第11話 創世/Blank On Xanadu


「さぁ、キャット――」

 ――決断を。

 マシンは問いかける。

 世界の行く末を。

 ピジョンは、その瞳に涙を浮かべる。

 この事態は、自らが引き起こしたのだと悔やんでいる。

 毛玉は見つめている。

 共に永い時を過ごしたキャットの決断を見守っている。


 そしてキャットは決断する。

 それは彼女だからこそ、出した答えなのかもしれなかった。


「私はどちらも選ぶわマシン。停滞と進歩、この世界を二つに分けて」


 箱の中に生と死が観測できるように。


 今まで表情を一切変えなかったマシンが驚きの表情を浮かべる。

「まさか、そんなこと出来るはずが――」

「出来るわ、だって私は神様だもの、あなたの演算だってそう答えを出すはずよ」

「ですが、具体的にどうやって」

 マシンは予期せぬ答えに、少し狼狽えた様だったが、なんとかすぐに反論をすることに成功する。

「私自身を二つに分けて、片方に新たな人類の管理を、そしてもう片方は、あの世界樹の辺りを切り取って『停滞』させてそこで過ごすことにするわ。新人類を管理する方の私には苦労をかけてしまうけど……でも大丈夫、あなたたちが付いていてくれるでしょう?」

 そう言って、毛玉、ピジョン、マシンをそれぞれにの方を向き、微笑むキャット。

「そんな、キャットを二つに分けるなんて、そんなのキャットが消えるのも一緒じゃないですか!」

 毛玉が叫ぶ、彼が叫ぶことなどほとんどなかったはずなのに、この短期間で彼は叫んでばかりだ。

 すべてはキャットを想うから。

 そんな毛玉に、キャットは優しく微笑みかける。

「実はね毛玉、私はもうすでに二つに分かれてしまっているようなものなの。毛玉と過ごすゆったりとしたひと時も、ピジョンと過ごす刺激的な瞬間も、私には選べないわ。だから私はもう一つの存在じゃいられない」

「……分かりました。分かりましたキャット。でもそれなら私はあなた共に、切り離された空間で停滞していられるのですよね?」

 それは疑問ではなく、確認でしかなかった。

 だけど、返ってきた答えは、思い描く理想ではなく――

「いいえ毛玉、あなたも『進歩』を行く『私』を見守ってあげて、停滞していたい『私』にはあなたとの思い出さえあれば、永久の時を過ごしていける」

「そんな!そんなの嫌だキャット! も一緒に……!」

 毛玉の縋るような声、敬語でなくなっている事も、自分という一人称が僕に変わっていることも、自分では気づいていないだろう。

 そんな毛玉をマシンが持ち上げて、抱える。

「……キャット、あなたはBOXの自己更新機能から、ピジョンと毛玉、両方を守るために自らを犠牲にしようというのですか?」

 決断を迫ったマシン自身が、そのことを悔やむような声音だった。

 彼女も、生まれたばかりで、ただシステムに従ったに過ぎないのかもしれない。

「犠牲だなんて言わないで。進歩を管理する私も、思い出に沈んで停滞する私も、きっと幸せだわ、だってそうでしょう? こんなにも素敵な友達に会えたんだから! 毛玉、ピジョン、マシンあなたも」

「そんなキャット、アタシは、こんなことになるなんて……!」

「泣かないでピジョン、これは別れじゃないわ。あなたと一緒に過ごした思い出も、これから過ごす未来も、きっと素敵よ? だから泣かないで」

 キャット・ライブス・ダイスはそう言って、ピジョンの涙を拭う。

 そしてマシンから毛玉を受け取り、撫でまわしてから、そっと地面に乗せた。

 マシンに向かい手を差し出す、マシンはその手に向かい己の手をゆっくりと伸ばす。

 二人は握手をして、そして手を離した。

 キャットは世界樹の下へ走る。

「ああ、やっぱりここは落ち着くわ、でもそれと同時にここにいては世界は創れない。やっぱりそう思う。だからここで一区切り、この停滞と、進歩の分離こそが私の世界創造、矛盾してても、無意味だとしても、BOXの意思なんかじゃなくて、私が私自身で決めたこと、綺麗な思い出はそのままに、新たな世界と人類には祝福を」


 ゆっくりと、世界樹が世界から切り離されていく、二人に分かれていくキャット、これから進歩の道を行くキャットは、しかし今は眠っていてきっと夢を見ている。そしてこれから停滞の眠りへとつくキャットは目を見開いて自らの片割れを送り出しながら、毛玉たちに手を振っていた。


「ありがとう」


 その言葉は、進みゆく世界に届く前に虚空に消えた。

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