくなります。でもできるだけ『おばあちゃんち』に栄養を取りに行きますね。」


「ありがとうございます。お待ちしております。」


「それでは時間もありますので、失礼します…。」


村岡さんはお辞儀をして離れていきながら、葉月さん達が押していたカートのカゴの中をチラリと見て行きました。


「家庭の味に飢えてるのね。葉月、筑前煮はいい考えだったかも…。」


「美味しい煮物を作らなくちゃね。」


葉月さんは、お客様の感想を聞けて、ますますやる気になりました。


普通の総菜にはない、優しい味にしたいな…。



明日のご飯には愛情と思いやりがたっぷりと入っていそうですね。





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