第14話 デートの誘い

 曇天の空。

 電車に揺られること15分。

 類は、バイト先の最寄り駅である居ノ台駅で降りた。


 駅前大通りを東に歩き、発掘現場へと向かう。

 類は、ふと空を見上げた。

(うーん、予報だと確率は低かったけど、雨が降りそうだな……)

 湿度の高い空気の中、大通りを南に折れ道幅の狭い通りに入る。

 その角で、目の前にタンクトップ姿のガタイのいい男が少し先を歩いているのが目に留まった。

 南だ。

 足音に気づいたのか、南は振り返った。

 そして類だとわかると大きな声で挨拶をした。

「よう!瀬戸!おはよう!」

「み、南!……おはよう」

 南は、妙にニヤニヤした顔をして類の横に並んだ。そして類の肩をポンと叩いて一緒に歩き出す。

「弟から聞いたぞ。瀬戸、合コンしたんだってな!」

「……あ、あぁ(もう知ってるのか。情報が早いぞ。朝から鬱な話題だ)」

 類は顔を引きつらせた。

「俺も誘ってくれれば、行ったのにな!」

「お前……、兄弟で合コンって微妙じゃないか?」

 類はあきれたように言った。

「相当楽しかったって言ってたぞ。今度は合コンじゃなくても、たまには一緒に飲みに行こうぜ!」

「(朝から暑苦しいやつだ……)そうだな」

 類は適当にうなずいた。


 発掘現場のプレハブ小屋の前、すでに数人の作業員が準備を整え朝のミーティングを待っていた。

 矢野の姿も見える。

 矢野は、いつも通り顔を帽子とタオルで覆い、合羽のようにも見える素材の緑色の服を着ている。

 類と南が荷物をプレハブ小屋の中に置き、外に戻ってくると恩田と中島の姿があった。

 二人とも同じ薄灰色の作業服をばっちり決めている。


 恩田がプレハブ小屋の前に立ち、言った。

「皆さん、おはようございます」

 その声に作業員が一同に言う。

「おはようございます」

「連休明けで、現場には枯れ葉や風で飛んできたゴミなどが散乱しているようなので、今日は清掃から始めます。その後は範囲の南側にトレンチを2本入れますので、できれば力のある人……――」恩田が作業員の面々を見回し、類と南を見た。「――南さんと瀬戸さん、入ってください。――中島君、いいよね?」

