第29話 悪女の宣言

 サンライニの日差しは徐々に輝きを増し、行き交う人々の装いもやや薄着になったような気がする。朝もやも最近では薄くなり、朝晩の肌寒さを感じることはなくなった。

 そのためか、ここティーラ区では朝の人通りも全体的に増えたような気がする。


 いや、正直に言おう。確実に増えた。それはもう劇的に増えた。

 そして同時に、俺の仕事も増えることになった。


 「リアンくーん!これお願いねー!」


 トレラさんの元気な声が響く。そして、同時に大量の食器類が置かれる音が聞こえる。俺はトレラさんに返事を返しつつ、昨日修繕したばかりの魔法道具から水を出す。


 「なあリアン、俺達一応職人だよな?」

 「そうですね…。一応まだ魔法技師のつもりです。昨日も魔法道具修繕しましたし…」

 「それ昨日調子悪かったもんな。そうか…自分で直したんだな…」


 隣に立つキュリオさんが、やや気の毒そうな顔でこちらを見る。


 「皿洗いが魔法道具も直せると便利だな」

 「せめて主語を変えてもらえませんか…」

 「…魔法技師が皿洗いもできると便利だな…」

 「なんか悲しい響きになった気がする…」

 「一応気を使ってやったんだ。さっきのほうがまだマシだろ?便利に使われている感が少ない」


 今度は遠い目をしながら作業を進めるキュリオさんが大きな溜息をつく。


 「溜息をつくと、幸せが逃げちゃうよ?」


 そこへ満面の笑みのニアが顔を出した。


 「誰のせいだ、誰の」


 ふてくされた顔でキュリオさんが彼女に言う。そんな表情になってしまう気持ちは大変理解できる。


 「え?リアンの魔法道具のせいでしょ?」


 ニヒヒ、と意地悪そうな笑みを浮かべて、踊るように看板娘は去っていった。追加の食器をおいて。


 「…だとよ?皿洗いの新人」

 「あまりにも理不尽だ…」

 「お人好しだけじゃ、世の中渡ってはいけないってことだ。勉強になったなリアン」


 ハンブル商工会に採用されなければ、路地裏の宿で同じようなことをしていたのだろう。しかしまさか商工会に所属した後に宿の皿洗いを任せられるとは思わなかった。我が商工会の手広さは、既に他の追随を許さない領域にあるだろう。


 「まあ…なんだ。良いことじゃねえか、レストロ存続は間違いないんだからよ」


 そんな俺の思考をよそに、自分の担当の皿が終わった子猫族は手を拭きながら笑う。


 「当分皿洗いは続きそうですね」


 店の未来を想像して、結局俺も笑ってしまった。


 

 ある日突然提供が始まった冷たい果実酒は、レストロの代名詞になった。



 もともと味が悪くなかった食事に、比較的とっつきやすい価格。気温が上がり始めたこの時期に、冷たくて、味の良い果実酒。ティーラ区の朝食処として、レストロはあっという間に人気店となった。今では広場まで伸びた行列は、広場の朝を象徴する景色となりつつある。

 宿のかきいれ時は、朝もやの出る早朝から朝食時全体となり、最近では夕食も開放してほしいという声が聞かれるまでになった。しかしながら、


 「宿泊してくれているお客さんには、夜は穏やかに過ごしてもらいたいの」


 というトレラさんらしい意見が尊重され、夕食の開放は今後も予定はないそうだ。そんなわけで、レストロの朝食は混雑必至という状態が続いている。そしてその流れにつられるように、宿泊客も増える一方だ。



 「お疲れ様~!二人とも、今日もありがとう!」


 トレラさんは地獄のような混雑を終えた後なのに、非常に爽やかな笑顔である。接客業の経験が長いからだろうか。店の今の人気ぶりに、トレラさんの笑顔がまったく無関係ということはないだろう。愛想の良い女主人というのは、今でもレストロの魅力の一つではなかろうか。

