第11話 『いつまで』は『今』

 現世──廃墟


 廃れた建物と一本の枯れ木が月に照らされ、哀愁あいしゅう漂う舞台をつくり上げていた。空に舞う星に風が歓声を送り、どこからかフクロウの声までも連れてくる。

 廃墟の影から、白い着物の女が現れた。白に紅葉の裾模様がとても綺麗な着物の女だ。生地の薄い羽織で顔を隠すように、頭の上でたなびかせる。


「枯れし桜のく末や 移ろう女子おなごの心内

 渇きし泉の悲しさや 待ち人来ぬ身の表れよ

 幾度待とう 幾度泣こう

 彼の人亡き今 我が身の置き場は何処やら」


 嘆きの歌を口ずさみ、月夜に悲しみを踊る女に、赤い鳥と青年が応えた。



「お嬢さん。僕が解決してあげようか?」



 木の上から青年が意地悪く微笑んだ。女はそれに微笑み返す。




「ばぁぁぁか! とっくに解決済みだよ!」




 私は羽織を投げ捨て、彼らを思いっきり嘲笑ってやった。私の変装に青年は驚いて立ち上がる。この為だけに、わざわざ着物を着たかいがあった。

 青年はすぐさま以津真天に目をやる。以津真天は羽を広げて叫んだ。






『 イ ツ マ デ モ 』





 以津真天が呪詛を吐き、私の胸を貫いた。しかし、私にはもう効かない。それどころか、札に呪詛を写し取り、そっくりそのまま返してあげた。呪詛返しを喰らって、鳥が撃ち落とされた。

 青年から血の気が引く。


「ば、馬鹿なっ······!! そんな、そんなことが·········」

「あるわけないってか? あるんだよ。残念だけどな」


 私は袖から人型の鎖を引っ張り出し、青年に向かって投げつけた。鎖に捕らわれた青年を引きずり落とし、畳み掛けるように片手いっぱいに持った札を投げつけた。


「爆っっ!!」


 一斉に爆発する札が青年を包んだ。逃げようがないその状況だったが、私は舌打ちをこぼした。

 橙色に染まる鎖の先から、青年が飛び出してきた。私は飛んでくる顔面めがけての右ストレートをしゃがんで避け、そのまま青年に足払いをかける。だが青年はそれを跳び避けると、私の顔を蹴り捨てた。


 脳天を揺さぶる痛みに、視界がひどく歪む。軽い吐き気が襲ってきた。それでもすぐに意識を戻し、私は何とか地面に手をついて、突進してくる青年のみぞおちに踵をめり込ませた。


 後退する青年に、私は腕をバネにして起き上がると、その力を余すことなく回し蹴りに込めて、彼の首を蹴り飛ばした。

 痛そうな音を立てて、枯れ木の幹に打ち付けられた青年が私を睨んだ。殺意が込められたその瞳に私が映った。

 私は乱れた着物をササッと直した。汚したらきっと千代に怒られる。


「お前さ······──」


 私が言葉をかけようとした時、木陰から以津真天が飛んで来て、私の胸に鈎爪を立てた。




『イツマデモ······イツマデモ······』




 そう何度も鳴いて私を空へと持ち上げた。

 地上よりも風が冷たい。闇夜に星の明るさが際立って眩しかった。


 どんなに激しく抵抗しても、以津真天は私を空へ空へと運んでいく。街が豆粒ほどになったところで奴は上昇を止めた。


『イツマデモ苦シム······イツマデモ悲シム······』

「はぁっ!?」


 以津真天は大きな瞳を私に向けた。······いや、虚ろな瞳の向く先は私ではない。奴は、違う何かを見つめていた。


『アノ人ハ、イツマデモ捕ラワレル。イツマデモ、イツマデモ······』

「お前はアイツの付属品だろ! なんでそんなことを私に言って······!!」


 私はそこまで言って止まった。引っかかっていた記憶が頭の奥で光り出した。私は目線を少しだけ下に下げた。

 赤い鳥の胴体は一部だけ羽が生えていなかった。直径3〜4センチのいぼいぼとした鳥肌。ふと、昔学校の図書室で偶然見つけ、手に取った文献を思い出した。




「お前が、お前が本物の『以津真天』か!」




 鏑矢かぶらやで討たれた怪鳥。人々を恐れさせるも害はなく、亡者の念より生まれし哀れな妖怪。

 私に名前を呼ばれると、以津真天は大きく頷いた。

 以津真天は、あの青年に操られていたのか。それとも──?

 名を取り戻した以津真天は、地上の男をじっと見つめた。


『イツマデモ救ワレナイ。イツマデモモガキ苦シム。イツマデモ······イツマデモ······』


 ──青年が、亡者だったから。離れられなかったのか。

 あの男の念に寄せられた以津真天は、私に想いを託す。一言だけだった。でも深く伝わった。




『助ケテホシイ』




 ──アノ人ヲ、苦シミ続ケル『イツマデモ』カラ。




 ここでようやく私のやることが分かった。私は抵抗をやめて、以津真天の足を撫でた。ちょっとツルツルしている。



「······わかったよ」



 私がそう言うと、以津真天は夜空にひと鳴きする。そして──



 ───······私から爪を離した。



「何でだよぉぉぉぉぉ!!!」


 怒りと恐怖を吐き出して私は急降下する。刃のように痛い風を受け、落ちゆく体に木々がざわめく。地面が近づいてくると、あのムカつく青年の顔も見えてきた。


 私がやるべき事ただは一つ。

 その前にいつもの礼法を踏む。

 地面がすぐそこに迫った時、着地の体勢を取りつつ、手を合わせた。風が私を包み込むように持ち上げ、着物の中が見えないように、そっと地面に下ろした。


 少し予定がズレたものの、自然の力が借りられることを確認出来た。私は耳を澄ませ、全ての奏でられる音を聴いた。

 そして、彼に精一杯の礼儀と、今までやられた分の仕返しを込めて、怒鳴るように言い放った。




「この度はお悔やみ申し上げます」



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