第28話 無知の自覚

 「レストロがそんな状態だったなんて全然知りませんでした…」

 「まあ仕事を依頼する側が、普通は店の経営の話を持ち出さないだろうしね。レストロの二人の性格から言っても話はしなそうだよね」


 やや驚きの表情を浮かべるリゼさんを前に、ファリエ会長はゆっくりと頷きつつ答えた。


 「それで…私がその新しい魔法道具の開発をお手伝いするんですか…?」

 「ぜひお願いしたいと思ってる。何しろ当商工会自慢の技師たってのお願いだからね」


 自慢の技師、というところをニヤニヤしながら言うところが彼の良くない所だと思う。やや庶民じみたその表情は、ファリエ会長の親しみやすさをそのまま表しているとは言えるけど。


 ウーミィを受け取ってもらい、ハンブル商工会もしくはキュリオ工房のお得意様に。というような建前を掲げつつ、レストロに売り込む魔法道具の開発に協力してもらえないか、と相談することにしたのだ。

 さすがに内状を自分の口からすべて話すわけにもいかないので、即日ファリエ会長と話し合いをした結果、悪巧み五人組に規模を成長させようということになった。

 恒例化しつつある営業終了後の秘密会議に彼女を呼び、現在五人目として引き入れようとしている最中である。


 「確かにレストロさんのためになるなら私も協力はしたいのですが…魔法道具を作ったことはないんです。お手伝いできるかどうか…、リアンさんはどういったものをつくりたいと考えているのですか?」


 夜も遅い時間に貴族から呼び出しがあったこともあるのだろう。リゼさんは非常に不安そうにしている。内容に関して当人にほとんど話をしないまま動くのは会長の悪い癖である。


 「今回は手元で飲み物を冷やせる…レストロの場合は果実酒を冷やすことができる魔法道具です」

 「にゃむ?水差し型を改良するわけじゃないのか?」


 大型のアモーリテ製の魔法道具製作は厳しく、木製で魔法道具を製作したとしても魔素の染み込みが問題。ということから、キュリオさんは水差し型のなんらかの改良で行くのだと考えていたようだ。

 始めは俺もそうするつもりではあったのだが、リゼさんのテーブルを見て考えを大きく変えることになった。


 短い回路であればあるほど、一度に多量の魔素が勢い良く流れがちである。これによって回路に異常をきたしたり、効果の制御ができなくなる。だからこそアケイトで多すぎる魔素を減らし、魔素の勢い自体も緩やかにするのだ。

 ただこの場合、アケイトに勢い良く大量の魔素が流れ込むことになる。アケイトは魔素を急いで吸収はするが、その勢いを抑えきれず周囲のアモーリテにすら魔素が染み出す結果となってしまった。

 このことを解決するには、アケイトを大きくする、もしくは魔法回路自体を制御する回路を含む長いものにする。要は魔法道具の大型化だ。


 「リゼさんに頼みたいってことは、大きな木製の樽かなにかを製作してそれに回路を入れ込む形にしようってことか?でも、木製だし魔素が染み込んじまうって話だった気がするんだが…」


 キュリオさんが不思議そうに言う。

 それはその通りだ。木製魔法道具はどうしても魔素の染み込みとの戦いになる。回路が長くなればそこへ流れる魔素の総量は多くなるし不具合もでやすくなる。アケイトを石留めすれば、その周りには魔素があっという間に染み出す形になってしまうだろう。


 「それに、長い魔法回路をトレラさんやニアちゃんが何回も使うのは難しいかもしれませんね」

 「私も…立派な魔法道具を使うのはちょっと…」

 「一日分の飲み物を小分けに冷やすのも、一度に冷やすにしても。一人でやるにはそれなりの魔力を必要とされるだろうな」


 ルーさんやリゼさんの表情も冴えない。

 サンライニ公国は全体的に魔素は濃い。そのお陰で魔法道具が発動させやすい風土であるとは言える。しかしこれは短い回路を使う場合だ。大量の魔素を必要とする長い回路を使おうとなると話は別になる。

 いくら魔素が濃いとは言っても長い回路を使う場合は慣れが必要だし、動かすための魔力も必要になる。一般の庶民が日に何回も使うのは骨が折れるはずだ。回路が効果を表すにも時間がかかるだろうし、一度に沢山冷やそうとすれば特にだ。


