第9話 組合登録?

「うーん……図面を引くのは何年ぶりだったか、ほとんど忘れちまってるよ……」


死にそうな顔をしてうんうんと唸っているぬるを横目で見ながら、ルミナが提案する。


「一度上に戻って、仲間を探してみるってのはどうですか? 一人よりも二人、二人よりも三人って言いますし」

「まぁそうなんだけどさ……俺のやりたいことに賛成してくれる人はいないと思うぞ?」


勇者も魔王も撃破する、そんな狂気じみた考えの奴、自分なら絶対に関わりたくない。とはいえ、一度街に行ってお金を工面しなければまずいだろう。服だって変えたいし、武器のデータなども取りたい。その『データ』に付随して、改悪能力について分かったことと言えば


①『自分が知っている物』以外に変化させることはできない

②一度変化させたものは戻すことはできても別のものに変化させることはできない

③『変化元と変化先の質量がほとんど同じ』でなければ機能しないハリボテになる

④変化させた後の物に限り、改造による機能の向上は可能である


特に③は、上二つのデメリットを得てしまうため、言うなれば改悪の劣化版という大変笑えないジャンクアイテム、かのハンティングアクションでは「燃えないゴミ」と示されるアレになってしまうと言う事だ。実はダンジョン攻略後にソファでやらかしており、その時は試しにルミナが座った途端真っ二つに折れてしまったのだ。ちょっと面白かったが、ルミナの顔を見た瞬間に面白さは鳴りを潜め、恐怖に支配された。


そんなことがありその話はルミナに禁句だが、とにかく失敗するとそうなると証明されている。そのため、しっかりとした設計と生前暮らしていた世界における本物の『改悪品』にならないような調整が必要なのだ。


「そうだな、そろそろ暗いのも湿っているのも嫌になってきた。外に出るか。ついでに炭を貰えたら良いけど」

「炭ですか?」

「うん。吸湿性と脱臭性に優れている。ここは湿ってるし、かなりかび臭い。こんなところにずっといたら肺炎になって死んじまう」

「あれ? 生前は小児ガンでしたよね?」

「そうだよ。でも俺の隣の病室のおっちゃんが肺炎だった。本当にヤバイ病気なんだよ、あれ」

「みたいですね。ぬるさんの顔から伝わってきますよ、怖さが」


そんな思い出話をしながら上に向かう。二階層の本殿に軽く手を合わせると、本殿の前の壁に手を当てる。すると、二階層全体の松明に火が灯り、明るくなる。その後、ジャンプして一回層を飛び越え、ダンジョンの頂点に立つ。あとからルミナもついてくる。ダンジョンの位置は町から少し離れている。移動できるという特徴のあるこのダンジョンだが、下手に動かすと大量の冒険者に目を付けられかねない。当分はこの位置のままでいよう、というのが二人で一致した結論だ。


「まだ昼過ぎだな。あそこだと暗くて時間の感覚がズレちまうよ」

「ダンジョンを早く完成させて、旅に出たいところですね」

「そのためにも、やはり仲間は必要かぁ……作れたら手っ取り早いんだけど」

「人体錬成は禁止ですよ」

「するわけないだろ、第一そんな魔法は持ち合わせてないんだ。俺にあるのは改悪する力とチートを破る力なんでな」


いつものごとく対空砲に留守番を任せ、町に赴く。ぬるのスピードは体感でスポーツカーと同じくらいで、異世界に来た時に強化されたようだ。ルミナは相棒とはいえスキルそのものなので、ぬるのスピードに合わせてついてくる。


一週間ぶりに町に着いた。奥に見える角ばった大きな建物が冒険者たちに依頼の斡旋を行う『冒険者協同組合』、いわゆるギルドだ。かなり億劫だったが、勇気を出して登録だけでもやっておこうと思ったのだ。異世界ラノベでは大体酔っ払いやら自分を格上だと思い込んでいるバカがちょっかいをかけ、それを撃退するという形が多いのだが、この世界ではどうだろうか。


気軽な調子を装って組合のドアを開ける。思いのほか周りの視線は向かなかった。日本刀を持っているのに見られないと言う事は、気が付いていないのか興味がないのか。どちらにせよやりやすいことに変わりはないので、カウンターまでまっすぐ歩いていく。受付嬢がこちらを見ると、「何か?」みたいな顔をする。ぬるは少し早足になるとカウンターの前に立つ。


