第18話 首都移転の候補地は?

都市のメリット、デメリットを列挙して千穂が品定めをするように言う。

「福岡と札幌は、当たり前だけど本州と陸続きでないところがマイナスポイントなんだろうね。大阪や名古屋は都市自体が大き過ぎてさ、新しい首都って感じがしないんじゃないかな。例えば首都移転に伴う経済効果とかあんまり期待できないっていうかさ。東京の一極集中を大阪や名古屋に移動するだけ、みたいな。地理的なバランスで考えると日本海側の新潟や金沢は丁度良いかも。新幹線も通っているし。冬の気候が結構マイナスポイントかもしれないけど」

広海も千穂の意見を補足しながら、新しい候補に日本海側の代表的な都市を付け足した。確かに皆の意見は、太平洋側の大きな都市に偏っていた観があった。

「新潟と金沢か。魚も美味いし、ご飯も旨いよね。あと日本酒も」

新しい候補都市に幹太が妄想を膨らませている。

「それは関係ないつーの。大体、まだお酒は飲めない年齢でしょ」

広海の一言で一気に場が和んだ。

「マスターはどう思いますか?」

愛香がカウンターの中にいる恭一にバトンタッチ。

「みんなの挙げた候補はどれも現実的というか、選択肢としては無難なところだろうと思う。それぞれの理由も含めてね。俺が挙げるなら広島か、仙台。都市の規模的にも、地理的にもね。世界で最も知名度の高い戦争による被爆都市か、東日本大震災という未曾有の大災害の中心都市かという二者択一。震災だけで言えば、福島も候補に挙げても良いんだが、福島市は海に面していないんだよな。陸路や空路ももちろん大切だけど、海路の拠点も必要だよな、やっぱり大きな港は必要だ」

央司が店にあった道路地図を広げて確認している。恭一が東日本大震災後にボランティアで被災地に向かう際に購入したものだった。

「渚、おまえはやっぱり仙台が第一候補か?」

恭一が渚に振った。

「こだわってるわけじゃないんです。被災地ならどこでも良かったりはするんだけど、福島市と郡山市、岩手の盛岡市はやっぱり海に面していなくて港がないのがネックかな。いわき市っていう選択肢もなくはないけれど、再開発の効率とかの面で難しいと思うし、消去法で言っても仙台ですかね。確かに広島っていう手もあると思うんですけど」

渚は逡巡しながらも、宮城県の県庁所在地を推した。

「お兄ちゃんは東北に思い入れがあるもんね」

「それだけじゃないと思うな。なぁ、渚」

恭一が再び渚を指名した。

「え、ええ。さっきも話に出たけど、かつて首都移転の構想があった時にも仙台は移転先の有力候補にもなっていたし、みんなが言うように地理的、経済的条件から見ても他の候補地と遜色はないと思う。もし、震災がなかったら俺は広島か神戸を第一候補地に挙げたかもしれない。残念ながら広海が考えるほどの『思い入れ』は持ち合わせていない。『思い入れ』がないって言ったら嘘になるけど、ガチで一国の首都の移転先を選ぶ時に個人的な感情に流されたり、センチメンタルな理由で選ぶ人間じゃないつもりさ。何せ、お前と血のつながった兄なもんで」

央司が吹き出した。愛香が千穂と顔を見合わせて納得の笑みを交わす。

「じゃぁ、どうして?」

広海の問いに対する渚の返答には、迷いがなかった。

「総理が言ったからさ。それも二代続けて。『東北の復興なくして日本の復興なし』って言ったのは震災直後の野田総理。そして、政権交代の後は安倍総理もことある毎に『東北の復興なくして日本の再生なし』って繰り返しているだろ、まるで呪文のように」

「確かに」

相槌を打つ幹太。

「わが国の政治のトップリーダー、最高責任者がこう断言してるんだからさ。どげんかせんといかん」

央司が本気で思っているかどうかは分らない。2万パーセントの確率で冗談だろう。

「それは違う県の知事だった人の言葉でしょ。東国原英夫さんね。2万パーセントは橋下徹さん」

愛香が詰問口調でたしなめるが、もちろん本気で怒っているわけではない。渚は続けた。

「今も当時の記憶がはっきり残っているけど、5年経っても何かが大きく変わったとは思えない。復興のスピードは、1995年の阪神大震災の時と明らかに違う」

「何が原因なんだろう。阪神・神戸の教訓だってあるから、普通は災害の教訓とか生かされて、復興はもっとスピードアップできても良さそうじゃん」

久しぶりの再会で、次第に兄との距離が縮まっていく広海。言葉遣いにも硬さが取れてくる。

「基本的に違うのは、災害の種類と範囲。阪神・淡路の大震災も大きな災害には違いないけど、最も被害が集中した福島、宮城、岩手の3県の沿岸部だけじゃなく、北は青森、南は茨城、千葉まで地盤の液状化も含め、あれだけ広範囲に甚大な被害を及ぼした東日本大震災とは比べものにならない。そして津波。神戸を襲ったのは内陸の直下型地震。ビルや道路は崩れたけれど、大きな津波に飲み込まれた三陸のように街全体が壊滅的なダメージを受けなかった。そしてもうひとつ、都市の規模のと隣接都市の大きさと数もね。少なからず影響があったと思う」

央司から道路地図を引き寄せ、大阪・神戸エリアのページを広げると、恭一が渚の代わりに指で都市をなぞった。

「被害の大きかった神戸は、みんなが知っているように兵庫県の県庁所在地で人口150万を超える政令指定都市だ。もちろん大阪や京都にも近いし、陸路で言えば関西圏から広島、さらに九州の福岡を結ぶ大動脈の要衝とも言える立地だ。さらに神戸港という海運上も重要な役割も担っている。元々、経済、財政的に“体力”のある都市だし、大阪周辺の中核都市の支援を受けやすかったから復興も早かった。それに比べて東北の被災3県の沿岸部はどうだろう」

「海に面しているわけだから、もちろん港は多い。でもほとんどは漁港だ。宮城の気仙沼とか石巻とか南三陸も規模に多少の違いはあってもね。岩手の大船渡とか久慈もそう。そして陸前高田もね。三陸海岸を中心とする周辺地域の産業は漁業とか農業の第一次産業中心で、その次が観光。流行語にもなった『じぇじぇじぇ』の『あまちゃん』も舞台は三陸。知ってるだろう」

と渚。風光明媚ではあるが、東北新幹線の沿線からも離れ東北自動車道に便が良いという立地でもない。暮らしてみると逆にそれが魅力でもあるのだが。

「確かに、神戸と比べたら全然違うわね。状況もイメージも」

三陸の潮風よりも神戸の街並みが似合いそうな千穂が言った。

「政府はどのくらい本気で考えているのかしら。首都移転」

広海は誰にともなく呟いた。

「さあね。ただ、霞ヶ関の官僚の本音は東京から離れたくないんじゃないの」

「政治家だって腹の内は同じさ」

幹太も千穂も政治家や官僚を全面的には信用していない。というか全面的に信用していない。助詞の「は」が入るか入らないかの僅かな違いだが、意味は天と地ほどに大きく異なるから不思議だ。

「首都を移転したら、日本はどうなるかなぁ」

央司が漠然とした不安を口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る