第11話 災害報道で優先されるべきもの

「何それ? ネット? ブログ? そんな方法があるんならとっととやればいいじゃないですか」

予想に反して余裕を見せる悠子。広海は探るように矢継ぎ早に問い詰める。

「でもちょっと、というかかなり手間隙かかるのよ」

勿体をつけたような言い方をする悠子に、広海が噛みついた。

「そんなこと言ったって災害って多くの場合、人の命が掛かっているでしょ、それも大勢の」

「まあ、それはその通りなんだけどね」

「で、どんな方法?」

急かされた悠子が説明を始めた。

「今の放送ってデジタル放送でしょ」

「そうね。地デジ。地上デジタル放送」

「みんな、ワンセグ放送って知ってるわよね」

「もちろん知ってるわ。携帯端末とかでも受信できるヤツよね。電波が安定しなかったり、画質が悪いのがチョイ気になるけど」

ワンセグ程度なら機械にあんまり強くない広海でも知っている。

「画質が悪いのには理由があるの。ワンセグっていうのは文字通り1セグ。1セグっていうのは1セグメントのこと。で、セグメントというのはひとつひとつの周波数を作るブロックのようなものでね。テレビのチャンネルも基本的にはラジオや無線の周波数と同じで、決まった周波数が割り当てられているんだけど、地デジのそれぞれのチャンネルは、それぞれ13のセグメントで構成されているの。つまり、ワンセグの13倍ってことね」

悠子がホワイトボードの余白を使って、地デジの仕組みを図で解説した。

「どの局も13のセグメントのうちのひとつをワンセグ用に使っているから基本、通常のテレビ放送は13引く1、つまり12セグメントを使って放送しているってわけ」

「何か専門的ですね」

「つまり家庭で見ているHDと表現される高画質のハイビジョン放送は、ワンセグに対しては12セグ放送ということね。誰もそんな風に呼んでいないけど、敢えて言えば12セグ。でね、画面のサイズが今の16対9の横長になる前の4対3のテレビは、HD放送に対してSD放送って言うんだけど、ハイビジョンに対してスタンダードのS。このSD放送の情報量は何セグ分かと言うと4セグなの」

ボードに長方形を3分割した図と、簡単な割り算が示される。広海は小学生のように確認した。

「デジタル放送が12セグだから、その3分の1っていうことですね」

「ってことは?」

「ってことは、って何よ? 悠子さんの専門分野でしょ、もうじれったいなぁ」

広海の催促を受けて、悠子は考えていた代案を口にした。

「放送局側でハイビジョンのHD放送の代わりに、標準画質のSD放送を選択すれば12割る4イコール3で、3チャンネル分の放送が可能になるの。つまり、同時に内容の異なる3つの番組を流すことができるってこと」

「それって、ひとつのテレビ局が3つの番組を同時に放送できるってことですか?」

広海には今ひとつピンと来ない。

「だから、そう言ってるでしょ」

「だってHDとかSDとか、12セグとか4セグとか面倒臭いんだもん」

二人のやりとりが続く。悠子の言葉から堅苦しさが抜け、広海もタメ口になる。

「いい? 災害放送の時、ひとつの局がメインのAチャンネルで被害状況を伝える普通のニュース番組のような生中継をしながら、サブのBチャンネルで避難場所や開設している医療機関の情報、役所の災害対策だけを流す。更にもう一つのCチャンネルで被災住民の安否情報だけを集中的に提供するってことも可能だっていうこと」

頭の良い姉と出来の悪い妹の会話のようで面白い。

「それって、もしかして災害が3つの県に跨っている時はAチャンネルでX県の情報を、BチャンネルでY県の情報を、Cチャンネルは同様にZ県の情報に特化して流すこともできるってことですか」

広海に代わって質問したのは、黙って説明を聞いていた幹太だ。

「もちろん」

「A、B、C3つのチャンネルの番組を同時に放送できるってわけですね」

「そういうこと。無理に3つじゃなくて、2つでも良いけどね。AがメインチャンネルでBやCはサブチャンネルって呼ぶことが多いかな」

質問が具体的なので、答えも分り易い。

「私それ知ってるわ。メジャーリーグで違うチームに所属する日本人投手の先発する試合が偶然重なった時に、それぞれの試合を同時に放送していたのを観たことがあるの、BSで。確かどっちかをサブチャンネルって呼んでいたような気がしたんだけど」

実際に似たような放送を見たことのある千穂には、悠子の話が腑に落ちた。

「野球の試合みたいにメインチャンネルとサブチャンネル両方動画でなくてもいいわけですよね。交通情報や避難場所開設の案内、安否情報なんかの静止画で画面をいっぱいに使うこともできるから、ワイプで囲ったL字画面の隅に小さく表示する必要もないってことですよね」