 混雑を乗り切った後の快い疲労感を抱えながら、キュリオさんとカウンターに並び、少し遅めの朝食をとる。…というよりもはや「まかない」をもらう店員に近いかも知れないが。


 「リアンくんも宿泊客っていうか、従業員みたいになっちゃってごめんなさいね…」


 娘と違って申し訳なさそうにするトレラさん。まあもともと魔法道具の修繕を受け持った頃から、宿泊客らしからぬ状態であったとは思う。


 「まあ、所属商店からの支援依頼だしな。俺達も仕事として来ているんだから、特に文句はない!果実酒も飲めるし!」


 冷たい果実酒を美味しそうに飲むキュリオさん。朝の一杯を大手を振って飲めることがこの仕事の良いところだ、とは彼の談である。

 実際現時点で並ばずに、しかもゆっくりとこの果実酒を味わえるのはなかなかの贅沢となったといえるだろう。

 

 レストロに納品された飲み物を冷やす魔法道具、カップはルーシャ、テーブルはルーシャテーブルと名付けられた。サンライニ地方に古くある物語から引用した言葉だそうだ。

 テーブルとカップの造形は非常に良いものが出来たと思う。ルーシャは持ちやすいように大きめの取っ手付き、テーブルにはやや凹んだ四箇所のルーシャ置きが用意されている。この凹み自体も滑らかに加工され、同時にテーブル自体の重心を調整するのに役立っている。木工品としての出来は素晴らしい。

 

 ところが一つ問題が起きてしまった。

 ルーシャに回路を彫り込んでいる間に、もともと調子が悪かったルーヴの一本が完全に壊れてしまったのだ。


 「大丈夫なの?その…ルーヴ壊れちゃったんでしょ…?」


 少しばつが悪そうにこちらを覗き込むニア。どうやら少し負い目を感じてしまっているようだ。

 しかし、休暇を切り上げてサンライニに帰ってきた時点で調子が悪かったのだ。作業中に焦って無理をさせてしまったのも自分だし、いずれにしろ近い将来同じような状態にはなっていただろう。

 そう伝えるとニアは少しほっとしたような表情になった。


 ルーヴが完全に壊れたことで、ルーシャテーブルは一脚しか製作することができなかった。先に始めたカップ側はある程度数量を確保できたのは幸運であった。

 納品自体を遅らせるというやり方もあったが、ひとまず納品して様子を見てみようということになったのだ。このあたりはファリエ会長やルーさんから、大量納品より予算的にも公国に言い訳がしやすい、という意見もあった。


 今では果実酒をカウンターで受け取ったら、ルーシャテーブルへ持っていき冷やしてから自席へ行く、というのがレストロ式となっている。ルーシャテーブル前にも列が出来ることもあり、さらに混雑を演出している。


 当然お客が急増すれば、店側もてんてこ舞いである。

 今までの人数ではとても足りなくなってしまい、今度はお客さんが増えすぎて頭を抱えることになったのだ。商工会に所属していないレストロでは求人もなかなかに出来ない。そもそもトレラさんも手一杯でそういったことにも手が回らなかった。


 そういった状態にすかさずつけ込むのは、我が商工会を率いる悪魔である。


 「よかったら、うちに所属します?」


 爽やかな笑顔とともに悪魔は囁き、トレラさんは二つ返事で快諾した。こうしてハンブル商工会はティーラ区一等地の宿を傘下におさめてしまったのだ。

 本来ならルーシャテーブルの数を増やして様子を見てから…という予定だったが、誰の目から見ても分かる大盛況のお陰で公国も納得してくれたらしい。他の商工会が手をだす暇もなく、レストロは賭けに勝つことになった。


 そして人気店レストロの人手不足を一時的に緩和するべく派遣されたのが、所属技師と職人であった。

 

 そもそも他に要員がいないのに引き受けるという、大変ずさんな商工会の対応であり異論を述べたいところではある。しかしレストロの惨状、というよりレストロが戦場になった様子を知っていればこそ、断るという選択肢はなかったのだ。