 恩田は隣にいた中島に確認するように言った。

「はい」

「あとは、連休前と同じところに入ってください」

 恩田はそう言うと、隣にいる中島に話しかけた。

 中島がうんうんと、うなずきながらその話を聞く。

「わかりました」

 中島はそう言うと、作業員の方を見て言った。

「じゃ、竪穴(住居)の方には、伊藤さん、高橋さん入ってください」

 呼ばれた二人がうなずく。

「それでは、道具を持って移動お願いします」

 恩田はそう言うと、発掘現場に向かって歩き出した。

 作業員たちは、道具を取りにプレハブ小屋に入って行く。


「なぁ、トレンチってなんだ?」

 隣で、キョトンとした顔の南が類に話しかけた。

「俺だって、わかんねーよ」

 プレハブ小屋の出入り口から、道具を手に持った作業員たちが次々と出てくる。

 その様子を二人突っ立ってみていると、中島が話しかけてきた。

「瀬戸さん、南さん、今日は恩田さんについてくださいね」

 そう言って爽やかに笑う。

「あのう、中島さん。道具って何が必要ですか?」

 類は訊ねた。

「うーん、そうですね。トレンチ掘りだからカクスコとケンスコ、それから箕……。巻き尺とピンポールがあればいいかな……――」

 そう言って恩田が向かった方向を見た。

「――あとは光波か……。恩田さん持って行ったのかな?」

 中島はそう独り言のようにつぶやくと、プレハブ小屋の中に入って行った。

 類と南は顔を見合わせた。

 二人とも中島の言う道具が、いまいちよくわからないと言った様子。

 類と南も、プレハブ小屋の中に入った。

 中島は、棚の前に立ち、肩紐の付いた黄色い箱状の道具を肩から下げていた。

「あぁ、瀬戸さん、南さん。ケンスコとカクスコはそこにあります」

 そう言って入り口側の壁際を指す。

「これですか?」

 南が壁の道具掛けに立てかけられた先の尖ったスコップを手に取った。

「えぇ。それがケンスコですね。カクスコは四角い方です」

「これかな」

 類も、ケンスコの横に立てかけられた四角いスコップを手に取った。

「両方とも使うと思うので、二人とも一本ずつ持って行ってください。それから、箕とネコもあった方がいいかもしれないですね」

 中島は、道具棚からガタガタと道具を見繕いながら言った。

「ネコ?」

 類と南は互いに顔を見合わせた。

「あぁ、一輪車のことです。誰も持って行っていなければ、たぶん表の道具洗い場の横にあると思います」

 そう言い終えたところで、中島の持っている携帯電話が鳴った。

「あっ」

 中島は、持っていた道具をひとまず棚に置き、電話に出た。

「お疲れ様です。……あ、はい。恩田さん、光波は……?いらないですか――」中島は電話口を手で押さえて、類と南に言った。「――先に向かっていてください」

 そして再び「はい、はい」と、電話の応答に戻る。

「行くか……」

 南は類に目配せをすると、そう言ってプレハブ小屋を出た。

 類もその後に続く。


 表の道具洗い場の横に、中島が言っていた通り一輪車が置いてあった。

「これでいいんだよな?」

 南が、一輪車のグリップを手に取った。

「だと思う。でも何でネコっていうんだろうな、これ」

 類はそう言って、2種類のスコップ、合わせて4本を一輪車の上に乗せた。

「そうだな。ネコ、か」南も不思議そうに答え「じゃ、行こうぜ、瀬戸」と、グリップを掴んで一輪車を押し、歩き出した。


 恩田がいる場所は、発掘現場の範囲のさらに奥だ。

 プレハブ小屋からは三百メートルほど離れている。


 類と南は、発掘の様子を横に見ながら、発掘範囲の外れにある土捨て場まで来た。

「あ、南さん!瀬戸さん!こっち!」

 山盛りに積まれた廃土の奥から、恩田が手を上げて二人を呼んだ。

 発掘範囲と土捨て場には、遺跡を掘った分だけかなりの段差があり、そこに幅の狭い木の歩み板が斜めに渡してあった。

「南、大丈夫か?」

 類は南と一輪車を見た。

 歩み板の幅は結構狭い。しかもかなりの急こう配だ。スコップを乗せたまま進んだのでは、バランスを崩しかねない。

 類は一輪車から4本のスコップを抱えるように持ち上げた。

「お、助かる!」

 空になった一輪車の持ち手を握り直し、南は勢いをつけて歩み板を上った。

 そこは土捨て場以外、元宅地だけあって、半端な土と砂利の地表面になっていた。更地になってからどのくらい放置されていたのか、結構な量のぺんぺん草が生えている。

 その草むらに、1メートルほどの長さの、赤白の細いポールを持って恩田が立っていた。

 その横に、もう一人、作業員の中では比較的若い印象の男性がしゃがんでいた。手元には黄色い水糸を持ち何やらやっている。

「青木さん。じゃ、巻き尺張って」

 恩田は、しゃがんでいる男にそう言うと類と南を見た。

「瀬戸さん、南さん。まずここに、縦に1本トレンチを掘ります。幅は1メートルかな」

 そう言って恩田は、持っていたピンポールの先で、地面を指した。

「恩田さん、トレンチって何ですか?」

 類は訊ねた。

「あぁ、簡単に言うと試掘用のミゾ……かな。1メートルの5メートルで、まず1本。あともう1本は向こうに、横に入れようかなと」

 そう言ってさらに南側に延びた、道路の拡張部分に充てられる予定の空き地を見た。そしてつぶやくように言う。

「うーん、……踏査がズレてたのかな」

「先生、5メートルでしたっけ?」

 青木が巻き尺を持ち、メモリの付いたテープの端の黒い輪っかになった部分を引っ張って言った。

 年齢は五十代後半だろうか、色黒の顔に探検帽のような帽子をかぶり、ポケットのたくさん付いたグレーのベストを着ている。作業ズボンを長靴の中に入れ、腰に道具袋をぶら下げているその姿は、発掘慣れしているようにも見受けられる。

