第十八回 食べ物(八咫烏)

「はい、じゃあ八咫烏さん。次のお便りにいってもいいですか?」

「おう、ドンドン進めちまいな」

「はい、ではラジオネーム『精進』さん」

「精進? 精進料理の精進か?」

「そうですね」

「なるほど、そうか」

「えっと……何がなるほどなんですか?」

「まだ内容は聞いちゃいねぇが、最初に言っておくことがあるよな?」

「……はい?」

「精進しろ! 以上だ!」

「ちょっとっ! 内容も聞かずにお叱りはないでしょ?」

「間違いねぇ。こいつは絶対にこう言って欲しくてこういう名前にした」

「いやいやいやいや……憶測で決めつけちゃダメですよ」

「お便りには書いてねぇだろうが、俺っちには名付けの理由がひしひしと伝わってくるぜ」

「そ、そうですか?」

「そうだぜ。だいたいよく考えてみろ。この番組を聞いている奴らのネーミングセンスを」

「……確かに、言わんとしていることはわかりますよ」

「だろ? 絶対にそうだぜ。俺っちに精進しろって言って欲しかったんだぜ」

「いやいや……ですがそれは読んでみないとわかりませんよ?」

「おーし、じゃあ読んで見やがれ。叱咤激励待ちだと思うからよ」

「あ、はい。じゃあ読みますね。えー『初めまして、毎日楽しみにしています』」

「おう、初めてで悪ぃが精進しろよ」

「いやいやいやいや……まだ挨拶だけですから」

「先はわかっているがしかたねぇ。聞いてやるぜ」

「……えー、続きですが『会社の同僚の中でもよく一緒に仕事をするグループがあり、仕事終わりにそのグループで食べに行くことになりました。気心の知れた仲の良い同僚達だったので仕事が終わった後に集まって行くことになったのですが、いざ飲食店街にさしかかったところで意見がまとまらなくなってしまいました』」

「ん? そいつら、仲が良いんだろ?」

「そう書いていますが、何かもめ事でしょうか?」

「リーダーシップを発揮できねぇ奴に一言、精進しろよ!」

「お叱りから少し離れてください。えっと『グループは六人だったのですがなんと、ベジタリアン、糖尿病予備群のため糖質制限中、卵や乳製品のアレルギー、イスラム教徒でハラル食、主食がお菓子で栄養補助食品頼り、三食ファーストフード、という食事に行くには最悪の組み合わせでした』」

「そんな六人がよく集まったな」

「イスラム教徒くらいは日頃の行動でわからなかったんでしょうか?」

「そもそもそいつら、本当に仲良いのか?」

「えー、それに関しては続きに書いていますね。『仕事でのコミュニケーションはしっかり取れていましたし、趣味も似通っていて話は合っていました。しかしその時思い返して初めて気づいたのが、長時間一緒にいることは稀で、しかも全員が二人以上で食事に行ったことがない間柄でした』」

「なんだ? どういう組み合わせなら何が食えるかっている新手の脳トレか?」

「いい例えだと思います。『六人でインターネットを駆使して全員で行けるお店を探したところ、高給日本食の懐石料理の店でハラル認証の精進料理を出して貰ってなんとか六人での食事を済ますことができました。日頃よく話す間柄だったのに重要なことを知らず、まさか食事を食べるだけでこんなに疲れるとは思いませんでした』とのことです」

