終話 押しかけアシスタント
ポカポカ陽気の初夏の午後、杏子は静かな〈さがし屋〉のソファーに座り、事件を報道する週刊誌の記事を読んでいた。
梶原が「これ、読んでくれや」と言って、置いて行ったものだ。
事件に関係した人たちに配慮した、優しい記事だったが、事件の主犯となった梛神社の宮司とその祖父には、かなり厳しい追及もされていた。
神のたたりで亡くなったと噂された、前の宮司と村人の男も、自分のやり方に逆らう者を消し去るために、老人が手にかけたのだという。神のためなら何をしてもいいという、歪んだ思想が根底にあったと、梶原は言及している。
行方不明になっていた人たちは、ケガをした人を含め全員無事で、背中を刺された宮司も回復し、今は事情聴取に応じているという。
「カジさんたら、ずいぶん頑張ったみたいね」
事件の後、簡単な事情聴取をすませると、杏子たちはすぐに東京へ戻ったけれど、梶原はしばらく残って取材をしていた。
「意外にちゃんとしてるんだ」
考えてみると、梶原の書いた記事を読むのは初めての事だった。
杏子は読み終わった雑誌をポイッと放り出すと、ソファーに寝転がった。
おしゃべりな居候と迷惑な客がいない〈さがし屋〉は、驚くほど静かだった。
元の状態に戻ったはずなのに、知らない場所にいるような違和感を覚えるのは、さみしいからなのだろうか。
東京に戻ってすぐ、大介は引っ越していった。
彼の持ち物はほとんど無かったけれど、それでも部屋のあちこちが妙にすっきりとしてしまった。
「慣れって、恐ろしいわね」
一年近く一緒にいたせいか、大介のおしゃべりが無いと物足りなく感じてしまう。二週間たっても、それは変わらなかった。
カラン
ドアベルの音に、杏子が慌ててソファーから起き上がると、スーツ姿の大介が立っていた。
「なんだ、大介くんか」
「久しぶりに会うのに、ずいぶんヒドイこと言いますね。お土産に買ってきたケーキ、あげませんよ!」
すたすたと事務所の中に入り、ケーキの箱を事務机に置くと、大介はスーツの上着を脱いでネクタイをゆるめた。
「暑いっすね。もう夏みたいですよ」
事務所の簡易キッチンへ入って行き、勝手に冷蔵庫を開けている。
「ねぇ大介くん、面接でも行って来たの?」
「そうなんです。聞いてください杏子さん、ぼく、来月から小学校の講師になるんです」
大介はキッチンから出てくると、ちょっと胸を張って報告する。
「ええっ、大介くんが小学校の先生?」
「そうです。まだ理科の講師だけだから、しばらくは塾のバイトも続けますけど、ゆくゆくは、ちゃんとした小学校の先生になりますから!」
「へぇー、すごいじゃん!」
引っ越してから一度も顔を出さなかった大介は、しっかり就職活動をしていたのだ。
「先生かぁ」
あまりにも想像できなくて、杏子は笑った。
「暇なときは〈さがし屋〉の手伝いもしますから、安心してください」
「手伝いなんかいらないわよ」
「いらなくても手伝います。ぼく、言ったはずですよ。この場所を譲るつもりはないって。杏子さんだって、好きにすればって言ったじゃないですか!」
「そうだっけ?」
「そうですよ。ふつう忘れないですよ!」
大介が怒った顔のまま、丸いお盆にアイスコーヒーとケーキを乗せてくる。
「わぁい」
杏子が手を伸ばすと、大介はお盆を手の届かない所まで持ち上げる。
「食べる前に、ちゃんとぼくを、アシスタントとして認めると言ってください」
「先生になるんだから、もういいじゃない」
「よくありません」
大介は怖い顔で杏子を見下ろす。
「わかったわよ。大介くんを〈さがし屋〉の押しかけアシスタントとして認めるわ。バイト代は出ないけどね」
「かまいませんよ」
初夏の青空のような清々しい気持ちで、大介は笑った。
おわり
〈さがし屋〉の非日常 滝野れお @reo-takino
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