第十九回 写真加工技術(大天狗)

「大天狗様? コマーシャル開けましたよ?」

「ん? おお、そうか。すまんのぅ」

「何やってるんですか?」

「新年会は二次会をやってな。その面々でまた集まって飲みに行こうというやりとりじゃ」

「えー、スマホを自在に使っていることはもう時代もありますからいいとします」

「なんじゃ?」

「忘年会の後の二日酔いで仕事にならなかったのをお忘れではありませんよね?」

「忘れておらんぞ。だから週半ばに行くのじゃ」

「それはそれで問題のような気もしますが……」

「安心せい。来週のワシの回までには酔いを醒ましておくわい」

「いや、それは当然のことだと思うのですが……」

「それで、今日のお便りはもう終わりかのぅ」

「まだですよ。次に行こうと思ったらスマホ触っていましたから」

「そうじゃったか。では先に進めてくれ」

「あ、はい。えー、ではラジオネーム『信者乙』さん」

「なんの信者じゃ?」

「えー、おそらく芸能人の熱狂的ファンという意味の信者でしょう」

「乙とはどういう意味じゃ?」

「お疲れ様、などの文字数を減らして短縮させたものです。意味はそのままです」

「ほぅ、乙か。最近流行りなのか?」

「いや、結構前にできたネットスラングです。実生活で使う人はあまりいないと思います」

「なんじゃ、つまらん」

「いやいやいやいや……どこで使うつもりなんですか?」

「色々とこちらにも都合があるのじゃよ」

「そうですか。えっと……じゃあ先に進めましょうか?」

「そうしてもらえるかのぅ」

「はい、では『楽しく聞かせていただいています。僕は社会人五年目でもうかなり会社にも社会の荒波にも慣れてきました。そんなときに先輩方と飲みに行こうという話になり着いていくことにしました。どこの店に行くかも聞いておらず、着いた店はいわゆるキャバクラと呼ばれる店でした』」

「ほぅ……」

「『先輩のおごりと言うことで店に入り、着いてくれる女の子を選んで席に着きました。正直、僕は女性とあまり親しくしゃべる機会が人生の中でなかったので緊張していました。先輩方がこういうお店を選んだのも僕の女性への耐性が理由だと思います』」

「若い頃は積極的に女に仕掛けんといかんぞ」

「いやいや……何の進言ですか。えー『そして僕が選んだ女の子が出てきたのですが、この女の子は別人でした。いえ、別人ではないのですがパネルの写真とは全くの別人だったのです。ルックスもスタイルも全く違う別人が出てきたことに僕は固まっていました。すると先輩方は「パネルマジックに引っかかった」と笑っていました』」

「うーむ、あれは悪質じゃからな。法律で規制して厳罰化せねばならない」

「えー、ひとまず先に進めます。『思い起こせば学生の頃、好きな女性アイドルの写真集を買って喜んでいました。そしてそのアイドルのコンサートに小遣いを使い切って行って、実物の当人を見て全くの別人ぶりに絶望した記憶がよみがえりました。あれも一種の「パネルマジック」なのでしょう。これは詐欺だと僕は思いながらも、学生の頃から進歩していなかった自分に落胆しています』と、言うことです」

