第9話 もっと救えた命があったはず

「所詮、お祭りなんですよ、お祭り」

「スタジオで原稿を読む女子アナは災害用のヘルメットを被っているんだけれど、照明がちゃんと当たって顔が良く映るように浅めに被ったり、ヘアスタイルの乱れを気にしてあご紐も締めずに頭に軽く載せるだけだったり。現場の記者もヘルメットのあご紐外しっ放しのリポーターもいた。ヘルメットひとつにしたって安全対策ではなくて、演出用の小道具でしかない。緊張感が感じられないわけ。生放送のスタジオでも多分、ヘルメット被っているのは画面に映るアナウンサーだけでしょ。カメラマンとか他のスタッフは何もしていないと思うよ。結局、マニュアルに沿ってやっているだけで、当事者意識が薄いんだよね」

「台風中継でもたまにあるよね。妙にハイテンションで強風に飛ばされないように両足を踏ん張った迫真のリポーター。でもタイミングが悪く、画面は少し前から切り替わっていて、雨風なんか全然気にしないで下向いて、冷静に原稿をチェックしている場面が映っていたりしてね。現場の合図で映っていることに気がついて、慌てて豹変する様子に白けてしまうんだ。ほらほら、またやらかしちゃったって」

幹太と耕作が指摘するのは、現実の災害報道や台風中継のお粗末さだ。

「何かテレビあるあるみたいだな。まあ、お祭りでも何でも勝手にやってくれればいいさ。ただ、ヘリについては、もしもテレビ局が協力し合って代表取材にしていたら、もっと救えた命があったと思うし、もっと早く救助できた被災者もいたと思う」

恭一は男子チームの『ニュースあるある』に付き合うつもりはない。被災地第一の立場から話を続けた。

「どういうことですか」

「例えば、似たり寄ったりの空撮を競っていた各局のヘリコプターを、もし救助用に回すことが出来ていたら、津波で取り残された人や行方不明者の捜索や救助活動も、もっと効率的にできたんじゃないかっていうことさ。陸路が寸断されていたわけだから、ヘリの数の分だけ広範囲に手分けして、救助に当たれたはずだよね。」

普段は簡単に答えを教えない恭一だが、きょうは広海の質問に即答した。

「そういえば、孤立化した病院の屋上にSOSってサインを書いて救助を待っていた病院のスタッフもいましたよね。ああいう状況って、もっとたくさんあったんでしょうね。伝わってないだけで」

耕作の見た映像は、広海も千穂も覚えていた。恭一が大きく頷く。

「ヘリコプターの話は、ほんの一例に過ぎない。オレが腹を立てているのは、当時の連日の放送のことさ」

「連日の放送?」

「避難所からの中継や安否情報のことですか」

いけないと思っても、ついつい考えることを放棄して答えを知りたがる。恭一から叱られそうだ。

「そう。安否情報もライフラインの情報もだ。千穂ちゃんの言うL字画面の交通情報もね。さっき誰かが指摘したように、いつどんな情報が流れるか分からない。少しでも情報がほしい被災者や、被災地にいる家族や友人、知人の安否が心配な視聴者にとってはどんなに歯がゆかったか」

恭一は東北で実際に被災した知り合いのことを思い浮かべた。

「でも、各局が繰り返し繰り返し放送していましたよね。まあ、ずっと見ていればいつかは流れたんじゃないですか」

被災地に知り合いがいなかったせいか、幹太は実際それほど切羽詰って震災特番を見ていたわけではなかった。

「テレビ局もそう言うだろうな、きっと。でも、オレは大雨や台風、地震でいつもやってる手法がベストだとは思わない。V・S・O・P、ベリー・スペシャル・ワン・パターンじゃ頭悪すぎだろ。マニュアル通りにするのが楽だし、安心なんだよ。その都度、最良の方法を考えるのは選択肢にないんだな。オレだったらもっと効率的に情報を伝える方法があったっていうことさ」

高校生たちの反応の薄さが、恭一にはもどかしい。

「全然分からない。どういうこと」

広海は恭一の心中が読めない。恭一はホワイトボードを使って説明を始めた。

「全国にネットワークを持つ在京のキー局は4つ。それぞれの局は福島、宮城、岩手の被災3県に、全国のネットワーク系列局から応援体制を敷いて取材と放送に当たったわけ。延べで言えば、何百人規模だろう。基本的に同じことを重複してやっていたんだよ、4系列ともね」


