第13話 現職に有利な選挙制度に異議あり!
「耕ちゃんのニックネームの“課長”はともかく、幹ちゃんと広海だけ呼び捨てで、私とか千穂には『ちゃんづけ』なのは何か引っ掛かってたワケよ。逆エコヒイキみたいだし、どこか他人行儀で距離感が違うのね、ビミョーに。前からマジ気になっていたの」
意外にデリケートな愛香の気持ちに、広海と幹太が顔を見合わせて吹き出した。照れ臭そうに頭をかく恭一。少し気恥ずかしさはあるが、愛香のたってのお願いを聞き入れることには同意した。改めて、耕作がディベートの口火を切った。
「『最高より少なくない』って言い切り方には、やっぱり上から目線っていうか傲慢さを感じてしまう。少なくても第三者が法案を作っていたら、こんな文面にはならなかったと思う」
立場上、幹太が賛成の意見を言う。
「でも、議員は一応、国権の最高機関のメンバーでしょ。ある程度厚遇されるのもまあ仕方ないかな、って」
「それはどうかしら。『国権の最高機関』っていうのは立場っていうか役割よね。身分は『公僕』、法律上も公の僕(しもべ)なんだから。待遇も僕で良いとまでは言わないけれど、議員って本来はプライドっていうか情熱や責任感で務める仕事のはずでしょ。国会議員だから最高級の待遇が許されるっていう考えは、考え直す必要があると思うわ。先入観ついでに言えば、『しもべ』っていう漢字は『僕』っていう字よね。つまり男子が普通に使っている『ボク』っていう一人称って、へりくだった言い方だったんだね。調べて勉強になったわ」
と広海。調べるという行為には、時として思わぬ副産物もついてくる。
「そうよね。大体議員って特別職とは言っても、公務員に変わりはないんだから基本的には公僕に変りはない。つまり、国民のために仕事をするわけよね。英語のパブリック・サーヴァント。奉仕者。授業で習ったわ」
愛香は『ボク』には反応せずに、客観的に辞書の意味だけ説明した。補足したのは反対の立場にいる耕作。
「公僕っていうのは、大辞林の第三版では『公衆に奉仕する者。あるべき姿としての、公務員を指す』だし、広辞苑では『公衆に奉仕するの意。公務員などの称』。じゃあ『奉仕』の意味はというと『謹んでつかえること』」
「選挙で必要以上に頭を下げて回って歩く姿は“僕(しもべ)”っぽいけど、当選したら次の選挙までは同一人物とは思えないくらいの上から目線。まるで、下げたくもない頭を下げて回ったストレスを発散するかのようにね。ご本人たちに“僕(しもべ)”の認識は100パーないわね」
広海の描く国会議員像だ。
「今話題のウルグアイの前大統領が言ってたよね。『大統領は国民の代表だから、国民と同じ暮らしをする』ってさ。国民目線っていうかシンパシーを感じるな。政治家の矜持というか潔さ。日本の政治家にも少しは見習ってほしいね」
幹太が言う人物は、ホセ・ムヒカ氏のことだ。現職時代、給与の80パーセント以上を寄付して、自身は月に約千ドルで暮らしていたという。
「ムヒカさんって『世界一貧しい大統領』って言われた人だよね。大量消費社会を批判した国連総会でのスピーチが大きな反響を呼んで、世界各国でニュースになった人」
「私は『人口大国インドの全ての国民が、一般的なドイツ人のように自家用車を持ったら、燃料は足りるのか。CO2の排出量の心配はないのか』って言葉が印象的だったわ。経済発展一辺倒の先進諸外国に警鐘を鳴らしたの。とっても分かりやすい皮肉で。アンデルセン童話の『裸の王様』で詐欺師に騙されて“バカには見えない服”を着ている王様に向かって『王様は裸だ』って言い放った子供を思い出しちゃった。本質を突いた指摘を国際舞台で披露したの。スカッと胸がすくような思いがしたわ。ムヒカ大統領を主人公にした絵本も評判みたい。私はまだ読んでないけれど」
大きな話題になっているだけに、耕作も広海もムヒカ氏について、ある程度の知識は持っていた。