「うむ、詐欺じゃ! 間違いなくあれは詐欺じゃ!」

「ちょっと、大天狗様? いきなりどうしたんですか?」

「神代よ。いいか、よく聞け」

「あ、はい」

「ミスユニバースじゃったか? あのレベルの女性の写真から一枚選べと言われる」

「はい」

「そして選んだらその選んだ写真の人物が出てくるとする」

「はい」

「選んで出てきたのが怪物の巨漢鏡餅だったときの絶望感と恐怖、お前にわかるか?」

「……はい?」

「ワシにはこの『信者乙』の気持ちがよくわかる。最近の写真は一切信用ならん!」

「えっと、今は大天狗さんの経験のお話でしょうか?」

「世間一般の男達が抱えているトラウマの代弁をしているに過ぎん!」

「は、はぁ……」

「女が綺麗に見られたいのはわかる。最新技術で写真を加工しやすくなったのもわかる」

「そうですね。今や加工していない写真の方が少ないかもしれません」

「それを商売でするとは何事じゃ! 当人だと判断できぬ写真に意味などない!」

「い、怒りの熱量が……」

「ワシはここ数百年で唯一人間に殺意を覚えた瞬間だったわ」

「そ、そこまでですか?」

「写真に当人の面影すらないのであれば写真の意味などない!」

「ま、まぁそうですけど……」

「写真に写る人間が出てくるものだという期待を裏切るのだ! 断じて許しがたい!」

「確かに詐欺に近いかもしれませんがギリギリ詐欺じゃないのではないでしょうか?」

「なぜだ? あのような暴挙を許しておいていいというのか?」

「いえ、そうではなく、詐欺なら弁護士がお金儲けのために狙って根絶しているかと……」

「うーむ……そうか。弁護士も人間じゃからな。確かに詐欺ならいい小遣い稼ぎになる」

「そもそも今は写真の前段階からすでに違いますから」

「写真の前段階? 怪物の巨漢鏡餅は怪物の巨漢鏡餅のままじゃろう?」

「まずメイク、さらに衣装とポーズと角度、そして差分を含めた連写から奇跡の一枚です」

「な、なんじゃと……」

「そこで初めて写真の加工です。スタイルルックスをそこで初めて加工するんです」

「も、問題は写真の加工だけではなかったのか……」

「写真と本人が全くの別人というパターンが絶えない理由がこれです」

「メイク、衣装、ポーズ、角度を吟味した上で奇跡の一枚を作り出すというのか」

「さらに言うと撮影時の光の当て方や強弱、それに合わせてのメイクの変化もプラスです」

「そ、そんな……世の男達に希望は残されていないというのか……」

「えー……正直、写真で判断するのはすでに得策ではない時代だと思いますよ」

「世界には詐欺が蔓延しているのか?」

「詐欺の一歩手前ですよ。詐欺ならさっきも言ったとおり弁護士さんが動きますよ」

「くっ、もはや写真集は当人ではなく撮影技術と加工技術の見本市ではないか」

「あはは……そうかもしれませんね」

「これは是非国に取り締まって貰わねばならん!」

「……え?」

「過度な加工により本人から乖離した表示は全て詐欺と断定する法案を通すべきだ!」

「い、いきなりの方向転換で政治に突っ込むのはやめてください」

「この法案を目玉にすれば日本国民の半数、男性全員の指示は堅いだろう!」

「い、いや、さすがにそれは見通しが甘いかと思います」

「怪物の巨漢鏡餅がモデルのような写真を使うなど言語道断じゃ!」

「……さっきから気になっていたのですが、やっぱり大天狗様の経験談ですよね?」

「いや、世の男性の代弁をだな……」

「写真加工の例が怪物の巨漢鏡餅しか出てきていませんよ?」

「いや、それは……」

「ご自分の経験談、しかもかなり最近のことですよね?」

「さ、さて……な、何のことだ?」

「女天狗様、お聞きになっていらっしゃいますかね?」

「なっ! 何を言う! ワシは飲みに行っただけでじゃ!」

「飲み?」

「天狗の仲間内で女の子が接待してくれる店に行っただけじゃ」

「ああ、そこで例の怪物の巨漢鏡餅に当たったんですね?」

「いや、それは……仲間の天狗がその後の夜の店で当たったのだ。ワシではない!」

「はぁ……私はそのあたりの真偽はどうでもいいです。ですが大天狗様?」

「なんじゃ?」

「大天狗様の浮気や不倫の線引きはどこなのでしょうか?」

「線引き? そんなもの、男と女の関係になったら、に決まっているだろう」

「男と女の関係ですか?」

「客と店員の関係は浮気でも不倫でもない! 故に問題ない!」

「……えー、その判断は女天狗様にしていただきましょう」

「な、なんじゃと?」

「えっと『信者乙』さん、ありがとうございました。では次のお便りに……」

「ま、待て神代! この話はまだ終わってはおらんぞ!」

「え? いや、そろそろ時間的にも次のお便りに……」

「ワシは今この話を切り上げるわけにはいかんのじゃーっ!」

「えぇー……」

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