第27話 静かな個
その木製テーブルの脚は特徴的であった。
「い、いえ特に意識してはいないんですけど…」
リゼさんは少し言い淀みつつ、視線をあちらこちらにやっている。あまり踏み込むのも失礼かもしれないが、どうにも他人事とは思えない部分があるのだ。
ノースモアでもサンライニでも木工品は広く普及している。というか、大抵の家具は木製が普通だ。木材は手に入りやすいし、加工もやりやすいからだ。
こう考えるとまさに庶民の味方といえるが、実際には裕福な家庭でも木製の家具は決して珍しいものではない。理由は簡単で、使用される木材や加工の出来によってその価格は大きく異なるからである。要するに木製品でも高級なものはいくらでもあるのだ。
このような背景から木製の家具は種類も豊富に流通している。似たような意匠のものだって決して少なくない。価格が抑えられているものに至っては細部に渡っての彫り物などもないので、ほとんど見分けが付かないこともある。
改めてリゼさんの工房の中を見渡すと分かるが、特徴的な脚をしているテーブルと、そうでないものが混ざって置かれているようだ。レストロで使われているものと、リゼさんと今囲んでいるテーブルは同じ形の脚をしている。
それらのテーブルの形式はどちらも円卓だ。修理中のものは四人で囲むほどの、今目の前にあるものは二人で囲むくらいの大きさのものだ。
高さは椅子に合わせたもので、立食には向かないだろう。そしてどちらも丸い天板の外周にあたる部分は丁寧に面取りされ、ヤスリで仕上げられている。
普通丸いテーブルは安定性のために、脚は天板から下へまっすぐ一本。そしてその先床に付く部分は三本、もしくは五本に展開し天板の外周と同じくらいまで開かれることが多い。
ところが二つのテーブルの脚はとても短い。高さは通常だが、床に大きく広がるはずの部分が短く、天板の半分ほどの長さなのだ。これだと通常ならテーブル自体がぐらついてしまいそうなのだが、不思議なことに手を載せてもぐらつくような感じはしない。
またそれらに関しても丁寧に角が取られており、天板と同じくらいヤスリがけもされているのだ。一般的に安価なテーブルではそこまではしない。手間もかかるし、正直あまり目を向けない部分なのだ。必要以上にこだわる必要はないはず。
だからこそ最初見た時は不思議に感じたのだ。トレラさんはこういった部分に対してこだわりをもつ人なのかな、くらいに思っていたのだが、リゼさんの反応を見る限りおそらく別の考えがあるのではないだろうか。
「その…子猫族のお子さんが怪我をされたことがあったんです」
テーブルの天板を触りつつ、改めてテーブルの脚を眺めていると所在なさそうにリゼさんは話し始めた。
「レストロのお店の中で…ですか?」
「はい。子猫族のお子さんは小さい頃は本当にやんちゃな所があって。レストロに家族でいらっしゃった時、お店の中を走り回るような子が一緒だったそうなんです」
子猫族の方は好奇心旺盛だし、元気一杯であることはティーラ区の通りを歩いていれば分かる。特に子どもたちは気に入った大人に擦り寄っていっておやつをねだったり、人の足にまとわりついてみたり、他人の家の軒先でうたた寝をしたりする。とてもやんちゃで自由なところがあるのは周知の事実といえるだろう。
「営業中にその子がテーブルの足に躓いてしまって、床にぶつかっておでこに怪我をしてしまったんです。もちろんお店が責められるようなことはなかったようです。親御さんも本人も頭を下げていかれたそうなんですが、トレラさんがそのことを気にしているところがあって」
確かにトレラさんなら気にするかもしれない。ニアを見ていれば分かるが、あの親子はとても良く気がつくし、世話好きなところもあると思う。怪我をしたのが子供だったということもあり、何か出来ないかと零していたそうだ。
「それでテーブルの脚を変えようと…?」
「ええ。子猫族のお子さんからすればテーブルは高めですし、脚に引っかかってしまいやすいとその時気づいたんです。だから、床に広がる脚自体を短めにできないかと」
確かにそうだ。今囲んでいるテーブルも子供の身長からすれば、簡単に下を移動できる。やんちゃな子猫族の子供なら、するすると下を通って遊び始めてしまうこともあるだろう。そう考えるとテーブルの脚は十分障害物になりえる。
