第14話 これじゃ立候補できない
「選挙に必要なお金って、選挙戦が始まる前に公平にしなきゃダメよね。戦国時代の合戦じゃないんだから、単純に兵力、財力にものを言わせるようなやり方は民主主義じゃないと思うわ。しかも現職に有利な資金が税金で公然と賄われているって『法の下の平等』的にも矛盾していない? 理不尽極まりないわ」
納得がいかないのは愛香も同じだ。将棋のタイトル戦で飛車、角行落ちのハンデをつけて対局するような話だと思った。しかも選挙で飛車と角行を落として戦うのはタイトルホルダーの選手権者ではなく挑戦者の方だ。端っから勝負にならない。誰も反対しなかった。
「『政治家を続けるのも楽じゃない』っていう主張はどうだろう」
恭一が次のテーマに移る。
「これも、楽じゃないって言っているのは当の政治家のセンセーですよね。周りの有権者や私たち学生には、政治家の仕事が楽かどうかは分からないわ」
広海が答える。
「ウチの父なんか『サラリーマンは楽じゃない』が口癖。今は、ほぼほぼ専業主婦の母親も『家庭を守る主婦だって楽じゃない』って言い返してるから、どっちが楽じゃないかの判断は難しいけどね」
と愛香。両親の仲の良さが伝わっているエピソードだ。広海は、愛香の家に遊びに行った時の愛香の母親・成子(しげこ)の顔を思い浮かべた。
「これも文面通りに鵜吞みにしちゃいけないんだよ。大体、オレは政治家以外の第三者が同じセリフを言ってる場面を見たことがない。本当はさ、案外楽なんで、保身のために吹聴しているんじゃないの。予防線を張る意味で。誰か他の人に自分のポジションを奪われないように」
幹太の仮説に広海が同調した。
「それ、ナットク。高額な歳費や手当て。破格の安さで入居できる議員宿舎にJRのフリーパスと航空券の超優遇。数え切れない特権に加えて『先生、先生』ってチヤホヤされたら、もう登った木から降りる気なんか、さらさらなくなるわ。何としてもしがみついていたいから、そういうセリフになるのね、きっと」
広海の脳裏に、とぼけた表情で木の幹につかまっているコアラが浮かんでいた。
「オレ思うんだけど、本気で自分の仕事を楽じゃないって思うんだったら、辞めればいいと思うよ。何で辞めないんだろ」
耕作が本気で疑問に感じているわけではない。辞めない理由なんか百も承知だ。
「辞めればいいと思うよ、って何かどっかで聞いたような言い回し…。あっ、思い出した、エヴァだ。エヴァンゲリオン。『笑えばいいと思うよ』。碇シンジが綾波レイに言ったセリフ」
愛香がいうエヴァは、人気アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」。
「食いつくところが違くないか、愛香。“課長”、続けて、続けて」
幹太が先を急ぐ。
「本気で辛いんだったら、続けないで辞めればいいだけ。任期途中で辞めるのは責任感なさ過ぎでダサいんで、不祥事とかなければ勘弁してほしいけど。次の選挙に出馬しなければ、立候補さえしなければ、晴れて念願叶って国会議員を辞めること出来るんだからさ」
これが、クラスの“課長”、志摩耕作の本音だ。
「でも、現実にはそんな政治家はいない。何期も何期も続ける政治家ばっかりだし、自ら辞めるどころか、落選したり不祥事で一度辞職してもゾンビみたいに復活してくる議員が少なくないよね。『禊ぎは終わった』とか言ってさ。これも周りが言うんじゃなくて自分で言うんだ、多くの場合。禊ぎが終わったかどうかは自分で決めることじゃないのにな」
幹太の指摘は的を射ている。恭一は思った。
「自分たちを取り締まる法律さえも、自分たちで作ることが出来る摩訶不思議な立場にいるから、そういうこともおかしいと思わない感覚っていうか体質になってしまうんだよ」
耕作の辛口の主張に膝を叩く有権者も多いはずだ、と広海はった。
「『秘書を雇わなければならない』っていうのも胡散臭いかも」
