第26話 悪巧み四人組

 「水差し型は厳しかったかあ…」


 ファリエ会長がぼやく。

 悪巧み四人組の悪女を誑かす作戦会議は、ハンブル商工会本部の夜に行われている。

 休日出勤手当はだすからね、の一言で、俺の休暇はあっという間に終わりを告げ、場所は受付嬢が帰った後のハンブル商工会の一階である。


 今回の計画を初期段階からニアに話してしまうと、契約前段階からの不当な情報漏えいとされる可能性がある、というルーさんの進言もあり、まずは彼女抜きで骨子をまとめた後、改めて商談という形でレストロに提案することにしている。

 このあたりは中々繊細な舵取りが必要らしい。難しい話である。 


 「すいません…考えが足りなかったです…」

 「にゃむ…冷たい飲み物ってのは悪くないんだがなあ…」


 悪巧み三人組が四人組になったのは、キュリオさんがあっという間に仲間になったからである。

 魔法道具が完成した際には、キュリオ工房とハンブル商工会共同製作の商品として売り込む予定なので当然ではあった。

 そして四人組が最初に確かめようとしたのは試作品の出来栄えである。


 「数回で消耗しちまうとはなあ…。ミィミも魔力は普通だと思うんだが…」


 何はともあれ使ってみなければ分からないし、耐久性も知りたい、ということで家庭のあるキュリオさんに、正確には奥さんのミィミさんに使用してもらったのだが。

 アモーリテ製でできていたはずの水差しだったが、あっという間に回路に不具合が生じて使えなくなってしまったのだ。


 「ああも早く魔素が染み込んでだめになっちゃうとはねえ…リアンの想像以上にこっちは魔素が濃かったってことかな?」

 「にゃむ…アケイトにこんな使い方があったとは知らなかったが、この大きさじゃあ難しいみたいだな」


 そう、サンライニの魔素の濃さは俺が思った以上だった。

 そのため水差しにつけられた小さめのアケイトはあっという間に容量不足になり、アケイトそのものから無理やり追い出された魔素はアモーリテに染み込む結果になってしまった。

 学園での実験の際はもう少し大きなアケイトを使用していたし、日常使いを想定した実験に入るほど研究を詰めてもいなかったのだ。この事態は想定できていなかった。

 解決のためには、アケイトを大きくすることがもっとも有効ではある。

 しかし大きなアケイトを付け、魔素を吸収させるとあっという間に重くなる。中に水を入れて持って使う道具が、それ自体重くなってしまえばかなり扱いにくい代物になるだろう。あまり現実的ではない。


 「大きめを複数用意すれば…」

 「なるほどな…ある程度冷やすだけ冷やして、そこから注ぐって形か」


 要は樽型みたいなものを用意すればいいんじゃないか、という話だ。大型にはなるが、思い切ってまとまった量を冷やす道具として設計する。

 小分けに冷やす必要をなくして使用回数を減らし、はじめから持ち運ぶことを要求しなければいいのだ。


 「本来ならそのほうがいいと思うんだけどね…サンライニじゃあ大きな成形機はほとんど無いんだよ」


 聞く所によると、サンライニではヴィクト王国ほど成形機の技術が発展していないらしい。考えてみれば半自動式も見かけなかった。各工房にも成形機をもっているところは少なく、大型の物となると尚更だそうだ。


 「リアンさんの国ほど、魔石関連が手に入らないんですよ。交易でもまとまった量は入ってこなくって。大型の成形機って大量に魔石が必要じゃないですか、だからサンライニではなかなか…」


 ルーさんの言葉ももっともだ。成形機は魔法道具ではあるが、総アモーリテ製ではない。特にアモーリテを溶かす炉の部分には、特殊な魔石を使うのだ。大型なら当然大量に必要となる。

 サンライニはもともと魔石が入手しにくい土地柄。成形機を作るだけでも苦労しているらしい。手動式も他国からの中古を譲ってもらったり、国内でなんとか生産している状況。

 大型の成形機を使う作業など、相当な金額が動いたり、公国からの依頼であったり等特別な場合が優先される。残念ながら末端技師はもちろん、キュリオ工房の申請でさえまず通らないということであった。


