第12話 お金がない!?

「すごーい! ココが町なんですか!? 広いですね!」

「お、おう。よかったな」


子供のように飛び跳ねるフリートと、それを引き留めようとしているルミナの後ろを歩く。手を頭の後ろで組み、それとなく周囲を警戒している。

メガネの力は偉大で、誰にも声をかけられなくなった。何度か兵士の前を通り過ぎたが呼び止められることもなかったので、大成功だ。


「そういえばぬるさん、調子に乗って来たからには、お金があるんですよね?」

「……あ!」


すっかり忘れていた。この世界の通貨は一銭たりとも持っていないことを。組合に行き、なにか依頼を受けてお金を稼がないと。その旨をフリートたちに伝え、ぬるは組合に直行する。フリートはよくわかってなさそうだったがルミナはそれを聞いた瞬間、あきれた顔をして「アホですか?」と毒を吐かれた。きつい。


組合のドアを開けて中に入る。今日の受付嬢は、登録してくれた子ではないようだ。その子に軽く目を合わせると、カウンターまで向かう。


「どうも。依頼ってどうやって受ければいいんですか?」

「ああ、新規の方ですね? 依頼はこの本にすべて書かれています。一日ごとに更新されますね。そして、冒険者には階級があります。銅、銀、金、白金の4つがあり、新規の人は銅からのスタートです。では、どうぞ」


と言われ、辞書のような厚さの本を渡される。それをペラペラとめくると、ある依頼に目が留まった。畑や森に現れては作物を食い荒らす『キングビースト』と呼ばれる獣を退治してほしいという内容だ。これならできそうだ、とこの依頼を見せると受付嬢はぬるの顔をまじまじと見つめた。


「今日はサービスですよ、私でなければ4人じゃないので拒否されるんですからね? でも二人いますよね? あの女の人が」

「もちろんいるよ。本当に申し訳ない、ありがとう!」 


なんと、二人でも行かせてもらえるようにサービスしてもらえたのだ。

何度も頭を下げながら依頼を受け、組合から出ていく。その様子を見る彼女は、少し微笑んだ。


「あなたのおかげで逃げる事が出来た、魔王に嫁に取られなくて済んだのだから……『誰かの為の勇者』さん……」


その後、依頼を出した畑の持ち主の家まで向かった。組合のある街の郊外にある森に、そいつは出るらしい。

森とその周囲の畑の管理人であるお爺さんの話を聞く。ちなみにフリートはルミナと一緒に後ろのほうで待機してもらっている。


「あなたが冒険者の方ですか? よろしければお名前を……」

「俺? 悪いけどあんまり名前を明かしたくないんだ。だから……そうだな、俺のことは『マケン』さんとでも呼んでくれ」


マケンさんとは、最近聞いた自分の呼び方だ。見えなくなったり分身する剣を操ることにちなんだ異名、『魔剣使い』からきている。ほかにも人によってはいろいろ呼ばれているらしいので、実際のところはよくわからないのだが。そのお爺さんは、偽名であることも理解しつつ了承してくれた。そして本題に入った。


「対象はキングビースト、巨大な猪です。雑食なので何でも見境なく食べてしまい、私たちの畑にまで手を出してくる始末なんです。奴は今、この森を住処にしていまして。倒すなら今かと思い、依頼を出したのです」

「猪? だったら狩った後は食べれるな……」


生前は獣害の多い地域に住んでいたので、そういった理由で狩猟されたシカや猪の肉を食べることもあった。猪の肉は香味野菜などで臭みを抜くなりすればおいしく食べられることを知っている。最近まともなご飯にありつけていないぬるからすればごちそうだ。しかし問題は、この森がなかなか広いことだ。討伐できても森から出れなければ意味がない。


「待ち伏せしますか?」

「待ち伏せしようぜ」


フリートとぬるが同時に口を開く。ルミナも言いたかったらしく、金魚のように口をパクパクさせている。それを軽くスルーしながら、お爺さんに一つ、頼み事をする。


「その丸太、一本いただけないでしょうか?」

「丸太ですか? ええ、かまいませんよ。何に使うんですか?」

「少し手を加えます」


庭の周りには数本の丸太が転がっている。その中から、少し短めの丸太に手をかざす。


<null>wood.Gun


丸太が戦闘機の時のように震えると、ばらけたり縮んだりを繰り返し、一丁のスナイパーライフルに変化した。銃弾はもちろん、自分の魔力だ。そして、この銃には、ある改良が施されている。