「あっ、そういうことか」

恭一の書いたホワイトボードの文字を見つめていた幹太が口を開く。

「そういうことって、どういうことよ」

広海が今度は幹太に答えを催促した。

「多分だけど」

幹太がホワイトボードに歩み寄り、色つきのフェルトペンで恭一の書いたテレビ局名と被災3県をそれぞれ線で結ぶ。

「例えば、4チャンネルの日本テレビが岩手、6チャンネルのTBSが宮城、8チャンネルのフジテレビが福島。えーと、10チャンネルのテレビ朝日はどうしようかな。とにかく、担当するエリアを分担すればいいんじゃないかな」

恭一は赤いフェルトペンを持つと、テレビ朝日から線を引く。

「さすがにいい勘してるな。被害があったのは3県だけじゃないから、テレビ朝日は例えば青森と茨城、千葉など大きな被害のあった3県以外の被災地担当と仮定しようか」

「普段はライバル関係にあるテレビ局同士が、担当するエリアを分担するって話ですか。イメージしにくかったけど、こうして図解して整理すると分かりやすいですね」

耕作にも恭一の言わんとすることが分かってきた。

「全国ネットの民放4局が被災3県で、ほぼほぼ同じ作業を重複してやっていたわけだよね。伝えているアナウンサーやリポーターが違うだけ。確かに無駄っちゃ無駄だわ」

耕作の指摘に千穂が異論を挟む。

「でも、それぞれのテレビ局には報道の自由があるわけ。視聴者に多様な主張を提示して、選択できるように各局が別々に放送しているのよ」

両親がマスコミ関係者でもある千穂の説明は間違ってはいない。

「確かに新聞社と同様に、放送局にも報道の自由はある。オレは別にどこかの国の政権政党のように、報道の自由を侵害するつもりはないよ。ただケース・バイ・ケースと言うことだ」

恭一は、報道の自由は錦の御旗ではない。もっと優先されるものがある。特に人の命、と躊躇なく断言した。

「テレビ放送史上でも最大規模というか、事実最大の災害なんだから、各局が取材競争に鎬(しのぎ)を削る意味なんかあるはずがないない。何しろ商業放送の民放が収入源のコマーシャル抜きで放送していたわけだから、スポンサーや広告代理店を意識して視聴率を争う必要もない。まあ、そんな状況下でも視聴率の勝ち負けを気にするようなら不謹慎極まりないがね。被災者を置き去りにゲームですかと言いたい。それに、NHKだって放送しているんだから、民放が協力して束になったところで、視聴者には少なくても2つの選択肢は保証される」

恭一の説明を自分なりに補足した幹太。さらに広海が続いた。

「ザッピングしても、どのチャンネルも似たり寄ったりの放送だったわけだし、交通情報もライフラインの情報も元々、提供元が同じだから内容だって当然同じ。4つの局がバカみたいに労力をかけて視聴者に同じ情報を流すよりも、それぞれがエリアを分担していれば、単純計算で4倍の情報伝えることが出来たことになるわね」

「あのさ、ひとつのテレビ局が乾電池4本ずつ持ってるとして、被災地ごとに豆電球を点けるのな、ひとつづつ。電池の数は、被災3県と他の被災地で4つ×4局だから16個。実際には各局ともそれぞれ、一つの県を乾電池1個で照らしていたわけ。もし、各局の電池を4本直列につないで一箇所で豆電球を点けたら明るさは4倍。つまり、各局が被災地に投入した取材チームを一県ずつに集中していたら単純にそれぞれのエリアで4倍の取材が出来て、4倍の情報が得られたことになる」

幹太が小学生の理科の実験の話に例えた。

「分かり易いか、分かりにくいかは微妙だけど、基本的には間違ってはいない。各系列の優秀な取材陣のマンパワーを最大限に生かせただろうし、視聴者にとってのメリットも大きかったはずだ。情報だってもっと整理できたはずだから」

恭一は更に説明を続けた。

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