 「成形機を使わせてもらうだけで結構な額が動くことになるし、現実的とはいえないな」

 「契約時の金額にそのまま上乗せされるでしょうし、それこそ特別扱いになっちゃいますね…」


 アモーリテ製で更に大型となれば、十分高価な魔法道具になってしまうことも失念していた。レストロに導入できる金額に抑えなくてはそもそもが難しいのだ。

 可能性があるとしたら木製で製作することである。とはいえアモーリテより魔素が染み込みやすくなり、回路への影響は更に大きくなるだろう。

 悪巧み四人組の作戦は早速壁にぶつかっていた。そして問題はもう一つ。


 「ところでリアン、ルーヴのほうは大丈夫か?」


 キュリオさんがやや心配そうに俺の方を見る。

 そう、現在末端技師のルーヴは大変に機嫌が悪いようなのだ。修理の仕事はなんとか回している。しかし今後試作を続けるには正直かなり都合が悪い。

 魔素の濃い環境での長期使用が祟ったのか、ルーヴへの魔素の通りが著しく悪い。専門ではないので断言はできないが、おそらく木製の取っ手部分になんらかの異常がでているのだろう。スタンレイもここの部分には無理があるという話をしていたこともある。


 「やっぱり他のルーヴじゃ代わりにはならないんですか?リアンさん、何本か持っているみたいですが…」


 ルーさんは少し不思議そうな顔をしつつ聞く。


 「にゃむ…。ルーの嬢ちゃんは分からんのも当然なんだが、一応それぞれのルーヴは役割が違うんだ。魔法技師は大抵複数本もっちゃいるが、それぞれを使い分けながら作業をする。同じように見えても、一本一本は正確には別の道具…って感じだな」


 キュリオさんが腕組みをしながら説明をしてくれる。

 魔法技師が持つルーヴは一本ではない。そしてそれらは全て予備ではなく、それぞれ作業中の別々の局面で必要になる。回路の当たりを付けるためのルーヴ、当たりを彫り込むためのルーヴ、曲線に適したルーブなど、使い分けをしながら作業を進めるのだ。

 そんな事情があるからこそ、魔法技師は複数本のルーヴを所有している。

 裕福な技師ならそれぞれ予備を持っているのが普通だが、残念ながら貧乏末端技師にはそれは難しい相談であった。


 「一時金で買っておきなさい…っていうのも酷な話だしね。リアンのルーヴは特別製みたいだし」


 ファリエ会長は苦笑いしながら続ける。


 「木製部分が調子が良くない原因なんだっけ?」

 「多分…そうだと思います。確証はないんですが、担当してくれている技師も魔素の濃い環境では影響が出やすいだろう…って話していました」


 スタンレイの見立ては信用できるだろう。使っている手応えとしても、ほたる石や本体部分の異常とは考えにくい。


 「じゃあ、ひとまず木工職人さんに見ていただくのはどうでしょう?技師工房は予約で一杯でしょうし、この間転移したばかりですからノースモアに戻るにも追加で手続きが必要ですし」

 「そうだね、技師工房の予約については私のほうでも手を回すよ。取り急ぎ木製の部分だけでも見てもらおうか」


 ルーさんの提案に、ファリエ会長も頷く。

 サンライニでは技師工房は不足気味であるらしく、ルーヴの状況を見てもらうにもなかなか苦労するらしい。


 「木工職人っていうと…リゼさんにお声かけしてみましょうか。レストロのつながりもありますし、今後の都合もいいかもしれません」

 「リゼって緑浴人のリゼか?」


 ルーさんの口から聞きなれない名前がでてきたが、キュリオさんはどうやら知っていたようだ。


 「あれ?キュリオもリゼくんと知り合いだったっけ?」

 「俺は親父さんと少しな。そうか、レストロの内装は…」

 「リゼさんが担当してらっしゃいますね。定期の手入れはリアンさんがノースモアに行っている時でしたから、挨拶も兼ねていい機会じゃないかと」


 どうやらリゼという木工職人さんはレストロの内装を担当しているらしい。レストロのテーブルなどの造りについてはほとんど意識をしたことがなかったし、定期的に手入れをしてくれている職人がいるとは思わなかった。そのあたりはトレラさんのこだわりなのだろうか。


