第17話 無様はやめられない

 「面白いこと考えたな…」

 「上手くいくかはかなり微妙なんですけど、キュリオさんにも手伝っていただければ実現できそうかな…と」


 俺は、とある試みをキュリオさんのところへ持ち込んだ。かなり大胆な仮説をもとにした方法ではあるが、まだ試していない方法だ。

 しかしながらその方法は、グラス技師であるキュリオさんの協力無くしては試すことすらできないのだ。


 「瓶詰め…ってのはやったことはあったが、水詰めっていうのか?そんなことはやったことも無かったな」

 「ウームの元気がなくなる可能性も高いんですけど、魔素の濃さを一度調整できれば理屈としては無理ではないかなって思うんです」

 「確かに、水の中は魔素濃度が変わりにくいって話は聞いたことがある。リアンも学園とかいうとこで勉強したのか?」

 「入学したての頃にちょっとだけやりました」

 「そうか、どっちにしろ瓶詰めにはなるもんな。出来る限り透明なグラスは必要だし、魔素を入れないようにしないといけないわけか…」

 「通常のウームの仕事もあるし、その作業の合間でってことになってしまうんですが…。上手くいけば長持ちさせることができるかもしれないんです。手すきの際でもいいので、お手伝いしていただけませんか」


 これから取り組む試みは、それなりに手間がかかる。

 もちろん俺だけが時間を使えばなんとかなるなら問題ない。しかしグラスを有効利用しなくてはならない今回の策は、グラス技師としての技術がない自分にはなかなか難しいのだ。

 普段の仕事の合間を縫って手伝ってもらうというのは、非常に心苦しいところだが、可能ならやってみたい。

 不安はあったが、キュリオさんの好奇心に賭けてみることにした。


 「にゃむ!面白そうだ。失敗したとしても次のやり方が思いつくかもしれねえ。やってみようぜ、リアン」


 キュリオさんは想像以上に乗り気になってくれたようだ。


 賭け事などやらないし、邪教には運も味方にはつかないと思っていたが。

 今回の勝負、まずは白星を上げることができたようだ。


 「にゃふふ…。それに上手くいけば…にゃふふ…」


 この時、稀な白星に浮かれてしまい、技師猫が悪そうな笑みを浮かべていたことを俺は見逃していた。



 

 繊細なウームを長持ちさせるために今回考えた方法は、液体につけた状態で保存することである。

 見た目としては水の入ったグラス瓶の中に、一輪の切り花が浮かんでいるような感じになる予定だ。


 ウームの特性として、自分の中の魔素と、周囲の魔素を同じに保ちたがる性質があることはわかった。


 成長のために自身の中の魔素を利用し、それが減ってくると新たに外から補充する。

 ウームの中にある魔素を綺麗に魔素抜きしたとしても、まわりに魔素があれば思いっきり吸収してしまう。

 困ったことに、この吸収する速度が早いとあっという間に枯れてしまうのだ。魔素を吸い込むことに力を使ってしまうのかもしれない。


 つまり、出来る限り成長させないほうがよい。魔素を吸収する力を使わせないようにするのだ。


 現時点で店頭に並ぶウームは魔素抜きをある程度した後、花の茎部分の切り口に樹液をもとにした液体を塗る加工を施す。キュリオさん式なら、葉っぱに入れた切れ目にもこの加工をする。


 花の中の魔素を少なくして成長を遅くすること。花の外から入ってしまう魔素を少なくして花を疲れさせないことを両立させようとしているのだ。


 これに対して今回は液体を使うことで、花の周りの環境を都合よく変えてしまえないか、と考えているのだ。


 「たっぷり魔素抜きした後、液体に漬け込む…。空気中の魔素濃度をどうにかするのは難しいが、液体ならなんとかできるかもしれねえ。確かにそれなら従来の方法より入り込む魔素を少なくできそうだ」


