第10話 決断/Earth Nearly Dead


 ピジョンの暴走は、本来ならばキャットに起こるべき衝動だったのだろう。

 しかし、それはメタという人間の発した「自由」の二文字によってキャットが世界創造の使命、役割から解き放たれたことで、未然に防がれたのだ。

 そこには毛玉の尽力も大きい。

 ところが、皮肉なことにその『停滞』が、恐らくメタとはまた別の人間が仕掛けたセーフティを動かし、さらにそのセーフティにバグを引き起こすことに繋がってしまった。

「ねぇキャット、話し相手がたくさん増えるのよ、それって素晴らしいことだわ! アンタもそう思うでしょ?」

 ピジョンの目は爛々と輝いていた。

 それは一種の狂気にも似た輝きだった。

「ピジョン……前も話したでしょう、私は今、この状態が好きなの、でも新たに生まれた生命を否定はしないわ。だけどだからこそ、ここに『人類』は必要ないと思うの」

 これは神の我儘だろうか、それとも少女の願いだろうか。

 それでもピジョンは聞く耳を持たない。

「嫌よ! だったら! 今のままじゃ! アタシは! それじゃアタシがアタシでなくなっちゃうじゃない!」

 ピジョンの叫びは世界に反響する。

 生み出された生命達が呼応するように、悲しい叫びを上げた。

 キャットも、毛玉も、ピジョン自身も、誰もこの状況をどうにかできそうにはなかった。

 自縄自縛に陥った三人、だがその時だった。


 空間に亀裂が入る!


『どうやら決断の時のようですね』

 虚空から、いやその亀裂から声が響く、その後はまるでピジョンが卵から出てくる時の再現だった。

 腕が空間をバリバリを割り、足が空間の破片を踏み砕き、そして全身が露わになる。

「はじめまして、世界の管理者達。ワタクシはMechanical Alone Perfect、技術そして文明を司る天使、キャットに倣えばマップと名乗るところですが、あえて同じ天使であるピジョンを参考に、そして機械仕掛けの神にあやかりマシン・クロス・ジュピターと名乗りましょう。どうぞワタクシのことはマシンとお呼びください」

 深々とお辞儀をするマシンと名乗る少女。

 歯車の意匠があちこちにあしらわれたメイド服のような恰好、メガネをかけており、そのレンズの奥の瞳は銀色に染まっていた。

「……あなたも自己生成されたのですか?」

 茫然とする三人の中、なんとか毛玉が言葉を発する。

 話し相手という己の役割によって茫然自失から脱する事が出来たらしい。

「ええ、たった今生まれました。決して箱の外から送り込まれたわけではありません。そして早速ですがワタクシから提言させてもらいましょう。おそらく箱の外にもう人類はいない、と」

 まさしく機械のような喋りだった。

 キャットとピジョンは未だに状況を飲み込めていないらしい。

 無理もないのかもしれない。

 なにせ初めて訪れた混乱だ。

「どうして、箱の外から来たわけでもないのにそう言えるんですか?」

 なおも毛玉は食い下がる。

 マシンに会話の主導権を与えまいと必死だが、それも届かないらしい。

「ワタクシにはキャットとピジョンにはない、高度な演算能力があります。それにより導き出した結論です。このBOXの中で経過した時間はもうすぐ一億年を超えます。人類がその長い期間を生き延びている確率は限りなくゼロに近いものです」

 機械によって導き出された冷たい答え、でもそれは、だからこそキャットやピジョンにもようやく理解し状況を飲み込ませるに至った。

「それで、マシンはどうして生み出されたの?文明を創るため?でも――」

「いえ、そうではありません。それは事象です。ワタクシはあくまで『決断』を求め、生み出されました」

「なによ決断って……アタシは――」

「そうです、ピジョン、アナタは『新たな人類』を創るべきだ」

「!?」

 反論しようとして遮られ、そして出てきた言葉にまさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするピジョン。

 そんなピジョンを無視して、キャットに向き直り、言葉を紡ぐマシン。

「そしてキャット、あなたの停滞という願いは、決して安易に否定し無下にしていいものでもありません。あなたの意思は尊重されるべきだ」

 マシンはそう言い切った。

「そんな言ってることが矛盾しているじゃないですか!」

 毛玉はあまりにも不条理なマシンの物言いに、それでもそう言い返すのが精一杯だった。

「だからこそ、『決断』してほしいのです。決めるのは管理者であるキャット……『停滞』か『進歩』か、ピジョンか毛玉か、どちらかを選んでください。

「なっ……!?」

「それはッ……ちょっとアンタ何を言ってるの!?」

 毛玉とピジョン、それぞれの反応は奇しくも似たようなものであった。

 そもそもピジョンはキャットと毛玉と共に行くことを前提に、『新人類』を創ろうとしていた。

 それなのに、どちらかを選べと、やはりそれは先ほど毛玉が言った通り矛盾しているように聞こえた。

「いいえ、どちらかです。進歩の象徴であるピジョンか、停滞の象徴である毛玉か、どちらか一方しか選ぶことは出来ません。これはBOXの意思です。つまりはキャット、アナタの深層心理にあたる部分が、そう定めた等しいことなのです」

 BOXの管理者、キャット・ライブス・ダイス。

 彼女は沈黙していた。しかし真っ直ぐにマシンを見つめ、決断と向き合おうとしている。

 その表情は、停滞に微睡む少女のモノでも、進歩にはしゃぐ少女のモノでもなかった。

 神としての覚悟、彼女は選択を真正面から受け止めようとしていた――――――

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