「初めまして、俺はぬるって言います。冒険者を目指しているんですけど、どうしたらいいんですか?」

「新規冒険者希望の方ですね? 少々お待ちください、『試験』の準備をしますので」


そういえば、何かしらのテストを行うみたいなことは聞いた。対人戦だと首を落とさないようにどう手加減をするか、それに重きを置いてしまうので人外だとうれしい。


「おい兄ちゃん、冒険者希望か? 俺が受けた試験は制限時間内にどれだけ薪を割れるかだったぞ。参考にしな」

「薪? ……ありがとうございます、助かります」


後ろのほうから、昼過ぎだというのに赤ら顔の恰幅の良い中年が声をかけてくる。ケンカかと思ったらアドバイスで少し拍子抜けしたが、とてもうれしいアドバイスだった。


「準備ができましたので、こちらへどうぞ」


カウンターの裏に入っていく受付嬢に付いて行く。すこし薄暗い廊下を歩くと、射撃場のような場所に出た。50mほど離れた所に的がいくつか配置されており、かなり大きな和弓が二つ置いてあった。


「この弓は、魔力を込めることで矢を発射します。弾速は魔力の強さを、命中率は本人の精密動作をそれぞれテストします」

「なるほど! すげぇ合理的なテストだ! しかし弓は得意じゃないんだよなぁ……」


隣では、ルミナも弓の構え方などをレクチャーされている。真面目な顔で聞いているルミナと違って少しへらへらし過ぎているようにも感じた。気持ち悪いノリはさておいて、ぬるは弓に矢をつがえる。射法八節のうち、大三から引き分けのあたりで力いっぱい魔力だか何だかわからないが、力をこめる。


――矢が黒い光を放ちながら変形した。矢じりの部分は返しがさらに巨大化し、「矢」というよりは「ミサイル」のような形になった。しかし軽いままなのでミサイルそのものではなく、③の条件を満たしたハリボテのハズだ。


「ふっ!!」


矢を放つ。しっかり残身までを行った。矢はまっすぐ的に向かう。あと3、2、1……着弾。矢が的に刺さった瞬間、射撃場が大爆発を起こす。すさまじい地響きと爆音でぬる自身も前が見えなくなる。


「うおお!?」


煙がやっと晴れた。射撃場は酷い有様になってしまっていた。的は一つ残らず消し飛び、もともと平坦だった地面はひび割れて小さい山のように盛り上がっている。ルミナは「またやったか」みたいな顔をしていたが、ぬると初対面の受付嬢は腰が抜けたようで、へたり込んでいる。ぬる自身もどうしてこの形になったのかわからない。というより何も考えていなかったので、こんなことになるとは思わなかった。


「何事だ!? うわっ! なんでこんなことに!?」

「お前がやったのか!?」

「は、はい」


すごい剣幕で数人の人たちが飛び込んできた。流石にビビった。すると、後ろのほうで物音がした。何とか落ち着きを取り戻した受付嬢が立ち上がるところだった。立ち上がると、少し震えた声で結果を伝える。この状況でも結果を伝えてくれるのか。


「えーと……ちょっと待ってください」


やっぱり落ち着いてないじゃないか。ぬるは内心そう思いながら判定を待った。


「結論から言うと、不合格です。ここまでの破壊力を持つあなたは、組合に反旗を翻されたときに抑え込むことができないからです……ですが」

「ですが?」

「必ず4人でパーティを組むという前提を厳守してください、それであれば認めてもらえるよう組合長に掛け合います。もう一人の方はあなたを止められますか?」

「ええ、もちろん」


ルミナが自信満々の笑みを浮かべるとそういった。受付嬢はすこし頷くと、表のカウンターにぱたぱたと戻っていった。周りに集まってきた冒険者たちも、一応収まったと言う事で戻っていく。ぬるも肩身がかなり狭くなったが、後ろからこっそりと付いて行き、カウンターから出ると受付嬢に声をかけられる。


「一応冒険者として登録はしますが、さっき言ったことを守ってくださいね?」

「わかった、わかってます」


ぬるはめんどくさそうに答えると、ルミナと連れ立って集会所を出ていった。


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