 キュリオさんとしても、この理屈は悪くないようだ。しかしおそらく前例はない。笑顔の印象が強い彼も、今は技師として難しい顔をしている。


 「ただ技術的障壁は確実にあります」

 「まずはたっぷり魔素抜きしたウームをどうやって瓶に移すかってとこか」

 「魔素の濃い外でやったらあっという間に枯れちゃいますよね」

 「そうだな…長持ちさせるどころか、花があっという間に疲れて駄目になっちまうだろう」


 「だから、液体に漬け込んだ状態で魔素を抜きたいんです」

 「はあ?そんなことできんのか?」


 経験のあるグラス技師からしても、やはり突拍子もない考え方であったらしい。

 それはそうだ、基本的に魔素抜きは一つの物質に対して行うもの。二つの別の物質に向けてやることなどまずないだろう。


 「最初に形をつくってしまうんです。瓶に液体を入れて、花も漬け込んでしまう。その状態からウームの魔素抜きを始めます」

 「にゃむ…それでどうする?」

 「ウームの魔素抜きが進むと、まずは液体に魔素が移っていきますよね。それで最終的にはグラスにも魔素が移っていく。で、グラスは多分白くなります」

 「そうか!そこで更にグラスから魔素を抜くわけだな!」


 つまり、ウームから魔素を移動させていくのだ。花から液体へ、液体からグラスへ移動させて、最後はグラスから魔素を抜く。

 キュリオさんの作り方でグラスを加工すれば、はじめのころはグラスに魔素が戻りやすいはず。つまり魔素を外部から吸収しやすいはずなのだ。白っぽくなったグラスを透明にするように何度も魔素抜きすれば、魔素を完全に外に出してしまえるのではないか。


 「いや、でもまてよ。それだとグラスから魔素抜きした時に、液体にまた魔素が戻っちまわないか?いや、もっといやあ液体から魔素を抜いてる最中にもウームに魔素が戻っちまう」


 そう、第一の問題はそこである。一番外側になるグラスから魔素を抜いても液体にも少なからず戻ってしまう。そうするとその液体からウームは魔素を吸って、結局花に元気がなくなってしまうのだ。最悪枯れてしまうだろう。


 「その通りなんです。だから正直とても難しい作業と工夫が必要になります」

 「その後は気合でなんとかするってことか?」

 「気合でなんとかできれば楽なんですけどね…」


 苦笑いしながら乱暴なことを言うキュリオさん。さすがにそれはないと踏んでいるのだろう。もちろん策はある。技術的には非常に難しいが。


 「液体に特殊な加工を施します。魔素が移りにくくなるように、例の樹液を混ぜようと思ってます」

 「ウームに塗ってるやつか、確かに魔素戻りは減るが…。そんなのにウーム漬けたら魔素は抜けてかなくなっちまうぞ。入りにくいってことは、つまり出にくいんだからな」

 「そうなんです…、ここは魔素抜きの技術と、樹液をどれくらい混ぜるかが勝負になります」

 「まあ抜けやすさは調整できるかもしれねえが…花から魔素を抜けたとして、今度はその液体からどうやって魔素を抜くんだよ」

 「そこで…グラスに工夫をします」

 「グラスに工夫?」


 とにかく魔素を吸いやすいグラスを作る。キュリオさんが普段やっていることの応用だ。グラスを均一に透明にさせるために行っている加工で起きてしまう魔素戻り。これを逆手にとって花よりも液体よりも先に魔素を吸ってしまうのだ。


