第10話 大事故発生

組合の射撃場で盛大に失敗し、すっかり意気消沈して帰るぬると、それを慰めながら歩くルミナ。二人が歩いていると前方から数人の兵士らしき人物が歩いてきた。こんな夕暮れに何をしているのだろうと思ったら、向こうの兵士たちがこちらをチラチラと見ながら何やら会話している。かなり距離があるので陰口なのかさっぱりわからない。しかし、そういう風に何かおかしなものを見るように話されるのは不愉快だ。意気消沈し、かなり機嫌が悪かったのも怒りに拍車をかけた。


「陰口か? なにかあるならはっきりと言えよ」

「……その日本刀、特徴と合致する。これより貴様を救国の勇者及びそのパーティの壊滅という罪状を持つとみなし、この場で確保する!」



「……何?」


振り向きざまに一人がそういうと、捕らえろ! の一声でどこから出てきたのか、数十人の兵士たちがぬるとルミナを取り囲む。しかしぬるには記憶がさっぱり抜け落ちていて、なんでこんな攻撃されそうになっているのかわからない。


「なんだよ!? やるならやっぞ! 正当防衛だからな」

「ぬるさん、これはやるしかないのでは?」

「待て!」


兵士達の奥から野太い一喝が響き渡る。すると兵士達は両脇にはけ、道を作る。奥から歩いてきたのは、無精髭が特徴的な20代半ばの男だ。目の周りに傷があり、体はガッチリとしている。男はぬるの前まで来ると、口を開いた。


「部下達が急に失礼した。俺は兵士長のラヴェル。ラヴェル・ガンダーセフルだ。君には救国の勇者であるシューバリエ……シュウと呼ばれている彼と、そのパーティを壊滅させ国家に対して危険性を示した事で今こうなってるんだ。それに対して申し開きはあるか?」


それに対してぬるは困惑しながら返す。


「俺、記憶が全くないんだ。モンスターの雄叫びを聞いて、魔王っぽい奴を倒したら後ろから光る剣を持った奴に襲われて、死にかけた所までは覚えてるんだけど、そこからは全く」

「なるほど。君の言い分はよくわかった。しかし彼が言うには、『自分が来た時には長い剣を持ち、仮面を被った男が魔王の右腕であるベルゼバレルを殺しており、振り向いたら「次はお前だ」と言われて襲われた。能力もスキルも全く通用しなく、いつも助けてくれたメルトを殺されてしまった。ラニとエルニ重傷だし、自分も生まれて初めて殺されと確信した』と言っているのだが?」


でも死んでないんだろ? というのは屁理屈だろう。まあ、被害者と容疑者で証言が食い違うのはよくある話だ。


「それで? 俺はどうなるんだ」

「まずは確保。その後は王に一任される。活かすも殺すも王次第ってことだ」

「じゃあ嫌だ。抵抗するぞ、コレで」


ぬるは即答すると、刀を少し揺らす。それを見たラヴェルはニヤつくと、近くの兵士から剣を受け取り、構えをとる。よほど自信があるのか、剣を上段に構えている。


「どうした? 抜かないのか?」

「秘剣・左連乱斬」


居合抜きと同時に切っ先が左に動く。ラヴェルの体は完全に左に向いていて、右の腕から腰にかけてお留守だ。三発目の斬撃を繰り出す瞬間に体をひねり、右から真っ直ぐに刀を下ろす。


「な……何ィ!? 剣が分裂しただと!?」


刀はラヴェルを切り裂く。鎧がバターのように真っ二つだ。ラヴェルはよろけ、倒れ込む。それを見下ろしながらぬるはこういった。この瞬間にも、黒いオーラが発生しており、外道の圧殺は所有者の感情の高ぶりに応じて発動するようだ。


「生かしてやるよ、そのシューバリエと同じようにな」


これで覚えていないは嘘と思われてしまうだろうが、この発言をすることによって本気で潰そうとした訳では無いことを示した。それを証明する人間として、兵士長ラヴェルを敢えて生かしたのもとっさにしてはファインプレーだと思う。ぬるは兵士に一瞥をくれると屋根に飛び乗る。脇に退いていたルミナがぬるの隣に影法師のように現れる。