「椅子を中に押し込んでいれば子供達も勢いよくは入らないでしょうが、レストロはトレラさんが一人で切り盛りしている時間も多いですから。椅子まで手が回らないこともしばしばあるそうです」
「なるほど…」
早朝はニアが手伝っていることもあるが、基本的にはトレラさんが一人で営業をしている。昔は従業員を雇っていたこともあったらしいが、現在のお客の入りでは中々に難しいらしい。
団体のお客さんが来たり、急に混むこともあるだろう。手が回らない状況も想像はできる。
「それでヤスリがけはどうして?」
「それはその…私の好み、と言いますか…」
「好み…ですか?」
リゼさんはややうつむき加減になり、恥ずかしそうに続ける。
「一応自分が作る商品ですから、父がやっていなかったことをやれないか、と思ったんです。父はあまりそういったことには頓着しませんでしたし…。とりあえずお子さんが脚に当たってしまっても、なるべく痛くないようにしたいなと」
ただそのせいで作業が遅くなってしまうんですけどね、と自嘲気味に彼女は笑った。
もう一度テーブルの脚をよく見てみる。
装飾こそないものの、天板を支える脚も、床に広がる脚も非常に丁寧に仕上げられているのが見て取れる。角材の面を取るのは珍しくはない。ただその場合でも脚の場合は直角の角をなくす程度だ。
リゼさんが手を入れたテーブルの場合はそうではなく、緩やかな曲面になるように製作されている。これでは確かに時間がかかるだろう。
使われている木材は決して高級なものではない。おそらくさほど高額には設定していないのではないか。
しかし脚が短くなれば通常テーブルは不安定になりがちだ。疑問に思い聞いてみる。
「ちょっと込み入った話になるんですけど…」
と前置きをしてリゼさんはそのからくりを教えてくれた。
「できるだけ中央が重くなるようにしているんです。天板も外側は少し薄くして、中央部分は中に重めの木材を挟み込んであります。脚自体にも重みをもたせると安定することが分かったので、二重構造にして内側には重い木材を入れてあるんです。
ただこのやり方だと手間もかかりますし、重心の関係でどうしても四人向けくらいまで大きさにするのが手一杯で。大きなお店用には作れませんね」
正直この発想には驚いた。
一般的な木工職人は単体の木材から木工品を作ることが多い。強度が必要なら力に強い木材を、手軽さがひつようなら軽い木材を使う。値段が張る商品になると、組み合わせて作られているものもあるが、内側に入れ込むような加工をしている職人は聞いたことがなかった。
どうしてわざわざ中に入れ込むようなやり方をしたのだろう。不思議に思っているとリゼさんは言いにくそうに付け足してくれた。
「重い種類の木材ってその…見た目があまり綺麗じゃなくって…。ヤスリで削りにくいし、基本的には表に使ってる木材で統一したかったんです。トレラさんも父が作っていた頃から、見た目の色合いを気に入ってくださっていたので、そこは変えたくないなあって…」
この言葉を聞いて、ようやく俺は感じていた違和感を突き止めることができた。
それはファリエ会長から紹介状が出た時点で気づけたことだったのだ。
リゼさんは自身に技術がない、と話をしていた。確かに自分の技術を過剰に評価する職人は少ないし、彼女自身がルーヴに詳しくないというのも嘘はないだろう。
しかしあの会長が普通の職人さんに対して紹介状を作るわけがないのだ。レストロの件にしたって思うところはあるにせよ、可能な限り身内としての対応ではなく、体裁としても利益を優先した形をとっている人だ。俺を所属技師にする時だってその理論の根底には、利益のことが計算に入っていた。
当然リゼさんのことも利益的に高く評価しているからこそ、紹介してくれたと考えるのが普通だ。リゼさんの名前を挙げたのはルーさんではあったが、ファリエ会長はおそらく彼女の素質にはもともと目を付けていたのだろう。
穏やかな雰囲気が印象的な彼女も。しっかりと「個」を持っているのだ。
大きな声で主張はしないが、技術にどこか彼女自身の人格が映し出されている職人なのだ。
短い間でもしっかりと感じ取ることができた、彼女がもつ優しげな空気。それは多分相手を思いやることができる人格が根底にあるからではないだろうか。
事実彼女がテーブルに手を加えたきっかけは、相手の希望や気持ちを思いやるところから始まっているように思う。どこかの末端技師とは違い自身と相手を切り離しつつも、自らの木工品が渡る相手をはるかにしっかりと見据えているのではないか。