 それに嬉しそうに仕事をする受付嬢と、前よりももっと明るくなったトレラさんの様子こそ、今回の魔法道具の成果であるような気がしているのだ。

 当然、俺の力だけで実現したことではない。それでもその一端に関われたことは、技師としてとても嬉しいのだ。レストロの話を街中で聞くと、つい口角が上がってしまうほどには。

 



 「おかえり」


 いつもより遅くにレストロへ戻ると、暖かな明かりに照らされた一階にニアがいた。もともと出勤前に店を手伝っていた彼女だが、ここのところ朝のレストロは戦場だ。早く就寝しなくていいのだろうか。


 「まだ寝なくて大丈夫?明日の朝も壮絶だと思うけど」

 「いや、それはリアンも一緒じゃない。いつも皿洗いご苦労様です」


 おどけた様子の彼女の表情は明るい。


 「夕ご飯食べてないでしょ?」

 「リゼさんがくれたお菓子くらい…かな。今日は遅くなるって分かってたし」


 少しばつが悪くなり顔をそらすと、テーブルに湯気を立てたスープが置かれる。


 「これ、残り物で作ったやつだけど。食べないよりいいと思うから」

 「えっ…いいの?」

 「むしろ宿泊客は夕飯断らないでしょ…」


 照れたように顔をそむける彼女と、美味しそうなスープに頬が緩む。やはりお腹は減っていたらしい。俺は席につくと、ありがたく頂くことにした。



 「その…ありがとね」


 俺がスープを食べ終わるまで話相手になってくれていたニアが、やや唐突に切りだした。スープを用意してもらったのは俺だ。お礼を言うのはこちらだと思う。


 「いや、スープのことじゃなくてさ」


 苦笑いを零す受付嬢。穏やかな明かりのせいだろうか。普段は快活な印象のニアだが、どこか落ち着いた穏やかな雰囲気を纏っているような気がする。


 「ルーシャのこと。言い出した、っていうか作り始めたのってリアンなんでしょ?」

 「あ、ああ…まあそうかな。というか結局騙されていたんだけど…」


 後で分かったことだがレストロの乗っ取りというのは、ルーさんとファリエ会長によるでっちあげであったのだ。

 他の商工会から融資の提案が来ていたのは事実だったが、あの二人が話をしたようなやり方で所有権の買い取りを行ったりすることは立派に法律違反だそうだ。かつて似たような手口で商店を乗っ取った商工会は厳しく処罰され、すでに解散させられているらしい。

 ただ高級店への鞍替えは免れないことは間違いない。トレラさんもニアもそこは悩んでいたため、俺を騙した二人とも上手いやり方はないかと前々から考えていたようだ。


 結局俺はまんまと乗せられたことに気づかないまま、喜々として魔法道具を作っていたわけである。


 「ほんと、お人好しすぎだって…」


 困ったような笑顔を浮かべるニアに見つめられると、どうにも照れくさい。


 「レストロの方針を守る方向にしてくれたのはファリエ会長だし、魔法道具だってリゼさんやキュリオさんがいなきゃ成り立たなかったし。今回も皆のお陰で上手くいったんだと思う。始めにやったかもしれないけれど、失敗作だったからさ」


 すぐに使えなくなった水差しを思い出す。ちょっと前に作ったものなのに、随分昔のことのように感じる。それだけここ最近が濃かったのだろう。

 手を動かして、試行錯誤を繰り返す毎日。その日々はどこか、学園生だった頃を思い出したのだ。夢中になってじたばたしていたあの頃。そして同じ方向を目指す仲間と一緒に取り組んだ日々が、もう一度戻ってきたかのようだった。