「事実は小説よりも奇なりってか? とんだ六人組だな」

「そうですね。ですけどその前に一ついいですか?」

「どうした?」

「ラジオネームの『精進』はどうやら精進料理の精進だったようですよ?」

「……おう、そうか」

「何か『精進』さんに言うことはありますか?」

「あー、まぁ、誰にだって早合点はあるってこった」

「では、ご自分には何か言うことはありますか?」

「神代? お前、俺っちが俺っち自身にあの言葉を言わせる気か?」

「あ、おわかりでしたか? では、どうぞ」

「いや、ちょっとした勘違いだろ?」

「さぁ、どうぞ」

「……ちっ、俺っちもまだまだ甘かった。精進すりゃいんだろ?」

「はい、精進してくださいね」

「ったく、早合点で墓穴を掘っちまったぜ」

「あはは、話は最後まで聞きましょうといういい例ですね」

「俺が悪かったよ。だからさっさと話を進めてくれ」

「わかりました。えー、この場合偏食だけじゃないですね」

「そうだな。アレルギーや宗教上の問題となるとつれぇわな」

「好き嫌いじゃありませんからね」

「俺っちは何でも食うから偏食する奴の感覚がよくわからねぇんだけどよ」

「カラスは基本雑食ですからね」

「雑食じゃなくて好き嫌いがなくてまんべんなく食べるって言ってくれねぇか?」

「雑食でいいじゃないですか。それより六人が食べられる精進料理ってのに驚きです」

「料理人も頭を悩ましただろうな」

「おそらく全員が同じメニューではなかったと思いますが、素人には想像もつきません」

「おい、『精進』よ。店に迷惑だから次行くときは事前に打ち合わせしておけよ」

「仕事じゃないのに事前の確認や打ち合わせが大切ってどうなんでしょうね?」

「まぁ、親しき仲にも礼儀ありって言うしな。前もってやっておくこともあるってこった」

「しかし二人でしか行ったことがなくても気づかないものでしょうか?」

「好き嫌い程度の認識だったんじゃねぇか?」

「普段仲がいいと色々と都合よく考えてしまうのかもしれませんね」

「距離が近い人間同士だと意外と見てねぇこともあるってことか」

「ですが『精進』さんにはこれをいい機会と捉えて欲しいですね」

「だな、同僚の新しい一面を知ったってこった」

「私も日々発見の毎日ですからね」

「ん? 何の発見だ?」

「一緒にラジオをする八百万の皆様方ですよ」

「そんなに発見することってあんのか?」

「まぁ、私なりにやりとりするコツみたいなものですかね」

「確かに最初の頃よりかはやりやすい気はするな」

「さすがにもう四クール目ですからね。一年を前にしてやりにくいのは困りますよ」

「それでもこの前九尾にやられちまってたけどな」

「九尾さんは真面目と好き勝手の差が激しすぎますよ」

「まぁ、九尾もよく知らねぇ相手にはあんなことしねぇからな」

「私のことも九尾さんに知られているってことですね」

「はっはっはっ、お互いのことを知り合ったってことで良い関係じゃねぇか」

「確かに距離は縮まった気はしますね。こうやって話す上では私もやりやすくなりました」

「時間と顔を合わせる回数で良い関係になっていくならそれに超したことはねぇ」

「新たな一面を知ってもそれがいい意味で相手を知ったと言うことですからね」

「そういうこった」

「えー、私事でしたが『精進』さんもいい機会だったと前向きにいきましょう」

「まぁ相手を知るのはいいことだが、俺っちはどうしても偏食がわからねぇ」

「八咫烏さんは本当に安易も好き嫌いはないんですか?」

「ねぇな。食べられるもんはなんでも食うぜ」

「カラスの代表格みたいな方ですからね」

「はっはっはっ、最近話題の虫食も俺っちは全然いけるからよ」

「あー……虫食ですか。これからは虫食も必要らしいですけど、私は苦手です」

「なんだ? 神代は虫はダメか?」

「よく神社仏閣に顔は出すので触るのは大丈夫なんですけど、食べるのはダメです」

「美味い虫を教えようか?」

「いや、美味しくても無理です」

「じゃあ初心者は蜂の子からだな」

「蜂の子ってうねうねしてますよね? あれ、初心者向けなんですか?」

「おう、初心者は蜂の子かイナゴの佃煮のどちらかだ」

「……どっちもダメそうです」

「好き嫌いはダメだぜ?」

「いや、あの……好き嫌い以前に虫を食べることに抵抗があるんですよ」

「そうか。でもこれからは虫食も必要だぜ」

「それはわかってますけど……」

「神代、精進しろよ」

「……はい、『精進』さん。ありがとうございました」

「お、おいっ! 無視かよ!」

「では次のお便りに行きますね」

「虫の話の最中に無視……か」

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