貴族を相手どった工房でももちろん相手の要求を実現する必要がある。ただ、その場合の要求は抽象的であったり、具体的であったとしても特定の部分に対してだ。つまりはもっと華美に、ここは何色で…というような要求に終始する。
リゼさんが違うのは、そこに彼女なりの想像が入っていることだ。直接は要求されていないことも、可能な限り汲み取って実現できないかと、そんな風に考えていることがわかる。
だからこそ脚は短めになり、面取りは滑らかに。見た目を変えないために他の木材を内側に仕込むのだ。彼女の木工品は、贈られる人への気持ちがそんな形で表現されているのだ。
「言われたことしかできないやつは必要ない」
アローグ工房をクビになった時フラドに言われた言葉だ。
本当にその通りだ。へそを曲げたあげく、技師として向上の工夫を放棄していたのだから。
それはこれ以上自身を否定されることを恐れて、魔法道具から一歩距離を置こうとしていたからだろう。
つまりは、自分の作る魔法道具に自身を投影していたからだ。
けれどそれはリゼさんのものとは大きく異なる。誰かの願いや暮らしを見つめた工夫から生まれる投影ではない。自己中心的な自分の気持ちを押し込めた、独りよがりで、ある種決めつけのような意見を形にしていたのだ。
それでは多分、受け入れられない。それは叫びであり遠吠えなのだから。
自身の身近にそんなやかましい道具を置こうと思うだろうか。答えは否である。静かで穏やかな時間を道具が支えるのではなく、邪魔をしてどうするのか。
そのことに俺は全く気づいていなかったのだ。他者の暮らしに寄り添うものを作りたいと思いながら、他者の暮らしに土足で上がり込み、ただただ叫んでいたのだ。
そう考えるとフラドの言葉はもしかしたら間違っていたのかもしれない。言われたことしかできない、どころか、言われたことすらへそを曲げてやっていない、が正解だったのではないだろうか。
違和感の正体は分かった。
ルーヴについて専門的かどうかくらい、ファリエ会長には分かっていたはずなのだ。おそらくリゼさんに頼んでもそれは叶わないであろうことも。それなのに彼はここを紹介してくれた。つまり機会を与えられたことが疑問だったのだ。
ファリエ会長は砕けた人物ではあるが、その実非常に頭の回転が早い。何の意図もなく、一見無駄に思えるようなことはしないだろう。
だからこそ、分かるのだ。今の俺はリゼさんに学ぶべきところがある。彼は今回もそっと背中を押してくれたのだ。
それならば、次にやるべきことはわかっている。それは我が商工会の受付嬢が教えてくれたことだ。
視野が狭く、技術も無い。そんな末端技師でもやれることはあるのだ。恥も挟持も大して持ち合わせていないのだ。教えてもらったならそれを実践するまでである。
「あの、リアンさん?…私何か変なこと言ってしまいましたか…?」
ふと気づくと目の前に心配そうな表情のリゼさんがいた。どうやら俺は考え込んでしまい、ずっと沈黙したままだったらしい。
「いえ!全然そんなことないです!ちょっと考え事をしてしまって…」
リゼさんの表情が非常に良心に刺さるものであったので、慌てて詫びる。
「そうでしたか…。すみません、お忙しいのに長くお話をしてしまいました…」
「いえ、聞かせていただいたのは俺のほうですし!」
「ルーヴに関してもお力になれず申し訳ありません…」
やや縮こまってしまった彼女はウーミィをこちらに返そうとする。
「こちらもお返ししますね、お話しただけでいただくわけにはいきませんし」
このままではウーミィの営業としても失敗してしまう。ルーヴも進展せず、常連客もつかめなかったとなれば、我が商工会長はお怒りになるだろう。
…と、勝手をする自分に対してとりあえずの言い訳をしつつ、俺は話を切り出すことにした。
まああの会長ならニヤニヤと笑うだけで済ましてしまいそうだが…。
「その、そちらのウーミィは今から相談することの相談料ということで受け取っていただけませんか?」
「相談料…ですか?」
ウーミィを手に持ったまま不思議そうな顔をするリゼさんに、俺は一つお願いをすることにした。
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