 「なるほどなあ、グラスは逆に魔素を吸う役割をするわけか」

 「その条件でウームから魔素抜きをします。すると魔素が入りにくく出づらい液体に徐々に魔素が移る。魔素は液体に溜め込まれるような感じになる」

 「花にもグラスにも移動しづらいだろうな、樹液を混ぜてるわけだしな」

 「そこで液体から魔素を追い出そうとすると、花に戻ろうか、グラスに移ろうか、魔素は迷うわけです。基本的にはどっちにも移動しづらい」

 「なるほどな…そこで、花よりもグラスに魔素が移りやすくしておけば…」

 「液体から追い出された魔素は、きっと移動しやすい方に流れると思うんですよ」

 「外の空気は、当然液体よりも魔素が出ていきやすいだろうな」

 「だからグラスからも追い出そうとすると、液体には移動しにくいから外に出ていってくれる…」


 魔素だって移動しやすい方に流れていくはずなのだ。

 花よりも液体、液体よりもグラス、グラスよりも外側というふうに、魔素が引っ越ししやすくしておけばいい。


 「ってことは肝心なのは最初の引っ越しだな。ウームの中から移動しにくい液体に引っ越しもらわなきゃいけねえ。そこはどうする?それこそ気合でも行けるかもしれねえが…」


 確かにそこだけみれば、魔力をかければ出来ないこともない。だがそれよりももう少しいい方法もある。


 「最初は魔素抜きした水でいいんですよ。ウームから魔素を抜いた後、というより抜きながら樹液を足していくんです」

 「確かに出来なくもねえが…そいつは面倒そうだ」


 そう、必要魔力量は減るだろうが手動なら大変である。

 それでも…俺は魔法技師なのだ。


 「俺が魔法道具を作ります。回路で制御して、ウーム、液体、グラスから魔素抜きして、樹液を足せる道具を」

 「…そうか、リアンは魔法技師だったな!忘れてたぜ!」

 「いや、忘れないで下さいよ…」


 一体俺はなんだと思われていたのか…。

 キュリオさんは少し訝しげにこちらを見やる。


 「しかしよ、同時に魔素抜きをする道具…俺にゃ詳しいことはわからんが、難易度は高いんじゃないか?」

 「一応技術のあてがあるんです。やるだけやってみようかなと」

 「にゃむ!ウームを使いたいところだが、早めに仕入れた分の数も限られてる。まずはウームに近い枯れやすい花で試す。そんで花の日が近くなってきたら、ウームでやってみるか!」


 頼りない俺の返事にも、人懐っこい笑顔を浮かべて同意してくれる先輩技師。彼の期待を裏切ることはしたくない。そのことが俺を奮い立たせてくれる気がした。


 「魔素が抜けやすいグラス瓶は任せとけ。樹液も上質なのを確保しておく。外側と内側で抜けやすさが違うようなやつが必要かもしれねえ。それに今回は絶対透明じゃなきゃならねえし、透明度も長続きさせないとな」

 「ありがとうございます!資金に関しては俺からも出そうと思うんですが…」

 「にゃふふ…そこはそっちの魔法道具にたんまり掛けてくれ」

 「えっ!?」

 「ファリエからリアンが何かし始めたら使え、って金は事前にもらってる。リアンの指導料とは別にな…にゃふふ」


 ファリエ会長は俺がなにか始めるであろうことを予測していた…?

 やはり国を超える窓口を任される貴族というのは違うのだろうか。賢さや鋭さでは一生勝つことはできなそうだ。


 「それに…にゃふふ…」

 「…キュリオさん?」

 「!な、なんでもないぞ!まあお互い得があるってことだ!気にするにゃ!」


 キュリオさんの挙動が怪しいのが気になるが…。

 俺の足りない頭では、この時彼が何を考えていたのか、思い当たることはなかった。

 正直今から作る魔法道具のことで頭が一杯だったのだ。



 保存できるかどうかという点は、どうしたって実験に時間がかかる。今回は本当に長持ちするかどうか、ほとんど賭けである。

 むしろ買ってもらった後に答えがでる、くらいになる可能性が高い。


 売上は期待できない。そして贈りたいその時まで持つかどうかも分からない。

 けれど、ファリエ会長は予めお金を出資してくれていたのだ。


 贈り物として正しいかは結局わからないままだ。

 でもだからこそ、精一杯心が動いた感触を伝えるために努力をする必要があるのではないか。

 支援してくれる人がいる。協力してくれる技師がいるのだ。学園を出てから、こんなこと今まであっただろうか。



 自分が贈られたら嬉しいもの。贈ることが嬉しいもの。


 矮小で自分のことしか考えてこなかった俺が始めるのはそこからじゃないか。

 上手に気が回せないのなら。一生理解しきることができない誰かに向けるなら。


 まずは自分に正直に。

 せめて自分に誠実に。


 いまだ自己中心的な技師のまま。

 されど無様な挑戦だけは、今も昔も俺の特色ではないだろうか。


 せめて情けない願いと自己満足を込めてじたばたしてみるのだ。憐れむような苦笑でも、呆れたような笑顔でも、反応があればきっと目標達成である。

 

 それこそが、誰かに届いた証拠に違いないのだ。

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