 つまりこの場合の問題点は二つである。


 一つ目の問題。

 魔法道具を大きくして、大きめのアケイトをつけ、回路を守りたいが、そうするとお店で必要な量を一般の人が賄うには荷が重い。

 二つ目の問題。

 大型化するには木製でなければ予算的、契約的にも厳しい。しかし木製で短い回路だと魔素が染み込み易く、回路が通常に動かなくなる。


 この二つの問題を解決するするために、今回求められているのは。

 今よりやや長い回路と大きめのアケイトを組み込み、木製だが魔素が染み込みにくく、一般の人でも簡単に使える。

 そんな仕組みを持った、液体を冷やすことができる魔法道具である。



 「今回は、木製テーブルと木製カップで対になる魔法道具を作ってみたいんです」


 それが今回考えた設計である。


 「対っていうと…、テーブルとカップで一つの魔法道具ってことか?」


 キュリオさんが首を傾げる。

 疑問に思うのも当然で、普通魔法道具は複数を組み合わせて使うことは少ないからだ。ただ、今回の目的を達成するためにはこのやり方が現状一番いいのでは、と考えた。


 「まず飲み物を冷やすのはトレラさんではなく、お店に来たお客さんにやってもらおうと思います」

 「お客さんに…?」


 リゼさんが不思議そうな顔をする。ルーさんも訝しげな表情を浮かべている。構造のことを既に相談済みのファリエ会長はうんうん、とやや大げさに頷いていた。

 俺は説明を続けることにした。


 長めの回路に、大きめのアケイト。この二つが揃えば、木製回路の寿命は伸びる。だからこそ、テーブルにこれらを仕込むことにしたのだ。

 テーブルはどうしたってある程度の大きさが必要だ。だからこそ長めの回路を彫り込むことができる。


 そしてリゼさんの脚が短めのテーブルが参考になった。中央に重みがあるほうが安定する…という話である。その考えから、魔素を吸うと重くなるアケイトを脚の下に埋め込むことでも同じ役割を果たせないかと思っている。水差しは手で持つので大きめのアケイトを入れると、魔素で重くなり持てなくなってしまう。テーブルなら営業中に動かさないし、重くなっていっても影響は少ないだろう。


 「なるほど…テーブルそのものの重心の代わりにするんですね」

 「はい。水差し型にするよりも大きめのアケイトが埋め込めますし、木材の中にアモーリテを組み込むように、木工技術の応用をお願いしたいと考えています」


 リゼさんは木材の中に、別の木材を入れ込み製品を仕上げる技術を持っている。その応用でアケイトからの魔素の染み込みを防ぐアモーリテを薄く仕込むのだ。


 「回路自体も長めに調整できますから、従来よりも魔素の勢いは減ります。ここに大きめのアケイトを併用することで、魔素の染み込みを最低限に抑えられると思います」


 なるほどな…とキュリオさんが頷く。


 「えっと…確かに長い回路を実現できるかもしれないんですが、どうやって飲み物を冷やすんでしょう…?テーブルが冷たくなるんですか?」

 「おお!そうだ、そこんとこはどうするつもりだったんだ?」


 リゼさんの意見に、頷いていたキュリオさんもぱっと顔を上げて聞いてくる。すでにその目は好奇心で一杯だ。


 「そこで、対になる木製カップを作ります。この木製カップにも回路を仕込んでおくんです」


 予めテーブルに仕込んである回路と、カップに仕込んである回路がつながるように設計しておくのだ。想像通りならテーブルの幾つかの場所に、カップを置くための場所を用意するつもりでいる。

 お客さんは飲み物の入った木製カップをそこに置く。するとカップに仕込まれている回路と、テーブルに仕込まれている回路がつながり、一つの長い回路になるのだ。


 「その状態で、お客さんにカップの回路を使うように魔素を流してもらうんです。そうするとテーブルに仕込まれた回路にも魔素が流れ込み、結果水差しよりもずっと長い回路を使うことができます」