 「確かにお礼を言いたいのはリアンだけじゃないんだけど。それでもやっぱりリアンが始めてくれたから、今こうしていられるような気がしてるから。本当にありがとう」


 彼女はそう言って、穏やかに微笑んだ。

 こういうところが、彼女の良いところだと思う。まっすぐに、率直に言葉を出せる。ひねくれがちな自分からするとちょっと羨ましい。


 だからこそ、この純粋な言葉をそのまま受け取っておくわけにはいかなかった。


 「一緒にするなって言われてしまうかもしれないんだけれど。俺もどこか似たような状況になったことがあったって思ったんだ」

 「似たような状況…?」


 今回の件は、純粋に相手のことを思ったから生まれたものではない。


 トレラさんの理想を尊重したいが、周辺の状況がそれを継続することを困難にしている。今回はそんな状況がまずあった。けれど理想を維持するには今一歩足りていないという現実もまた、確かに存在していた。


 「それでニアはさ、受付嬢として働いてお金を入れて、朝はお店も手伝ってて。単純に凄いなって思った」

 「す、凄くはないと思うけど…」


 持ち上げられるのは案外苦手なのかもしれない。彼女は椅子に座ったまま、もぞもぞと身体を動かす。玉の輿のことはおそらく本人が否定するだろうし、言わないでおく。純粋に本人の好みも入ってると思うし。


 「ちゃんと行動してるんだなって。なかなか思い通りにならない状態だったとは思うんだけど、トレラさんもニアも、それぞれが出来ることを一生懸命やっているように見えたんだ」


 話を始めたのは自分だが、思ったより心情を吐露する流れになってきて気恥ずかしくなってきてしまう。それでも伝えるべきだろうと思い、視線を外しつつ続ける。


 「俺は昔の工房にいた時、自分の試作がなかなか通らなくて。いつまでたっても基礎工程…要は新人扱いみたいな状態で。最初のほうは少しは行動したんだけど、途中からどんどんやる気をなくしてさ。

 最後のほうは何もやってなかった。クビになって当然だったと思う。へそを曲げたまま、現状を変えるような努力をしなかったんだから」


 かつての自分に対して思わず苦笑が溢れる。フラドは直接言葉にしなかったが、そのいじけた性根を見抜かれていたのだと思う。


 「でもレストロの二人は違う。俺は行動を辞めたから失敗して当然なんだけど、確かに行動している二人にはどうにかいい方向に行ってほしかった」


 そう、それはやはりどこか俺のわがままなのだ。

 自分のときやっていれば良かったこと。やるべきだったこと。その機会を失ったからこそ、勝手にその状況を自分に重ねて、かつて取り零したものを拾いにいけないかと思ったのだ。

 あの時見ることができなかった結末や、手に入らなかった感情を未練たらしく追いかけた部分があったことは否定できない。


 「多分、ニアもトレラさんも俺みたいに簡単に折れてしまわないとは思う。でもこの機会に俺も行動してみようって。ここで何もしなければ、俺は何も学んでいないってことになる。そう思ったんだ」


 情けない話ではあるが事実なのだ。

 真っ直ぐ気持ちを表現してくれる彼女に対して、今俺ができる精一杯はこれくらいなのだと思う。洗いざらい話して置かなければ、それはどこか卑怯になるような気がしたのだ。


 「だから、感謝するべきはむしろ俺のほうなんだ。お礼を言われるべきじゃない」


 見ることができなかったはずの景色をもう一度見せてくれた。俺はそのことでどこか救われたのだ。

 

 俺の言葉を最後に沈黙がやってくる。でもその沈黙は決して悪いものではなかった。



 「心の底からさ、全部他人のために生きている人なんていない…って思う」



 その空気を楽しんでいると、ニアは少し間をおいて話を始めた。


 「支援の申し出ってどこか冷たいっていうか、血が通っていないような気がする時もあるの」

 「血が通っていない…?」


 ニアは真っ直ぐな瞳でこちらを見て、そう、と頷きながら彼女は続ける。


 「そこにその人がいない気がするって言ったら良いのかな。私は与える側なんです、って距離を置かれてるような…真反対に、真正面に立たれるような感じ」


 そこで少し言葉を切って、ニアは食後に淹れてくれたお茶を飲んだ。


 「リアンは宿の悩みをさ、自分のことに重ねてとってくれた。お互い悩みをもっててさ、答えは違うのかもしれないけど、一緒になって考えてくれてるって魔法道具見た時から思ったの。テーブルとカップっていう発想にしてもそう。他にもリゼさんと本当に色々相談してくれたって知ってる」