と愛香。秘書という仕事自体、広海たちにはピンと来ない。デパートや飲食店などの接客や総合職の一般的なサラリーマンと違って、日常生活であまり見かけないのもイメージが沸かないのが原因のひとつだろう。
「秘書ってさ、オレの中では、社長の側にいるスラッとした美人のイメージ。何かちょっと怪しい感じもあったりしてさ」
「テレビの見過ぎでしょ。発想が貧困だし、妄想だけね、人一倍なのは」
広海に一本取られた格好の幹太。
国会議員の秘書は、公設秘書と私設秘書とに分かれる。
公設秘書は法律で議員1人に対し3人まで認められ、雇用も保証されている。国会公務員に準じる扱いで、給与は税金で賄われる。私設秘書は議員が自分の金で何人でも置くことができる。議員本人が常駐することができない選挙区の事務所などで、支援者の窓口を務めたり、議員の代理として地元の祭りやイベントなどに顔を出すのが主な仕事だ。中には数十人も秘書を雇う議員もいるらしい。
「秘書の仕事って、政治家が何か問題を起こした時に、身代わりになって捕まることじゃないの」
「相変わらず手厳しいね。確かに何か疑惑があると、まずは事実関係を否定する。そして追及から逃げ切れなくなると登場するのが議員秘書だね、よくあるケースだ。『秘書がやりました』って。日頃から議員の代理で仕事をしているわけだけど、究極の代役だね」
皮肉では恭一も負けてはいない。
3人まで認められる公設秘書のうち、主に議員が国会に出す法案を考え、国会での質問内容を考えるのが政策秘書だ。今はテレビの影響もあって、国会質問でもフィリップと呼ばれるボードで分かりやすく表や図式を示すことも多いから、資料の作成や準備も含まれるだろう。議員の“右腕”とも言うべき役割を務める。蛇足だが、左利きの議員の場合は“左腕”ということか。事務所によって違いはあるが、後援会関係の仕事、会合や行事への代理出席、事務所の接客や事務、雑用などは、第一秘書と第二秘書の主な仕事になる。そして、秘書の給与については「国会議員の秘書の給与等に関する法律」で細かく規定されている。
「仕事の内容が分かったら、給料も気になるだろう。国会議員に比べると、マスコミでも伝えられることが少ないから分かりにくいけれど、ネットで調べてみたら在職期間や経験などから3つの等級に分けられていて、第一公設秘書は年収ベースで800万円前後。第二公設秘書は同じく500万円強らしい。最も給与の高い政策秘書の場合は、年収1,000万円を超えるケースも少なくないというから、民間と比べても良い待遇だと思う。政策秘書は基本的に、第一種国家公務員試験並みの難易度の高い試験をパスしないと資格を取得できないらしい」
恭一が秘書の給与を調べたのにはワケがあった。それぞれの議員には基本3人の公設秘書がいる。そしてその給与は税金だ。475人の衆議院議員と252人の参議院議員合わせて727人。単純計算で3倍の2,200人弱の公設秘書がいることになる。もし、議員定数を削減できれば、議員定数の3倍の議員秘書も削減できる。そんな部分にも気づいてほしかった。
「難しい試験をパスしないといけないわけね」
「そっちかよ」
政策秘書になる難しさを呟いた広海に対し、耕作は秘書給与を調べた恭一の真意を汲み取っていた。
「センセーが落選したら職を失うリスクはあるけれど、結構いい待遇なわけだよ、議員秘書は。ね、マスター」
「うん。だから現職の国会議員の中には、実際に秘書出身の議員もいるし、現役の秘書の中にも虎視眈々と国会議員を狙っていたり、身内に後継のいない議員の引退後に後釜を考えている秘書も大勢いるんだろうな。禅譲ってヤツさ」
国会周辺に蠢(うごめ)いているであろう人間模様を想像しながら、高額と指摘されることの多い議員歳費に文書通信交通滞在費、税金を財源とする政党交付金と、事実上“二重取り”の形の企業団体献金-。『政治には金がかかる』という議員の主張は信用していないが『政治に金がかかっている』ことだけは事実だ、と恭一は改めて思った。
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