 「レストロ関係ってことで縁も感じるし、私から彼女へ紹介状を書いておくよ。早速明日にでも見せに行ってきたらいいんじゃない?」


 ファリエ会長は言うが早いかあっという間に紹介状を用意すると、ウーミィを一瓶合わせて俺に渡してくれた。


 「リゼくんは美人だし独身だ。リアン、ハンブル商工会は幸せな恋愛も応援しているからね!」


 とてもいい笑顔で言う彼に呆れながら言葉を返す。

 これを機会にお得意様を増やしてこいということだろう。


 「営業ってことですね…」

 「若い技師が美人職人の気を引きたくて、流行りの商品を手土産にするだけさ!女性への贈り物としてもぴったりだしね」


 悪巧み四人組の長は抜け目がないというか、さすがというか。


 「頑張ってくださいね、リアンさん」


 くすくすと笑う聖女も、うんうんと頷くグラス技師も全くもって頼りがいのある同僚といえるだろう。




 木工職人リゼさんの工房は、どこか暖かさを感じる薄橙色の建物であった。四角形の形状は特に変わらずだが、窓枠や扉に使われる木材はよく見ると細かな装飾が施されている。声高に主張するわけではないが、細部への気配りが感じられるその意匠は職人としての感性の高さを感じた。


 「初めまして、リゼと言います」


 俺が玄関口で挨拶をしてファリエ会長からの紹介状を見せると、彼女は工房の中へ通してくれた。入り口近くにあるテーブルに案内され、腰を下ろす。


 優しそうな笑顔を浮かべる彼女は緑浴人の木工職人である。

 服装は淡い青色のようなやや光沢のある上下対になった半袖の服を着ている。ノースモアで流行しているワンピースに構造は似ているが、それよりはゆったりした輪郭の服装だ。

 褐色の健康的な肌に、緑がかった腰ほどまでの髪。どこか細長い葉っぱのようにも見える不思議な髪だ。身長は俺と同じくらい。女性としては高いほうではないだろうか。


 「この髪、気になりますか?」

 「あっ!いえ、すみません…」


 その特徴的な髪に思わず目を奪われていたことを指摘され、非常に気まずい。初対面の女性を凝視するというのはなかなかに失礼なことをしてしまった。リゼさんがさほど気分を害した様子ではないのが救いである。というよりその声色からは、少し面白がられている気もする。


 「それにしてもこのウーミィは素敵ですね。人気があって中々手に入らないってお話だったので諦めていたのですが、こうして頂けるなんて思ってもみませんでした。ありがとうございます」


 リゼさんはそう言って穏やかな笑顔を浮かべる。

 落ち着いた声色と合わせて、なんだかとてもゆったりとした時間を感じさせる女性だ。忙しさと競争の影響で棘棘しい雰囲気を持った職人も多い中、こういう雰囲気を持った方はやや珍しいかもしれない。

 ファリエ会長の思惑通りお得意様になってくれるかは分からないが、そんな彼女にもウーミィは気に入ってもらえたようだ。


 ただ彼女のそんな表情はすぐに曇ってしまう。


 「ただ申し訳ありませんが、こちらを受け取ることはできないんです…」

 「えっ…」


 何か気に入らない点でもあったのだろうか。

 直前の表情を見る限り喜んでもらえているようだったので、つい声を上げてしまった。


 「ルーヴを見てほしい…ということでお越しいただいたんですが…そういったことができたのは先代なんです」

 「先代…?」

 「はい、木工職人だった私の父がそういったこともしていました。アモーリテに関しての知識も持っていましたし、魔法技師としての技術もある程度持っていましたから…」


 聞く所によるとこの工房はリゼさんの先代、つまりリゼさんのお父さんが開いたものだそうだ。ただリゼさんのお父さんは数年前に亡くなってしまい、現在は彼女が切り盛りをしているらしい。


