第11話 魔改造計画

「おはようございます! ぬるさん」

「おはようございます!」

「あおお、おはようございます……」


 敬語で話しかけてくる二人に対し、敬語に全く慣れないぬるも半分カタコトの敬語で返してしまう。ルミナとフリート、二人の「おはようございます」の瞬間空気がピリッと来た感じがする。険悪ムードになることだけは困る、頼むからそういう展開は要らない……!


「きょ、今日はダンジョンを改造して早いところ旅に出たいなぁ」

「……行ってしまうのですか?」


 話題を変えようとぬるが口を開くと、少し低い声でそう言われる。弾かれたように左を見ると、フリートが涙を浮かべてこちらを見ていた。ちょっと、と言うか大変大きなダメージをさらに受けてしまった。慌ててぬるは説得を試みる。


「いや!? 定期的に戻ってくるつもりだよ!? そんなずっと外いても、お金の問題もあるしね!?」

「そうですよ! ここまで改造したんだし、そう簡単に手放すわけないじゃないですか!!」


 先程まで少しピリッとしていたルミナも慌ててぬるに同調する。それを聞いてフリートは少し安心したようだ。

 彼女の気持ちも分からなくはない。なぜなら最初の会話で、『ぬるを主として認める』と話していたのだ。それを次の日に、捉えようによっては捨てるような言葉を発してしまった。それは謝らねばならない事だ。


「ごめんよ。別にお前を置いていこうとか、そんなことは露ほども考えてないからな。ここを完全に改造したらお前も連れていくから安心してくれ」

「マスター……良かった」


「ま、マスター……。私もマスターと」

「お前はぬるさんでいいだろ?」

「は?」


 とても女の子とは思えない声で威圧された。別になんでもいいんだけどね。


 現在、仲間と呼べるのは2名。魔人であり、スキル『精霊の寵愛』によって喚ばれた使い魔のルミナ。そして、このダンジョンを攻略した事で自分がダンジョンのマスターとして認められた時に作られた子、フリート。

 心配事といえば、自分は今、国から狙われているということと、お金が無いことだ。


「物事には順番がある……とにかく、ダンジョンを改造だ! フリート、お前はダンジョンが作った存在なら構造を全部知ってるよな?」

「え? ええ、もちろん知ってます。マスター、このダンジョンは三層のみです。トラップは一つもありませんが、ネオスティールゴーレムを一体だけ番人として配置しています。マスターに破壊されてしまいましたが」


 改造する前から改悪じゃないか! なんだよ、『トラップ無し』って! しかも敵らしい敵はあのゴーレム一体って!よく今まで返り討ちに出来ていたな!


「大体、隠し通路に気づかずに衰弱して死んだ方と、通路は突破したけどループする廊下で発狂した方が多かったです」

「返り討ちというか、シンプルゆえに難しいダンジョンだったんだな……」


 改悪と断ずるのは早すぎたようだ。『分かりにくい』事に特化してSS級ダンジョンに認定されたと言う事か。では、その構造を使わない手はない。一層でそれだけ迷うのなら下手にいじるべきではない。


「あの壁は埋め戻して、色を周りの壁に合わせよう。あと、転移魔法はあのままでいいかな。そして、ネオスティールゴーレムを何体か増やそうぜ。それだけで難易度は跳ね上がるハズだ。あとは最深部に何も無いのは問題だな。ギミックを増やして、『カラの宝箱』でも置いておいて……フフフ…」


「ぬるさん、ゲスですね、ホント」

「マスター……私は嫌いです」

「キライ!? キライ……そうか……嫌いか……」


 生まれたばかりで仕方ないが、無垢なフリートのド直球な言葉に大きく傷つき、ぬるは暗黒面ダークサイドに落ちそうになる。それを見たフリートは、「今の言葉は良くなかった」と学習した様子で、フォローしてきた。