「うん、そうだね。とりあえずグリッドに合わせて、先に水糸張っちゃって」

 恩田はそう言うと、類と南に向き直り言った。

「青木さんと一緒に、まず水糸張って。それから一気に下げるから」

「は、はい……」

 類は、返事はしたものの、恩田の指示が不明瞭でいまいちよくわからず、とりあえず青木の様子を見た。

 南も同じように、よくわからないと言った表情を浮かべ青木を見ている。

「瀬戸さん、南さん。じゃ、向こう側まで水糸張ってもらえます?」

 青木は、黄色い水糸を類に渡した。

「向こう側とは?」

 類がそう言うと、青木は足元の地面に打ち込まれた木の杭を指した。

 その四角い杭は地表面から数センチほど顔を出し、上を向いた面の真ん中に釘が刺さっている。側面には、何やら番号がT-2と表記されていた。

「これと同じものが、向こうにあると思います。5メートル間隔で打ち込まれているんですよ」

「へー……」

 類と南は、青木が指さした東の方向を見た。

 よく見れば雑草の間に、同じように杭が打ち込まれているのが見える。

「T-3?」

 南がその杭の側面に書かれた表記を見て言った。

「それはグリッドの杭の番号ね。発掘では、方眼にグリッドを組んで、座標を表しているから」

 恩田が言った。

(恩田さん、やっぱりちょっと、ぶっきらぼうな人?)