 「回路が合体するのか!?いいな!それ!」


 たしったしっとお馴染みの音がする。キュリオさんの尻尾が床を叩く音だ。今回の設計はとても好みらしい、座っていたはずの椅子から立ち上がり、前のめりになっている。

 回路設計にはあまり自信がないが、ウーミィのときと同じく前向きに話を聞いてくれるのはとても嬉しい。


 「それで、お客さんに冷やしてもらうって話になったんですね…!」


 ルーさんもいい意味で驚いてくれたようだ。しきりに頷いている。

 彼女の言う通り、この方式だとカップを実際に使うお客さんが回路を使う。つまり飲み物を冷やすのはお客さん自身なのだ。

 こうすることによって、トレラさんが一度に大量の果実酒を冷やす必要がなくなる。

 お客さんも長めの回路を使いはするが、カップ一杯分の果実酒を冷やすということが分かっているのだ。大きな樽を想定するよりずっと負担の少ない回路を用意することができる。普通の人でも使えるくらいには仕上げられる。それに回路の痛みも進みにくくなるだろう。


 「それでも使用による劣化は避けられないし、アケイトに蓄積した魔素を定期的に追い出す必要もあるんですけどね…」


 残念ながらこの点は今のところどうにも改善方法が見つからないところだ。もちろん染み込みにくくなるような工夫は施すつもりではあるが、毎日色々な人が魔素を流すことになる。

 特にカップ側は持つ人の魔力が直にかかる部分でもあるので、人によってはすごく大きな魔力がかかってしまう場合もあるだろう。水差し型よりははるかに長持ちするだろうが、カップ側の回路の劣化は避けられない。

 ということをファリエ会長には事前の相談したのだが…。


 「それはそれで都合がいいんだ!」


 当人がこの笑顔である。ルーさんはどうやら彼の気持ちを察したらしく、ふるふると頭をふり溜息をついた。


 「ど、どうしてそれがいいんでしょう…?長持ちしたほうがいいような気もしますが…」


 リゼさんの質問に、ふふふ、と不敵な笑いを浮かべつつファリエ会長は自信たっぷりの様子で答える。


 「もちろん長持ちするように改良を進める必要はあるけれど、レストロをうちの商工会で囲う大義名分になるのさ。導入以降も支援が必要になる商品を買ってもらうことで、ハンブル商工会の技師が継続的に関わっていく必要がでてくる。

 結果レストロとハンブル商工会との付き合いはこの魔法道具が稼働している限り、続けていくことになるだろう。それも実験ということで、常に改良していく約束付きだ。

 そうなると他の技師による技術解析が進んだとしても、商工会を乗り換える理由が弱くなる。つまり他の商工会からの勧誘を大手を振って断りやすくなるんだ。魔法道具の改良に協力する契約があるから…みたいなことは十分建前になるからね。しかもその契約の恩恵が、店に行けばそのまま目にできるわけだ」


 一介の技師にはこういった部分の話まで気が回らない。このあたりは経営をしている貴族ならではと言える発想だ。

 要はハンブルにも、レストロにも利がある具体的で形に見える契約があると、他の商工会を納得させやすいということだろう。もちろん公国に大しても言い訳が立つ。

 売上がついてきてくれさえすれば、このことによってレストロの所有権を守っていくことができるのだ。


 「ファリエさんとしては、継続的な商売になるのが嬉しいんじゃないですか?」


 しかし溜息混じりのルーさんの言葉は、得意気な会長の勢いを止めるには十分だったようだ。


 「い、いやあ、そんなことはないよ?ああ、早く改良が進んで長持ちする魔法道具になったらイイナー」


 タノムヨリアンクン、とほとんど棒読みになった銀髪の悪魔はぎこちない笑顔を浮かべた。これにはリゼさんも苦笑いである。キュリオさんは、にゃはは!と楽しそうであったが。

 ファリエ会長のことだ。そのあたりの利益に関しても当然折込済みだろう。


 「ここまでが俺の考えです。設計にしろ、構造にしろ変わったところが多いものになると思います」


 特にカップとテーブルの回路をつなぐ場所や、テーブルの脚に埋め込むアケイトの周りの加工にしてもそうだ。知り合って間もない木工職人の方にいきなりお願いするには、突飛な内容なのは自覚がある。