飲み込みが早いのは、耕作も同じだ。3チャンネルを使った画面のイメージが出来ている。

「でもそういう技術があるのにどうしてやらないのかしら」

「俺が説明しようか」

広海の疑問に、恭一が立ち上がる。

「一番大きいのは、周りがやっていないから。他の局がやっていないから、SDの選択が正しいかどうかの自信がない。視聴率では負けたくないし、目立ちたい気持ちはあるけど、パターン化された固定観念から抜けられない。前例がないことに決断できないんだ。2つ目はスポンサーの問題。番組には基本、クライアントと呼ばれる広告主がついている。番組内容を変えるためには、多額の広告費を投入してCMを流している企業や団体の了承を取らなければならない」

テレビ局は一般の印象とは異なり保守的だ。新しいことをあまりやりたがらない上に、他局のヒット番組はすぐ真似をする。バラエティ番組でさえ、他局に人気番組や高視聴率番組があると、臆面もなくそっくりの企画を作る。出演するタレントも同じなら進行役の顔ぶれも大体決まっている。パクリの極みと言ってもいいだろう。文壇や画壇など芸術界なら盗作問題に発展しそうだが、番組制作にはその心配もないらしい。番組内容を変更するための手続きも複雑だ。制作担当から局内の営業担当を経由して広告代理店、そして最終的にクライアントである企業の了承を取り付けなければならない。もちろん変更の是非を決定するには、それぞれのセクションの責任者の同意が必要なため、時間がかかるのが一般的だ。恭一に代わって、悠子が補足する。

「3つ目は技術的、人的側面の問題ね。これが一番大きい問題なんだけど。通常のHD放送は番組本編もCM部分も事、前にコンピューターにプログラムを組んで自動で進行しているから、実際の放送中は監視業務程度で負担は少ないの。でもイレギュラーの特番、特別番組で3つのSD番組をやるためには、進行のプログラム情報を書き換えて変更しなければならないの。それが事前に収録されたドラマなんかだったらデータをダウンロードして読み取れば、また自動の運行に戻れるから難しくはないけれど、災害放送の生中継のように刻々と変化する情報に対応するためには生対応になるから、相当神経を使うことになるわね。安否情報ひとつとっても最低、情報を集約する人、パソコンにデータを入力する人、それをチェックする人、オンエアするタイミングを決める人が必要で、基本チャンネルの数の分だけ制作スタッフが必要になるの」

悠子の話がだんだん専門的になる。駅前の路上ライブで会った時の印象とは全く違う悠子がいた。

「突然の生中継が大変なのは何となく分ります。スタッフも通常の何倍か必要なことも。でも、出来なくはないということも分かりました」

と幹太。さらに続けた。

「放送局同士が系列の垣根を越えて協力して取材するというマスターのアイデアも、それぞれの局が3つのチャンネルを使って多くの情報を同時に放送できることも結局のところ、やる気の問題だと思うんです」

幹太の意見に耕作も同調する。

「やっぱり民間企業で一私企業だから結局、『人手はかけられない』って利益を優先するのか、それとも経費は掛かっても被災者や視聴者のために最大限出来る対策を採るのか。二者択一ということなんですよ」

「“課長”。それって、もしかして被災者の人命と会社の利益を天秤にかけるってこと?」

間髪を入れずに広海。言葉に詰まる耕作に代わって千穂が提案する。

「利益優先ってことは、公共性が建て前に終わってしまう可能性もあるってことよね。放送局が自ら対応できないのなら、総務省も電波の停止に言及するんじゃなくて、協力の要請を考えるべきなんじゃないかな。念のため断っておくけど、介入じゃないわよ。高圧的な物言いは国民からも批判されるけど、こういう呼び掛けなら支持されるんじゃないかな」

控え目ではあるが、的確な指摘だ。耕作も異論を唱えなかった。


出来事としての東日本大震災は一応、収束した。しかし、被災者対策は終わってはいない。余震とされる地震も相変わらず続いている。当然ながら“地震大国”ニッポンで、大きな地震は一回起きて終りではない。首都直下型地震が現実となれば、東日本大震災を大きく上回る被害が想定されている。東京に集中するマスコミの機能だって麻痺しないとも限らない。東日本大震災でどれだけ都内の交通網や通信網に大きな影響があったか思い出してほしい。南海トラフも同様だ。太平洋岸の西日本エリアでも大きな津波の懸念は拭えない。被害が複数の府県に及ぶ可能性だって否定できない。その時に、最大限優先されるのは何か。東日本大震災から得られた教訓は何か。もし私たちが何も教訓にできなければ、犠牲になった大勢の命は救われない。広海は思った。

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