「そういう所は嫌いですけど、マスター自体は好きですよ」

「ありがとう……でもその感情は大事だ、ちゃんと言わないと辛いぞ」

「わかりました」


 これは生前の教訓とも言える事だ。嫌いというのは、何をどう解釈してもそれを拒否する意思を見せることが出来る。故に発言すれば『ノー』以外に選択肢は無い。

 それを言えないと、相手は基本的に『イエス』と思い、本来はノーであることを頼んだり指示したりしてしまう。これは、全くよくないことだ。


「じゃあ、さっそく始めるか。一階層だけでも終わらせておこう。……<null>wall.reject フリート、ちゃんと直った?」


 文字が空中に浮かぶと、上のほうで何かがこすれる音が聞こえる。その少し後にフリートが報告する。


「戻りました。継ぎ目とかヘンな所はないです。でもすごいですよね、その能力。なんでも機能を変更して自分のものにしちゃうんですもの」

「まぁね。でも弱点や制約はその分多いぞ。あ、そういえば。ルミナ、お前はスキル使ってばっかりだからわからないけど、能力って何なの?」


 あ、聞いちゃいます? みたいな顔をするルミナだったが、聞かれたこと自体はうれしかったらしく、いつもよりはテンション高く紹介した。


「私の能力はですね、ぬるさんの強化再生と似たような能力です。体細胞分裂を自在に操れるんですよ。腕を切られてもすぐに再生しますし、斬った腕をもとに私の分身を作ったりできますよ。たまーに怪物の姿に変えたりしますけど、それは基本無いと思ってください。私、この姿気に入ってるんですよ」


 そういってくるりと一回転する。服の紐が少し揺れた。ちなみに彼女の胸はあまり大きくないが、それは聞いてはいけない問題だ。逆にフリートの胸は……すっげぇ。驚いた。この世にこの大きさがあるのかとビックリしたのを覚えている。まぁ、つい昨日の話なんですけどね。


「ぬるさん、何見てるんですか?」

「え? なんも?」


 そう取り繕うと、前回トラブルで何も買えなかったので町に行こうと準備を始める。しかし自分はしょっぱなから手配の身なのであまり外に出たくない。実際、お面をつけてることがほとんどだったため、顔を見られたことは一度もないので面を外せばいい。が、そうなると今度は日本刀を持っていけない。そしてルミナはお面をつけていないがフードでごまかしていたため、ばれていないとは思うがやはり心配。そうなると、フリートにお使いを頼むしか無い。


 しかし彼女は無垢だ。ちゃんと望むものを買ってきてくれるか、ヘンな人に惑わされ、どこかに連れていかれないかと考える。やはり自分が行くべきだろう。


「買い物ですよね、何とかしないと……。でも改変できないんですか?」

「無理でーす。質量が同じものがこの辺にありませーん」

「自分の服を対象にすればいいのでは?」


 即座に却下する。それはぬるに裸になれと言っているのと同意犠だ。


「……行こう、何とかなる。メガネってのは、印象をがらりと変えることができるんだ!」


 某国民的アニメのテロップが流れそうなポーズを決めながら、ぬるは黒縁のメガネを取り出す。メガネの耳掛けには、何やら文字が刻まれている。当然度は入っていない。伊達メガネだ。これでいろいろ買えそう。


「私も行きます、マスター」

「だめです」

「嫌です! 嫌なことは言わなきゃですよね!?」


 どうしても行きたいと、熱心に頼んでくるフリート。ぬるは安全を考えてこれを拒否するが、ヘンなことをさっき吹き込んだせいでフリートがぬるを論破しにかかる。ある意味勝利の女神であるルミナはこういう時、いつも静かに笑っている。雨にも風にも負けろ。


「……わかった。でも、俺から離れるなよ。守れないし助けられない」

「やった! ありがとうございます、マスター!」

「よかったですね、フリート」


 嬉しそうに布団の上で飛び跳ねている大の大人(に見える)に苦笑いをしながら、ぬるは部屋を出ていった。



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