 ただどうしたって、自分一人で木工までは手掛けることは難しい。

 そもそも木材の中に別の木材を仕込む技術がなければ、今回の構造を思いつくこともなかったのだ。リゼさんの協力無しでは、今回の道具を作ることは難しいだろう。むしろリゼさんの技術ありき、と言ってもいいかもしれない。


 それでも一度思いついたこの案を、何も言わずに引っ込めてしまうことはできなかった。


 霧の中で立ちすくんだままのあの頃と、確かに自分は違うのだと主張したいだけだったのかもしれない。

 ウーミィに関わり、エクペルを作ったことで調子に乗っている部分があるのかもしれない。

 望まれもしていない何かを作り、押し付けていくことに対して抵抗をやめただけじゃないか、と言われるかもしれない。



 けれど俺は確かに教わったのだ。



 欲しい現実を引き寄せるためにじたばたする時、自分に力が足りないのなら頼ってみること。自分の考えを一人で抱えたままへそをまげるくらいなら、無様でも行動を起こすこと。


 「可能性があるかもしれないなら」一緒にやってみるくらいしたっていい。


 悪女の仮面を少しだけずらして、彼女は確かにそう言ったのだ。


 ならば自分が可能性を感じているなら、まずは声をあげてみるくらいしたっていいのではないだろうか。思っていることを伝えてみたっていいのではないか。

 むしろそれをしないことは、俺が彼女から何も学んでいないことになると思うのだ。


 中身が大して入っていない頭を下げるだけ。

 アケイトより重みが足りないかもしれないけれど、気持ちをしまいこまずにまっすぐに伝えてみるのだ。

 それは多分技師として職人に相対する際の、一つの礼儀でもあるのではないだろうか。



 「その、どうして私なんでしょうか…。木工職人は他にもいますし、もっと技術の高い人もいます。確かにレストロさんとはお付き合いはありますが、新規で売り込むってお話なんですからそこは考慮しなくてもいいんじゃないでしょうか」


 魔法道具の説明を聞いたリゼさんは弱々しい声で言う。それを見て、俺は礼儀を果たすことにした。

 


 「リゼさんが、誰かのことを想ってものを作ることが出来る人だと思ったからです。テーブルの脚のこだわりを聞いて、そのことをすごく感じました。

 今回作る魔法道具は、レストロのこと、レストロに来るお客さんのこと。両方考えなければいけません。

 俺は視野がとても狭いし、木工だって全然できない。

 だからレストロのことをよく知っていて、お客さんのことも考えられる。そして木工を手がけられる職人に力を貸していただきたいんです。リゼさん、ご協力をお願いできませんか」



 自分の考えていることを言って、頭を下げるだけ。今俺にできることはこんなことしかない。


 でも、魔法道具を作るためにこんなことをしたのは初めてだった。それは多分俺が、魔法道具ばかり見てきてしまっていたからだろう。回路には詳しくなったが、それを使う「誰か」について無知すぎたのだ。知ろうとしてこなかったのだ。

 

 作ったものを誰かに見せる時、作ったものを誰かに贈ろうと思った時。そこに「誰か」の存在がはっきりしてくる瞬間、嘲笑でも苦笑でも、なんらかの返答があることについて意識が及んだ時。末端技師はもう一度恐怖を知ったのだ。

 そこにはいつも残酷で、逃げられない評価がついて回る。受け取る側の何気ない一言が、胸に刺さり貫通するほどの鋭さをもつ。

 逆に言うとその瞬間、俺のような技師は心に築いた壁に大きな隙間ができるのだ。そしてその隙間越しに、「誰か」と視線が交差する。

 心の霧は、その「誰か」の鋭い視線から隠れるには都合がよかった。伝わらないだけなんだと。自分の考えが受け入れられない状況がおかしいのだと。その言い分に過度に寄りかかっていたとしても、その滑稽な姿を直視されずに済むのだ。


 それでも路地裏の宿の主人や、変態技師と子猫の技師。悪魔のような商工会長に、兎の聖女。そして悪女の仮面をかぶる彼女が。

 そこへ強引に踏み込み、俺に繰り返し教えてくれたのだ。


 壁を取り壊して、そこから抜け出すことで。ようやく「誰か」の表情を見ることができるのだと。



 「…私でお力になれますか…?」



 そして…痛みと恐怖だけでなく、暖かい陽だまりがあるのだということも。

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