 「正直私では木工品を作るのが精一杯で、それすらも満足にできていない状態で…。技術もないので、魔法技師さんのルーヴに手をだすなんてとても…」


 リゼさんはそう言いながら、非常に申し訳なさそうに俺に頭を下げた。

 頭を下げることなら慣れているが、下げられることには慣れていない。俺は思わず立ち上がり、声を上げてしまう。


 「いやいや!頭を上げて下さい!」

 「でも、私ではお役にたてませんし…」


 頭を中々あげようとしない彼女に対して、とにかくもう少し事情を説明してみることにした。



 「確かに変わったルーヴですね…」


 リゼさんは俺が手渡したルーヴをしげしげと眺め言葉を零した。


 「あまり一般的に見られる形のものではないような気がします。リアンさんの国ではこういうものが主流なんですか?」

 「いや…俺の国でも珍しいというか…。当時お金がなくて、知り合いに無理を言って格安で譲ってもらったものなんです。ほたる石の部分なんかは実際には後付で…」

 「ええっ!これ後付なんですか…?ほたる石がついていないルーヴなんてあるんですね…」


 彼女が驚くのも無理はない。今手に入るルーヴは大抵ほたる石がついているし、そもそもルーヴを改造すること自体あまり一般的でないのだ。

 学園入学には必須と言えるルーヴを買うことができず、エドガー工房の前をいったりきたりしていた俺にスタンレイの親父さんが譲ってくれたのが始まりなのだ。その時にはほたる石を付ける部分すらない、骨董品とも言える一品だった。

 それをスタンレイの親父さんが俺の誕生日の贈り物として改造をしてくれて、ようやく今の形になった。親父さんも技師ではあるがルーヴの専門家というほどではなかった。そんな中試行錯誤しつつ用意してくれたこのルーヴ。ほたる石周りの回路はかなり我流が入っているらしい。


 「それで…ここの木製の取っ手部分が問題になりそうだって同期の技師に聞いていて。木工職人さんに見てもらったほうがいいだろうって」

 「そうでしたか…、それで私に…」


 リゼさんは思った以上に熱心にルーヴを眺めている。木工部品を必要とする珍しい形のルーヴ。職人として興味を惹かれているのかもしれない。

 しかし、それでも彼女の表情は優れなかった。


 「私は父の後を継いではいますが、木工品に細かく回路を彫り込むほどの技術は正直言って持っているとは言えません…。魔法技師さんの商売道具にそう簡単に手を加えるわけにもいきませんし…木工品にしてもまだまだ水準が低くて、最近もお得意様を一件失ってしまったばかりなんです…」


 しゅんとしてしまった彼女は、その特徴的な見た目も相まってまるで元気がなくなってしまった花のようだ。整った顔立ちが今は悲しみに染まっている。


 「ファリエ会長は多分、ニアちゃんとの繋がりもあって私を紹介してくださったんだとは思います。そのお気持ちには答えたい所なんですが…」


 彼女はとても誠実な職人なのだろう。世の中には大きな口を叩いておきながら、結局仕事を全うできない、もしくは言うほどの技術はなかったということで問題になる工房も少なくない。

 出来ないことを出来ない、と正直に言うのは職人の挟持が邪魔をすることだって往々にしてあるだろう。そこを率直に言葉にできるのは、誠実さの表れだと思う。


 ただ、どこか違和感を感じる。上手く表現はできないが、何か引っかかりを覚えるような…とにかく不自然さを感じるところがあるのだ。


 「いえ…こちらこそ専門外のことを持ち込んでしまって申し訳ありませんでした」


 とはいえそれが何かは分からない。

 時間を頂いてしまったことを謝りつつ、ふと目についたものが気になった。工房の奥にある一脚のテーブルだ。


 「あの、そこのテーブルってリゼさんの…?」

 「ええ、そうです。今修理中なんですけどね…、レストロという宿で使って頂いているものです」

 「あ、そういえばレストロの内装を担当されてるってお聞きしました」

 「まあ…そのお恥ずかしながら父から担当を引き継いだだけなんですけどね…」


 何気なく彼女と囲んでいるテーブルにも目をやる。

 レストロで使われていただけではこのテーブルに気づかなかったはず。何しろ普段から意識していなかったのだ。しかしそれでも、わかりやすい共通点があった。



 違和感の理由がわかったように感じたのは気の所為かもしれない。けれど、俺は一つ賭けをしてみようと思ったのだ。慣れない行動に声が震えそうになるのを抑えて、彼女に一つ聞いてみることにした。



 「…このテーブルの脚って、どうしてこの形なんですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る