第17話 本気の復興なら首都移転

東日本の復興策について安倍総理は「東北の復興なくして日本の再生なし」と明言している。震災当時、総理大臣だった野田佳彦氏も常々「東北の復興なくして日本の復興なし」と語っていた。民主党(現民進党)を相当意識し、批判する安倍総理の発言にしては珍しいとは思うが、所詮は官僚のお手製による“霞ヶ関文学”なのだろう。しかし、被災者を励ます宣言の本気度はどれほどのものだろうか。ただのキャッチフレーズに終始するのでは意味がないばかりか、被災住民を失望させるだけだ。

広海の兄の渚は言う。

「安倍総理はさ、事あるごとに『東北の復興なくして日本の再生なし』って呪文みたいに繰り返すけど、具体的に何をどうするつもりなのかは明言していないんだよね。アバウトな言い方ばっかりで。実際、被災地では津波の恐れのある沿岸部の住宅地に替わる高台移転のための工事や、津波の被害を食い止めるための巨大な防潮堤の建設とか、ライフラインの整備が進められている。でも、それってどうなのって最近思うんだよね」

「どういう意味?」

陸地から海が見えない要塞のように巨大な防潮堤の建設は、地元では反対の声も多い。閑散と荒れ果てた土地を行き交うトラックや宅地を整備する重機の数々-。人影の見えない光景が広がる被災地の様子は広海もテレビで知っている。

「そうした公共工事って、すっごく目につきやすいと思うんだ。誰の目にも分り易い。でも、一方で発生から5年も経っているのに未だに狭いプレハブの仮設住宅暮らしを余儀なくされている被災者も多いわけでさ」

被災地の復興の様子や転々と避難生活を送る被災者の動向などは、定期的にメディアに取り上げられる。月日が経つにつれ少しずつ進んでいるとはいうものの、とても順調なペースとは言い難い。

「住み慣れた故郷を離れ、全国各地で避難生活を送っている被災者がまだ2万人以上いるんだよね」

と幹太。新聞記事で読んだばかりの数字だ。

「そして間もなくブラジルのリオ・デ・ジャネイロでオリンピックが開かれる。マスコミが日本人選手のメダルの数に一喜一憂するのは目に見えているし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックもいよいよ射程圏内っていうか、否が応でも準備が本格化してくるわけだよね。メイン会場の設計やエンブレムのデザインなんかで揉めてる場合じゃなくってさ。そうなるとどうなると思う」

広海から愛香、幹太、千穂へ-。ゆっくり視線を送る渚。

「政府やマスコミの関心は、被災地の復興からオリ・パラにシフトされるってことか。参院選経由で」

恭一の言葉を聞きながら、幹太は熱しやすくて冷めやすいマスコミのことを想像していた。

「そういうことです。実際、既にオリンピック・パラリンピック関連の公共工事のために、被災3県の公共工事の人員が削減されていることも指摘されています。工事の作業員が東北からオリ・パラ関連工事のために首都圏に移動し始めたんです。結果、復旧工事の費用が割高になるとか、マイナスの影響も出始めています」

被災地で支援活動を続けている渚には、新聞やテレビが伝えきれない肌感覚の変化が分る。渚が憂う現実に大きく頷いた千穂が話題を変えた。

「政府は今、地方創生の動きの中で、首都機能の地方移転を進めようとしているわよね」

「霞ヶ関の官僚は乗り気じゃないみたいって、ウチの親が言ってたわよ」

と愛香。

「文化庁は京都。消費者庁は徳島、特許庁は大阪だっけ、長野だっけ」

耕作は候補になっている都市や立候補している都市と省庁を列挙した。

「消費者庁とか実際に移転の実験しているんだよね」

「実験は所詮、実験でしかない。実際にどうなるかは分らない」

移転が可能かどうか、期間を定めて実際の業務の試行をしているのだが、何しろ判断をするのは当事者たちだ。国会議員に関わる法律を作るのが、当の国会議員であるのと同じで何ともスッキリしない。裁判官のような第三者とは到底言えないのだから。いろんな思惑に左右されるに違いない。渚は醒めていた。

「俺にはその切り売りするような発想が理解できないな。エコヒイキなく公平にっていうか、当たり障りなく不平不満が出ないように表面的にバランスを取ろうっていう小市民的な発想だね、所詮」

若者の発言を聞いていた恭一もまた、地方移転のための実証実験なんか経費のムダだ。長期の観光旅行に等しい。国内の県庁所在地で、インフラ的に業務に支障が出る都市などあり得ない。第一、各都市に多くの省庁をバラバラにするのは不公平感は防げるとしても、機能的であるはずがない。恭一は、実証実験なんか信用していない。この場合、信用しないというのは移転はしないとほぼ同義だ。

「そんなちまちました移転じゃなくて、私だったら、思い切って首都移転ね」

恭一の言葉を待っていたように、千穂は省庁の切り売りではない“大本営”の地方移転を提案した。

「首都移転って、東京からどこか地方に首都を移すってこと?」

素っ頓狂な声を上げたのは愛香だ。

「そんなビックリすることじゃないわ。今の東京を丸ごとどこかに移すっていうなら結構大変だけど、政府が考えている省庁の地方移転なんて、政治行政の一部の中心的機能を移すだけよ。思ってるほど大規模じゃないわよ」

新聞社勤務の父親とも議論している。千穂の言葉には自信さえ感じられた。

「実際、何年か前に真面目に検討されたこともあったわけだから、目新しい議論でもない」

恭一も千穂の考えを支持する。

「じゃぁ、移転先はどこになるわけ?」

広海の問いに反応したのは、兄の渚だ。

「俺が決めるわけじゃないけど、できれば東北地方がいいな。東北で現実的なのは仙台市、宮城県の。既に地下鉄や国際空港も敷設されているし、国道をはじめとする道路網もある程度は整っているから交通インフラをゼロから整備する必要がない。地震はいつ、どこで起きるか分らないから何とも言えないけれど、東日本大震災でも市内の中心部は大きな被害は出なかったしね」

実際、いくつかの被災地でボランティア活動を経験している渚は東北の首都候補ナンバーワン都市に仙台市を挙げた。

「大阪とか、名古屋じゃダメなの? 福岡とか札幌だって仙台より大きいし、地下鉄だって大きな空港だって近くにあるでしょ」

愛香は茨城県より北に行ったことがない。茨城といっても家族旅行で梅のシーズンに水戸の諧楽園と袋田の滝を訪れただけだ。家では笠間焼のティー・カップを使っている。正確に言うと、北海道にも行ったことはある。雪まつりの札幌と世界三大夜景で知られる函館だ。しかし、飛行機で東北を飛び越えたために、東北地方の印象がないのだ。漠然と、日本を代表する稲作地帯という程度だ。

「考え方次第よね。大阪、名古屋は経済規模とかで見れば現在の国内第2位、第3位の都市だから移転となれば当然、大きな候補には違いないわよね。福岡や札幌だって確かに候補のひとつだと思う。でも、日本列島全体を地理的に考えると、福岡は西に寄り過ぎ。札幌は北に寄り過ぎでバランスが悪そう。俯瞰して見た時、西のギリギリは広島までで、北のギリギリが仙台なんじゃないかしら」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る