 類は、第一印象そのままに、恩田を見た。

「じゃ、水糸を張りましょう」

 青木はそう言うと、水糸の端を輪っかにして釘の頭に引っ掛けた。

 類は、先ほど青木が示した杭まで水糸を張ると、同じように釘の頭に結び付けた。そして青木が持っていた移植を借りて水糸を切る。


 青木は足元のT-2と書かれた杭の横に片膝をついて、またしゃがんだ。

「南さん、そこのコンベックスを釘の頭に当てて、水糸に沿って1メートル測ってもらっていいですか?」

「はい」

 南が活舌よく返事をする。

 類が T-3のグリッドから青木の元に戻る。

「青木さん、あとはどうしたら……?」

「瀬戸さん、あと南側にも水糸を張ってもらってもいいですか?同じように杭があると思うので……」

 青木はそう言うと、南が伸ばしたコンベックスの端を、釘の頭に押さえた。

「南さん、これ使って」

 恩田はそう言って、手に持っていた1メートルの長さのピンポールを南に渡した。

「はい」

 南は返事をして受け取ると、水糸に沿って測った1メートルの部分にそのピンポールをまっすぐ刺した。

 類はその間に、南に5メートル離れた杭を探した。

「あった、これか」

 見れば杭にはU-2と書かれている。

「瀬戸さん、そこの杭に水糸引っかけたら、この先の杭まで水糸伸ばしてもらっていい?」

 類の横を一緒についてきた恩田はそう言うと、さらに南側を指さした。

「わかりました」


 ぶっきらぼうな恩田の指示のもと作業を進め、ようやく2本のトレンチの範囲が確定したところで、中島が小走りに恩田のもとにやってきた。

「そろそろ休憩時間ですよ。皆さん、休んでください」

 軽く息を弾ませて言う。

 恩田は自分の腕時計を見た。

「早いな――」そして、類たちの方を向き「――休んでて」そう言って、類が張った奥のグリッドの杭の方に歩いて行った。

「私はここで休憩しますよ。向こうまで戻るのは少し遠いので」

 青木はそう言うと、近くに置いてあった歩み板の上に腰を下ろした。

「飲み物、飲まなくても大丈夫ですか?水分補給はこまめにお願いしますよ」

 中島は苦笑して言った。

「大丈夫。今日はそれほど暑くないですし――」そう言うと、類と瀬戸を見た。

「――二人は、私に遠慮しないで戻って休んでください」

 そして軽く微笑む。

「いえ、俺たちもここで休憩させてもらいますよ」

 南はそう言うと、青木の横に並んでドカっと座った。

「中島さんたちは休憩しないんですか?」

 類がそう言うと、中島は困ったように笑って言った。

「あはっ、休憩してますよ。恩田さんも僕も休憩中に遺跡内をウロウロしてるから、あまりそう見えないだけで……。大丈夫です。ありがとうございます」

 中島はそう言ったが、類には休憩中の二人のやっていることは遺跡内の見回りで、休憩と言えるものではないような気がした。

「そうなんですか……(この人たちは、休憩と仕事の境目がないのか……?)」

 類はそう思いながらも、自身の前の職のことを思い出し、顔が引きつった。

「南さんと瀬戸さんは、学生さん?」

 青木が隣に座った南に話しかけた。

「いえ、俺たちはフリーターです。瀬戸とは一緒の職場だったんですが、会社が倒産しまして、ハハハ」

 南は、堂々と爽やかに言った。

 その言葉に、青木は気まずそうな顔をした。

「いや……、申し訳ない。二人とも若く見えるから……」

 そう言って言葉を濁す。

 類はともかく、南はとても学生に見える容姿をしてはいない。

 ある程度の年齢まで達すると、子供以外、年の離れた世代の年齢は一括りに見えてしまうようだ。

「青木さんは、発掘の経験は長いんですか?」

 類は、青木の格好から推測して興味本位に訊ねた。

「私は二年目ですね。早期退職して、この仕事を紹介してもらったのですが、いやはや、すっかりはまってしまって……」

 そう言って照れたように笑う。

「わかります。発掘調査って、大変なことも多いですけど、やっぱり楽しいんですよね(報告書作成は苦痛だけど……)」

 中島が笑顔で言った。

「中島さん、本業が楽しいっていいことですよ……」

 青木は、行く末を見守るような温かい目で言った。

「中島さんは、どうしてこの仕事に就こうと思ったんですか?」

 類は隣に立つ中島を見て言った。

「僕は……――」中島は少しためらうような様子を見せ「――高校を卒業した後、半年ほど、発掘現場でバイトしてたんですよね。その時に発掘にすっかりハマってしまって……。それで一念発起して考古学を専攻できる大学に入ったんですよ。……あの頃は、まさか自分がこの仕事に就くなんて夢にも思ってませんでしたけどね」

 そう言って中島は笑顔を見せた。

 歩み板に座った青木は、中島を少し見上げるように言った。

「中島さんは、専門はどちらなんです?」

「僕は学生の頃は縄文時代の装身具……、土製の耳飾を研究テーマにしていたんです。なので縄文時代のことは多少は詳しいのですが、それ以外はさっぱりで……。恩田さんは古墳時代の土師器の研究をされているんですが、僕にはいまいちその違いとか、よくわからないんですよね。いやー、日々勉強させてもらっていますよ」

 そう言って苦笑いをした。

 青木は中島の話に大きくうなずいた。

「うんうん。勉強はいいものです。私はあまり歴史に興味がなかったんですが、この歳になって、発掘に関わるようになったのもあるんでしょうけど、歴史の本を買って読んだり、博物館に行ったりするようになりましたからね」

「博物館は僕も好きです。休みの都合がつけば、いろんなところの博物館に行きますよ。あ、そうだ――」中島は何か思い出したような顔をした。「――今やってる県立博物館の企画展、去年うちの調査団がやった発掘の速報展なんですよ!よかったら見に行ってください。今月中はやってますから」

 そう言って3人を見る。

「博物館か……」

 類はつぶやくように言った。

 ふと、視線が南と合う。

 その目は、類を誘うきっかけができたとばかりにキラキラしていた。

(ひっ!)

「瀬戸!今週末、さっそく博物館に行ってみようぜ!」

(案の定かよ!)

 中島の話に、博物館の企画展に多少興味は湧いたが、誘って来た相手が悪い。しかし、中島がすぐ横にいる手前、類は南の誘いを断りにくい状況だ。

「そ、そうだな……」

 類は受け流すように苦笑いをして言った。

「よし!じゃぁ、詳しくは後でメールするからな、瀬戸!」

 南は勢いよく立ち上がった。



 ――その日の夜。

「殿!早う、早う、お願い申し上げまする」

 ミヤビがメインモニタに手をかけ、類とモニタを交互に見ている。

「わかったって!」

 ミヤビに急かされ、類はマウスを操作して、画面にネットTVの時代劇チャンネルを表示させた。

「おぉ!これにございまする!」

 ミヤビはそう言うと、メインモニタから少し離れ、キーボードの手前に座った。

 そして食い入るように画面を見る。

「時代劇ねぇ……」

 類は興味なさげにつぶやいた。


 頬杖をついてミヤビと一緒に動画を見ていると、机に置いた携帯電話にメールの着信を知らせる音がピコンと鳴った。

(誰だ?)