「『裸の王様』って欧米では『王様の新しい服』っていうタイトルなの。日本の翻訳家が『裸の王様』って訳したのね。インパクトあるし、名訳よね。中学生の時に知ってビックリしたわ」
トリビアを披露した愛香が続ける。
「でも、選挙にはお金が掛かるって言うし、政治家を続けていくのも楽じゃないみたい。秘書だって雇わなきゃいけないわけだし。何て言ったっけ。虫刺されの薬みたいな…」
「ムヒか。ウルグアイの大統領はムヒカ。まあ確かに似てるっちゃ似てるけどな」
天然の愛香につきあう幹太。
「ムヒカ前大統領のエピソードは、確かに傾聴に値する内容だと思う。恥ずかしながら、オレもアウトライン程度しかかじっていないから、大きなことは言えない。向学のために絵本を買っておくから、みんなも読んでみるといい」
と前置きした上で、恭一が疑問を投げ掛けた。
「ムヒが出てきた時にはどうなることかと思ったけど、愛香ちゃんのさっきの指摘には議論の価値がありそうだ。『選挙には金がかかる』『政治家を続けるのも楽じゃない』『秘書を雇わなければいけない』。以上の3点。これって聞き流していいんだろうか」
広海がすぐさま反応した。
「『選挙に金がかかる』っていうのは政治家の言い分よね。高額な歳費や政治献金が問題になると決まって出てくる常套句」
政治家の言葉を額面通りには受け止めていない。
「立候補する時には、供託金って三百万円も預けなきゃならない。参院選では五百万円だったかな。一定以上の票を集めれば戻ってくるお金なんだけど、票が少なければ没収される」
耕作が続ける。
「興味本位で候補者が乱立しないための制度なんだけど、現実問題として一般の新人が政党の公認を受けずに立候補するには、相当ハードルが高くなってしまう。それに、広海が言ったように、高額な歳費を正当化する根拠に選挙に金が掛かることを挙げるのは、筋が通らない話」
と幹太。供託金の意味は理解しているが、だからといって本当に必要かどうかについては否定的だ。それに、政党交付金や政治献金を受けることができる上に、文書通信交通滞在費だって“自由自在”に使える現行制度では現職有利は揺るがない。
「だってそうだろ。高額な歳費から生活費を引いて貯蓄に回している分を、次の選挙資金に充てることができるんだったら、政界を志そうとする新人と比べて明らかに有利になる。しかも税金だぜ。圧倒的に現職が有利で、バックボーンのない新人候補にはまず勝ち目がない。『法の下の平等』が聞いて呆れるよ。横綱の白鵬が本場所の15日間、幕下力士を相手にするようなもんじゃね」
「幕下の本場所は7日制だから、横綱の取り組み相手はせめて十両力士にしなきゃいけない。だが、歳費から生活費を引いて貯蓄に回した分を選挙に回すのは論外。これは正しい指摘だ。貯蓄に回す余裕があるのは、歳費が多過ぎる証拠だ。即刻、削減しなきゃいけない」
幹太の発言にひとつひとつ注文をつけた恭一。もちろん本気ではない。本気なのは後半部分だけだ。幹太の言いたいことは良く伝わった。
「不公平で言えば、政党交付金だって同じ。最近はあまり話題になることが減ったみたいだけど昔、自民党内でも派閥が拮抗していた頃は、衆議院が解散されて現職議員が選挙に臨む際には、党から現金が配分されていた。“陣中見舞”としてね。流れ的には今だって一緒だろう」
ひとつの選挙区からひとりの当選者を選ぶ小選挙区制の現在とは違い、ひとつの選挙区から複数の候補者が当選できた中選挙区制時代は、同じ自民党でも派閥同士の戦いがあった。資金力は現在以上に重要だったかもしれない。
「それは重大なルール違反ですよね。有権者の票の価値の大小が問題の一票の格差も深刻だけど、実績や経験、イメージでただでさえ有利な現職が資金的にも新人に対してアドバンテージを持っていたら、公平な選挙にならないわ」
こんなんじゃ、25歳になっても立候補なんてできないじゃない、と広海は思った。
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