「さて、行くか」


――――


キングビーストは、ただ本当に大きな猪というだけで、眉間に一発撃ちこんだだけで動かなくなった。何かしてくると思っていたぬるたちは期待外れでかなり悲しくなった。そして解体タイム。ぬるは苦手だができないわけではないので、できるだけ内臓を見ないように解体していく。解体した肉に、フリートが手を近づけると、肉が黒い球体に吸い込まれるようにして消えた。


「何今の?」

「私の能力です。なんでも吸い込み、吐き出せるんですよ」

「ブラックホールとホワイトホールのようなものか」


彼女もまた、めちゃくちゃな能力を持っているようだ。それに驚きながら、ぬるたちは帰還する。迎えてくれたお爺さんは、こんな短時間で倒してしまったことに驚いた。そしてぬるは、手土産に持ってきたあるものを渡した。


「ああ、そうだ。これどうぞ。キングビーストの腹の肉です。汁物にでもしてください」

「解体まで!? そんなにして頂けるなんて……光栄の至りです。感謝します」


ぬるが体を引くまもなく手を取られ、上下にブンブン振られる。そのあと、馬車で町の近くまで送ってくれるそうなのでご厚意にあずかり、帰路を楽しんだ。刀の代わりに近代的なライフルを持っているので町では浮きそうだな、と思いながら馬車から降りる。礼を述べると、馬車は踵を返して荷車を揺らしながら道の向こうに消えていった。その足で組合に向かう。今は、前回と同じ夕暮れ時だ。朝に行き、昼に討伐し、夕方に帰ってくるという完全な日帰り状態だ。


組合に寄り、キングビースト討伐の報告と、少しの肉を土産にカウンターに置いていき、報酬金をもらう。金額は……金貨7枚と銅貨15枚。大金だ。ちなみに家は最低価格で金貨15枚と銀貨20枚で買える。当面はお金に困らないだろう。どちらにせよ、あまり使うこともないだろうが貯蓄して困ることはない。それに食糧も確保でき、本来なら金貨1枚分は使ってしまうはずの食費も浮いた。初回にしてはとんでもない成果と言える。


「やったぜ! これでいろいろ買える……んだよな?」

「大丈夫です、この額なら二か月遊んでも足りますよ。安いかどうかは私が知っているので頼ってく・だ・さ・い・ね」

「は、はい」


最近いい所を見せられてないからなのか、やたらとヒロインをアピールしてくるルミナ。しかもかなりぬるを威圧するので毎回尻に敷かれそうになっているのもまた事実だ。女の子にはとても弱い。スキルのどこかに『女性耐性弱体』とかありそうで怖い。

買い物を終え、ニコニコしながら町を出ようとすると、いやな光景に出くわした。年は10歳も行ってないだろう。その子を取り囲んで何かしている同世代の子供たち。明らかにいじめだ。昔見た、不快な記憶がよみがえる。ぬるは少し大股に、その空き地に向かって歩き出す。フリートがぬるの服を引っ張るが、それに気づかないように向かう。


「おい、何してんだ。嫌がってんだろ。お前らも同じ事されたら楽しいか、考えてみろ」

「なんだよ! あんたには関係ないだろ!」


そうだそうだ、と一緒になって騒ぐ子供たち。真ん中にいた子は涙ぐんでいる。それを見た瞬間、大人げないといった理性は消えた。


「自分がやられて嫌なことは人にやっちゃダメだって教えてやるよ」

「ヒッ!!」


ぬるは目を閉じる。少しすると、いじめっ子たちが叫びながら逃げていく。黒いオーラがそれを追うように流れていくが、ぬるが目を開けると同時に消え去る。うずくまっていた子は涙にぬれた顔を上げる。


「大丈夫か? 悪ガキは懲らしめたからな。もうなんもしない」


彼は少ししゃくりあげると頷く。ぬるはルミナたちのほうを振り返ると、手招きをする。買い物袋を持ったフリートがいそいそとぬるの横に来る。ぬるはその袋からトマトを取り出すと、その子に手渡す。


「食べながら帰りな。すっぱいものは元気が出るぞ。……いじめられねぇように、強くなるんだぞ」

「……うん」


がんばれよ、と言うとぬるは立ち上がってルミナたちのもとに行く。フリートはぬるが子供を殺してしまうのではないかと危惧していたようだが、ルミナは笑うとこう言った。


「やっぱりあなたは優しい方ですね、ぬるさん」

「いやなことを思い出しただけだよ。こんなことを俺がして良い立場じゃないんだろうがな……」


最後にそう付け加えると、まだ遊びたいと駄々をこねるフリートを引っ張りながら町を後にした。



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