 携帯電話を手に取り、表示を見る。

「……南か」

 内容は、土曜日に博物館に行こう、というものだ。

 待ち合わせ場所と時間、行程が書かれている。

「……はぁ。ま、断る理由もないからなー」

 類は、気乗りしない表情を浮かべ、携帯電話を操作した。

 ――“了解

 土曜よろしく”

 そう返事をすると、類は腕を頭の後ろに組んで椅子の背にもたれた。

「殿、何かありましたか?」

 一緒に動画を見ていたミヤビが振り向いて類を見た。

「うーん。南が、土曜に博物館に行こうって話――」そう言って宙を見る。「――……(南と二人で……)」

 類は顔が引きつった。

 慌てた様子で椅子に座り直し、南から来たメールを再度確認する。

 ――“原野中駅前:11時半集合 行程:昼飯→県立博物館→西公園……”

「に、西公園?あんなところ何かあったか……?」

 原野中駅西口から徒歩で10分ほどの場所にある市民憩いの場“西公園”は、休日には親子連れを、夜にはいろんなタイプのカップルを、早朝にはベンチで夜を明かした酔っ払いと、カラスをよく見る比較的広い芝生の公園だ。

(南……、あいつの考えが読めねー……)

 類は、頭を抱えるように両手で押さえた。

 そしてハッと何かを思いついたように携帯電話を操作した。

(アリサも誘おう……。南と二人は……微妙すぎる)


 携帯電話を耳にあてる。

 数回の呼び出し音の後にアリサが電話に出た。

 ――「何?」

 不機嫌そうなアリサの声。

「アリサ、今度の土曜、何か予定入ってるか?」

 ――「土曜……?別に、無いけど」

「(よかった)あ、あのさ、県立博物館に行かないか?」

 ――「はぁ?博物館?何で、急に……」

「いいだろ、たまには。同じバイト先の奴から誘われたんだけど、二人ってのも微妙でさ……」

 ――「えー。それってあたしの方がもっと微妙じゃない?」

 アリサは嫌そうに言った。

「そ、そんなことはない!頼む、アリサ。一緒に行こう!(南と二人じゃ、俺の身に危険が……)」

 ――「うー……ん」

 アリサは電話の向こうで考えるようにうなっている。

(アリサ……)

 類は祈るような気持ちで携帯電話を強く握った。

 ――「じゃぁさ、博物館見終わったら、二番通りに新しくできたスイーツパーラーに連れてってよ。ルイ兄のおごりで!」

「えっ」

 ――「それなら一緒に行ってもいいよ」

「そ、そうか!わかった。(助かった……)じゃ、今度の土曜、11時にそっちに迎えに行くから、頼んだぞ……」

 類はホッと胸を撫で下ろした。

 ――「あー、ルイ兄!それからお父さんが、日曜日店手伝ってくれってさ」

「そ、そうか。わかった」


 アリサとの電話を終え、類は両腕を天井に向け伸びをした。

「よかったー!」

「何やら、無事解決したのでするな。おめでとうございまする」

 ミヤビは軽く頭を下げた。

「あぁ、ありがとう(これで南と二人じゃなくなった!)」

 類は携帯電話を机に置こうと手を伸ばすと、メール受信を知らせる音が再び鳴った。

(ん?)

 表示には“ササエリ”の文字。

「誰だっけ?」

 類は首をかしげて携帯電話を操作した。

 ――“エリです。

 先日は懇親会、お疲れさまでした。

 先輩のおかげで助かりました。ありがとうございました。

 今度の土曜日なのですが、もしよかったら一緒に映画でも見に行きませんか?……“

「あぁ、佐々木さんか……」

 類は携帯電話の画面をじっと見た。

(土曜は、博物館だからな……。断るか)

 そして画面を指でなぞり、文字を打ち込む。

「うーん……“土曜も日曜も先約があり、都合が……”(断りの文面って難しいな……)」

 類は、文面を打ち直しては消し、打ち直しては消しを繰り返し、慎重に言葉を選んでエリに断りのメールを送った。

 その直後、エリから返信が来る。

「は、早い……」

 類は驚いたように携帯電話の画面を見た。

「“お仕事ですか?”って、仕事じゃないんだよな……。うーん、でも日曜は仕事みたいなもんか。はぁ……面倒だな。はっきり理由を書いて断ろう(“同僚と従妹と博物館に……”)」

 類は再びメールを打った。

「うーん、こんなもんか。送信、と」


 その様子を、ミヤビは首をかしげて不思議そうに見た。

(何やら殿も、お忙しい様子……)

 そして、ミヤビは再びパソコンの画面に映る時代劇の動画の視聴に戻った。


「えぇぇ!?」

 突然、類が携帯電話の画面を見て声を上げた。

「殿?」

 ミヤビがその声に少し驚いて振り返る。

「いかがなされましたか?」

 類は驚いた顔をして言った。

「さ、佐々木さんも来るって……。博物館……」

 類は携帯電話を握りしめたまま、博物館に行く顔ぶれが、類以外が全員初対面という微妙な状況に一抹の不安を覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る