「帰りましょうか」

「おう」


屋根を走り抜け、夜の闇に消えていく二人。この事件の後、ぬるの名称は『仮面の男』ではなく『魔剣使い』として人々に記憶される。また、別の名称でも呼ばれることになるがそれはまた別の話だ。


ダンジョンに帰宅すると、よほど疲れたのか真っ先に布団に入ろうとする。ルミナが風呂はどうするんですか? と聞いてくるが聞く耳を持たない。なにかわけのわからない言葉を吐きながら布団をめくる。しかしそこには先客がいた。


「………?」

「……?」


あまりの驚きで言葉も出ない。頭の中が秒で「?」に埋め尽くされる。布団の上には青い目に金髪ショート、左頬に赤い線が二本入っている美女がこちらを見ていた。向こうも「?」で埋め尽くされているようで、謎の空間がここには出来上がっていた。


「……誰ですか?」

「誰?」

「あなたこそ誰ですか?」


三人は同時に同じニュアンスの言葉を発する。さらに気まずい沈黙が訪れた。10分ほど三人はそのままの格好で沈黙し続けたが、とにかく何かアクションしないと、と思ったぬるが沈黙を破る。


「俺はnull……ぬるっていう。こっちは俺のスキルに呼応したのルミナだ。まずは君の名前と、種族と、なぜここにいるのかを教えてくれない?」

「ああわ……わたひ……私は……フリート・アナムネシスと言います……種族はありません。私はこの場所の力を受け、作り出された存在だからです」


最後の方はしっかりとした言葉になった。言っていることを整理すると、おそらく彼女こそがこのダンジョンの正当な支配者であり管理人だ。もしかしたら、ぬるがやりたい放題改変したからダンジョンが最後の抵抗としてフリートを作り出したとも考えられる。


「あ、私はあなた方に危害を加えることはありません。このダンジョンを攻略したのはあなたですから、私はあなたに従う様に設定されています。少なくとも私はそうするべきと記憶しています」


ぬるの心配は杞憂だった様だ。それはとても喜ばしい事ではあるのだが、男ひとりに女二人はとても怖い。何が怖いって、夜這いされないか、朝起きたら事後になっていないか、変なこと言って嫌われないか……!!


「ぬるさん、大丈夫ですよ。私は知ってますし、もうしないでしょ? あなたは中学生の頃家に帰ってきて最初にすることは手を洗うことではなくティッシュを手に取り……」


「おおおおおおおっとォ!? 手が滑ったァ!!」


指2本がルミナの顔面に飛んでいく。それを優しくキャッチするとルミナはもう1度、「知ってますよ?」とダメ押しし、さらに「やりませんよね?」と付け足す。それを不思議そうに見守るフリートだっだが、ぬるが縮こまっている姿を見ると、ふわっと笑った。


「何をやるのかは知りませんが、楽しい方達ですね。私、好きですよ」

「え、好き?」

「ぬるさんの事じゃないですよ」


「好き」と言う言葉に反応した18歳思春期終盤のぬるに、冷静に事実を突きつける。ぬるは脱力すると布団に倒れ込む。フリートが肩を掴むと、枕まで引っ張ってくれる。もう一度布団をかけ直すと、フリートはぬるの隣で寝息を立て始める。倒れただけでまだ起きているぬるは、それはもう大変な焦りようで、ルミナに助けを求めてもぞもぞ動く。ルミナはニヤニヤすると、ぬるの隣に寝転ぶ。


「うわっ、なんの冗談だ」

「一緒に寝ますよ。その子が何もしないと限りませんので」

「た、助けてくれないんですか?」

「私も便乗できたので彼女には感謝しないと」


神も仏もねぇな。そう思ったぬるは覚悟を決めて寝る。明日からはしばらくダンジョンの改造と能力がスキルにも使えるかのテストをしたい、などと考えながら眠りについた。以外にも興奮などはせず、何度かどちらかの腹を叩いた感触を感じながら爆睡した。


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