第10話 テレビ局は分業する勇気があるか?

「今度は視聴者の立場から見てみよう。岩手県の情報が気になる場合は日本テレビ系。宮城県の友人・知人が心配な人はTBS系。原発を含めた福島の状況を見るならフジテレビ系。青森や関東地方の被害についてはテレビ朝日系とか。それぞれに集約された情報を選択することが出来たとしたらどうだったろう。もちろん、繰り返し字幕で流れるL字画面のライフライン情報もエリア別にリンクしているわけだから、県単位のまとまった情報が単純計算で4倍の頻度で露出できたことになる。被災者にとっても被災地の外で東北の身内や知人の安否が心配だった人にとっても、かなり有益な情報を、しかも効率的に得ることが出来たはずだ」

「さっきの豆電球の例えで言えば、電球の明るさが4倍になったら今まで届かなかった周辺部にも光が当たって、取り残された被災者を早期に見つけることが出来たかもしれないわね」

と千穂。効率的なテレビ局の協力体制が必要だ、と言った恭一の言葉の意味をようやく理解することができた。

「よく、地震とかの災害時に行方不明になった人の捜索で、生存率の話で出てくるタイムリミットは丸3日、72時間って言われてる。せめて3日間、できれば1週間くらい系列ごとに情報を分担して放送できていれば、状況はもう少し違ったかもね」

広海は当時の放送を思い出そうとしていた。

「でも、協力体制を解いた後はどうなるんだろう。それぞれの系列には担当したエリア以外の映像素材や情報がないから、ニュース番組でも扱いにくいよね。

例えば、岩手の『奇跡の一本松』については日本テレビ以外の局は放送しづらいし、福島の原発についてはフジテレビが有利になるとか」

ホワイトボードの模式図を示しながら幹太。心配するのは大災害が収束した後の放送素材の問題だ。

「そんなことは決め事だから大きな問題じゃない。オリンピックでは競技によって放送を分担しているし、サッカーのワールドカップでも放送する試合を抽選で決めている。ニュースやワイドショーの素材は各局間で融通しあっているし、他の番組だって必要な時には素材を融通し合っている。何でも1秒当たり数千円単位らしいけど、放送局にとっては大した出費ではないんだろう。大震災みたいな例は特別だから、特別なルールがあっても構わないんじゃないか。協力期間はもちろん、場合によってはその後についても素材や人材も含め融通し合うことだってアリだと思うよ。要は一業界の慣習なんかよりも、国民目線のルールや考え方の方が大切ってことさ。繰り返すけど、民間放送も国から放送免許を受けた事業者である以上、公共的な役割から逃げることはできない。震災では何千、何万という人命が犠牲になったんだから」

恭一の説明に広海たちの疑問は消えた。

「必要性は理解できるし映像的なイメージも出来るけど、肝心の放送局が受け入れることが出来るかな、こんなアイデア」

頭では理解できるが、千穂は懐疑的だ。

「プライオリティ、つまり優先順位の問題だね。人命と放送局の立ち位地。“報道の自由”っていうのは“黄門様の印籠”と同じでさ、悪代官や悪徳商人などの権力者に向かって使うのはOKだけど、一般庶民に向かって乱用しちゃまずいし、許されないよね。先の副将軍、水戸のご老公だって庶民の前では“越後のちりめん問屋”なんだから」

耕作が今度はテレビドラマの水戸黄門に例えた。

「乾電池の例よりは、分かり易い。けど、民放の各局が『うん』と言うかどうかは微妙だよね。“伝家の宝刀”か“免罪符”か分からないけど、やっぱり報道の自由のを振りかざしてさ。そういうプライド、高そうだから」

千穂は実現できるかどうか疑った。

「優先順位は、人命第一に決まってるでしょ」

広海には“伝家の宝刀”も通じない。

「とは言っても、前例だってないし」

幹太も現実味については懐疑的だ。

「何、役所みたいなこと言ってるわけ。前例がなかったら今やって、さっさと前例を作ればいいだけの話でしょ」

いざとなると男よりも女の方が腹をくくれるのだろうか。広海が理屈で幹太を押し切ろうとしている。



ドアのカウベルが妙な音を響かせる。

「こ、ん、に、ち、は」

恐る恐るドアを開けて首を除かせたのは長岡悠子。広海たちの路上ライブを最初に取材したテレビ局のアナウンサーだ。みんなの視線を一身に集めて、柄にもなく躊躇している。

「だって、ほら、勉強会って張り紙があったから」

広海たち一人ひとりを目で追いながら、訊かれてもいないのに言い訳をする悠子。エプロン姿の広海が悠子の腕を取ってカウンターのスツールまでエスコートした。

「丁度いい所だったわ。聞きたいことがあるの」

広海はいたずらっ子のように、微かに含み笑いを見せる。

「丁度いい所って?」

「こっちの話です。飛んで火に入る夏の虫。正にグッド・タイミング」

広海と反対側から幹太。ニコニコしている。

「飛んで火に入る夏の虫? 夏の虫って、もしかして私のこと?」

「入って来たのは、悠子さんしかいないじゃない」

今度は千穂だ。すっかり顔なじみになったせいもあって、気さくに話しかけた。


耕作が「飛んで火にいる夏の虫」のワケを説明した。東日本大震災の時、マスコミ、特にテレビがもっと機能的に対応できていたら、状況はもう少し改善されていたはずだ、という恭一のアイデアだ。

うん、うんと頷いて聞いていた悠子。誰にともなく質問した。

「なるほどなって思うんだけど、例えばA局、B局は協力する方向でいて、C局とD局が難色を示したらどうなるのかな」

「どうなるの?」

広海が幹太に答えを求める。

「A局とB局が分担し合って、C局とD局はそれぞれ個別に全部のエリアをカバーするかなぁ。今の災害報道のスタイル…」

「それか、A局とB局も協力体制を組まずに、全てが現行通りのままっていう可能性もある」

悠子のコーヒーを淹れながら恭一。

「最悪!」

広海が吐き捨てるように言った。

「全然、被災者のためになってないじゃん。知り合いの安否が気になる被災エリア外の視聴者のためにもね」

さらに耕作が追い討ちをかける。

「画面では同情的なコメントを並べたり、被災者の心情を気遣うような原稿を読んでいるのに、本音は自分たちの利益しか考えていないってことか」

みんなの意見に悠子は敢えて反論はしない。大人の対応だろうか。ギョーカイ側の人間としては一方的にサンドバック状態になっていたが、広海たちの“口撃”が落ち着いたところで口を開いた。

「なるほど、飛んで火にいる夏の虫だったわね。でも、マスターの言うような方法で各局が協力できなくても、もっとたくさんの情報を視聴者のために提供できる方法はあるのよね。本当は」

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