 確かにテーブルの設計については一から話し合いをして、何度か作り直しはしたけれど。ニアに話した覚えはない。リゼさんから聞いたのだろうか。


 「だから、同じ人間なんだって。隣に座ってくれて、お店のお客さんになってくれて、同じ方向を見てくれてるんだって感じた」


 いつもより少しゆっくり目に話す彼女は、悪女の仮面を外した素顔のように見える。


 「私は冷たい聖人君子より、同僚の技師さんのほうがずっと良いと思う」


 …女性からこんなふうに評価されるのは初めてである。正直照れくさくて仕方がなくなってしまう。


 「私だって恥ずかしいんだから、そういう反応しないでよ!やりづらいでしょ!」

 「いや、うん…わかってるんだけどさ…!」


 どうも妙な空気になってしまった。今度は少しの沈黙でも心苦しくなってしまいそうである。


 それは彼女も同じだったのか、少しの間の後やや大げさに溜息をついた。


 「はあ、私も人のこと言えないよね…どうも甘いっていうか流されるっていうか…」

 「甘い…?ニアが…?」

 「…信じられないものを見るような顔はやめてもらっていい?」


 それならば今にも刃物を持ち出しそうな顔も辞めて頂けませんか?

 さっきまでの穏やかな雰囲気はどこへいってしまったのか。同僚を視線だけで亡き者にするつもりだろうか。


 「今度は化物を見るみたいな顔して…本当失礼だなあ」


 むすっと拗ねたような表情を見せる彼女。

 本当に色々な側面をもつ人だと思う。やはり他人を理解しきる、特に女性を理解するなど到底不可能なのだろう。


 「リアンはわかりやすいよ?」

 「またそれか…」

 「ふふっ…気持ちがすぐ顔に出てるし、口に出てる時もあるからね」

 「そうか…やっぱり騙しやすいんだろうな…」


 すでに悪魔に騙され、唆されて所属した技師である。言い訳はできないだろう。

 まあ、それはそれだ。

 今回はむしろ、騙されてよかったとさえ思う。




 「私はそういうリアンが好き。感謝してるし、応援してるし、貴方の側にいたいと思ってる」


 


 …それはさすがに騙されない。

 脈略がなさすぎるし、彼女は仮面の笑顔を浮かべている。一度外した悪女の仮面を見抜くのは、さほど難しくはないのかもしれない。


 「悪女の微笑みがでてますよ、看板娘様」

 「どうしちゃったのリアン!今は騙されるところだよ!」

 「俺はいつもどおりだよ…騙すにしたって唐突すぎやしないか」


 破顔して吹き出すニア。可愛らしい声を上げて笑い始めた彼女は、とても楽しそうだ。


 「いつか絶対騙してみせるからね」

 「何を宣言してるんだよ…」


 笑いを少し引きずりつつ、ニアは嬉しそうに宣言する。

 騙すことを宣言するって、もはや何がなんだか分からない。



 「…私はしつこいから、覚悟しててね」

 

 

 そう言って彼女が見せた笑顔で、周囲が少し静かになったように感じた。


 「ふふっ…脈ありだね?」


 返事に詰まった俺を見て、ニアはもう一度心底嬉しそうな表情をする。 



 今後彼女の結婚が決まった時には、同僚として多額の祝い金を要求されそうだ。この調子で上手に騙されて、結局気分よく支払わされてしまうのだろう。

 仮面をはずした彼女に見とれた負け犬は、早々に遠吠えを諦めることにした。

 馬の面倒を見る庶民は、白馬の王子様には敵わない。顔面格差に収入格差、まったく不公平な世の中である。


 

 それでも、優しい孝行娘がこんな笑顔でいられる世界なら。

 少しくらい不公平であってもいいんじゃないかと思ってしまうのだ。



 まあ要するに。

 一等地の宿レストロに吹き込んだ変化の風は、楽しそうな彼女の味方だったようだ。

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