自分で書いた小説の記憶喚起パワー(すごい)


大澤:すごい重要な話をするんですけれど、片川優子さんにせよ、綿矢りささんにせよ、書いた当時は女子高生だったというのがとても重要なわけですよ。ここが重要です。だって、すごくない? 綿矢りささんが何歳になっても「インストール」は永遠に「現役女子高生が書いた小説」なんです。小説はそこで著者の時間を止めてしまうから、その当時の著者の魂を閉じ込めたオーブみたいなもので、もう女子高生のときの綿矢りささんは永遠の存在なわけです。


秋永:その時の著者の魂を閉じ込めたオーブ……うつくしい言葉だ。


大澤:もちろん秋永さんの魂も閉じ込められているので、2009年の秋永さんは真琴ちゃんって感じでね。フフフ。いいですよね。


秋永:「眠り王子」はデビュー作なので、つまりデビュー前に書いたわけです。もともと温めていたものと、少女向けライトノベルというジャンルの要請とを、すり合わせていく感じがあった。だから「架空の東京というコンセプト」は後退しました。「怪物館」は、少女向けライトノベルというジャンルの要請をはじめから意識して考えました。そのあたりで、読んだ感触の違いがあるかもしれません。


大澤:そうそう。やっぱり「怪物館」のほうがだいぶ手慣れている感はつよいです。でもね、好きなんですよね「眠り王子」。やっぱ真琴ちゃんって感じで、それはそれで好ましい。


秋永:読み返すと「真琴ちゃん、つたないけど、一生懸命やってるな」という感じは自分でもある。現在の私から見ると恥ずかしいんだけど、いち小説好きとして客観的に読むと……こういう初々しい小説は嫌いじゃない。好ましい。凄い小説をさんざん読んできたはずのひとが「眠り王子」を読んで、あんがいお世辞でなく「とてもよい小説です」と言ってくれることがあります。それはきっと、魂を閉じこめたオーブをいとおしく思ってくれているのでしょう


大澤:わたしも、最新作の「6番線にアレがくる」のほうが小説としての強度みたいなのは高まった自信がありますけど、でも自分で読んでても最高に楽しいの「おにぎりスタッバー」なんですよね。


秋永:「おにぎりスタッバー」の一人称のあの文体は、迸っていますね。3冊の中でいちばんアクロバティックだと思う。


大澤:もう書けないですもん。自分でも、なんだコイツあたまおかしいんじゃねぇかな? って普通に思いますね。


秋永:いちど本を出すと、もう書けなくなるものがありますね。それは自分についても感じる。それは、深化で、熟達で、洗練なんだけど……。


大澤:不可逆なんですよね。前に進むしかない。


秋永:だから、世の中にはこんなにおもしろい本がすでにいっぱいあるのに、新人作家のデビュー作というものが必要なのだと思います。そこにしかないオーブに触れるために。


大澤:実を言うと「6番線~」はまだ自分であんまり読み返せないんですよ。書いてるとき、登場人物と一緒になってずっと苦しんでいたから、読み返すとその時の気持ちまで一緒に復活してきちゃって、苦しくて。自分自身で書いた小説の記憶喚起パワーやばくないですか? 写真よりもビデオよりも明瞭にあらゆる感情が舞い戻ってきちゃって。


秋永:わかる。そのとき何を考え、何に苦しみ、それがどう小説に滲んでいるか、自分はわかって、思い出せてしまうので。


大澤:ものすごく個人的な体験まで紐づいてしまっていて、それはたとえば不意に流れてくるJ-POPとかでもあるんですけど。あるじゃないですか? ぜんぜん曲の歌詞とかと関係なく結びついちゃってる記憶みたいなのが。それが自分の小説にはもう数か月ぶんまるっと紐づいていて、ああそうそう、このセリフを思いついたのはそもそもこういうことがあったからなんだ。ここは元々はこういう展開のはずだったのに、アレでちょっと違うなって思ってこうしたんだったって。全部覚えている。ぜんぶ、思い出す。


秋永:わかる。わかる。読んでいると、それを書いていたときの季節、気温、部屋の空気の感じまで蘇ってきたりして。紐づいたものがずるずる出てきて、それは小説の中身と全然関連はないんだけど、あのひとと仲がよかったけど今は……あいつが憎かったし今も……みたいな感情まで蘇ってきてヴァーッ!!!!!!


大澤:(爆笑)まだわたしはデビュー2年目なので、熟成が足りないっていうか。あと5年くらいしたら、自分で書いた「6番線~」をやっとフラットな気持ちで読めるようになると思うんです。優しい気持ちで。


秋永:大澤さんは、小説に強いこだわりはない、ただの悪ふざけだとおっしゃるけれど、小説に取り組む姿勢はじつに真摯だと思います。「真面目」と「真摯」は違うので。その「真面目」は「くそ真面目」とか「石頭」と言えばいいのか。


大澤:悪ふざけだから真面目にやるんですよ~。だからね。五年後にまた自分で思い返して読んでみるためにも、それまでなんとか作家として生き残っていきたいなぁって、そんな感じですね。五年後の自分のために書いていきましょう。


秋永:大丈夫ですよ。進捗して、いまここに原稿を用意できるひとのことを、ほとんどの編集者は決して無下に扱いません。小説を書く……書きあげるということを、編集者の方々はとても尊んでくれます。


大澤:あ~、そうそれ。ほらなんか、ツイでよく編集者の悪口とか流れてくるじゃないですか? まあ、まるっきりの嘘ではないんでしょうけれど、な~んか鵜呑みにはできないですよね~。


秋永:私はオカしい編集者より、オカしい作(検閲済)


大澤:そりゃそうだ。作(検閲済)


秋永:オカしい作(検閲済み)


大澤:あ~ん、このへんはカットで。悪口はよくない。あまりよくない。言いたい。


秋永:言いたい。

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