文句があるなら革命でも起こしてみろ

「あ、赤星くん」

「黒瀧……何で片方死にかけてんの」

 ゼェゼェと肩で息をする湊斗を見ながら問い掛けた赤星に、北斗は「どっちが早く着けるか競争してた」と答えた。北斗の返しに赤星は「ふーん」と相槌を打った後、やがて興味を失ったように着替えを続行させた。自分から聞いた癖に……と考えながら北斗も自分のロッカーへと向かい、鍵を開けた。

 校舎2階の実習棟の男子更衣室には2学年の男子生徒全員分のロッカーが配置されているだけあって、広々とした構造になっている。簡易的なベンチや扇風機、更には暖房まで完備されているため、かなり居心地がいい。体育の授業後、時間ギリギリまで入り浸る生徒が後を絶たなかったくらいだ。

 赤銅色の猫っ毛を耳の上で切り揃えた赤星の黄色い目が2人の姿を映した。彼からの視線を感じながら、北斗は羽織っていた学ランを脱ぎ捨て、ロッカーの中身を覗き込んだ。

 赤星を一言で紹介しろと言われたら、北斗は迷う事なく扱いづらい男と答える。考えている事も好き嫌いも何もかもが不明。野良猫のように周囲を威嚇し、特定の相手にしか懐かない。そんな赤星を苦手だなと感じる手前、一度話してみたいなんて好奇心も芽生えた。

「それ【レットウセイ】の制服?」

 赤星にそんな質問を投げ掛けた北斗へ、湊斗は目を丸くさせた。それは赤星も同様で、まさか話しかけられると思っていなかったのだろう。取り繕うように咳払いをした後、赤星はそっぽを向いた。

「そうだけど」

 彼が羽織ったチャイナ服を思わせる赤色の制服には、シンプルな金色の一字ボタンが使用され、腰に巻かれた布の黒がアクセントになっている。彼の手に身に付けられた革手袋は、第一関節で区切られた手作業のしやすい物となっており、赤星のスラリと伸びた長い指が顔を出していた。

「意外と丈夫そうだな」

 珍しく自分から話題を振った湊斗に驚きつつ、北斗は「いいなぁ。赤星くん背高いから似合うね」と声を掛けた。

「サイズピッタリなのがキモイ」

 思い返してみれば、4月の身体測定でウエストやヒップ、手首・二の腕周り、胸丈などをやけに細かく採寸された。あの時は制服やジャージが変わったりするのかな、なんて呑気な事を考えていたが、どうやらこのためだったらしい。

 北斗と湊斗は共に、自らのロッカーに丁寧に重ねられた制服を取り出した。どれもビニールに包まれ、制服の上着・ズボンと共に北斗が普段通学に使用しているオレンジ色のスニーカーや、長さが自由に選べる革手袋が幾つか押し込まれていた。

「こういう堅苦しい服って、なんか苦手なんだよな」

「得意な奴居ねぇだろ」

 ロッカーの鍵を閉め、着替えを終えた赤星が一足先に退室して行ったのを見送り、北斗はふぅっと息を吐いた。

「俺、赤星くんと会話出来た方……だよな」

「嗚呼。普段のあいつなら相槌すらつかなかっただろう」

 側面に黄色いラインの入った黒色のズボンへ着替えると、赤星の言う通りサイズが丁度良い事に気が付いた。足を曲げたり伸ばしたりしても、決して窮屈でも邪魔になる訳でもない。採寸しただけはあると学校側へ畏敬の念を覚えると共に、自分の体が一切成長していない事を思い、絶望に浸った。(幼い頃から同年代の中では低身長かつ小柄な事が、北斗にとっては長年のコンプレックスだった)

 お気に入りのスニーカーに足を嵌め込み、最後に上着を広げた所で北斗の手が止まった。ボタンが縦2列に多めに配列され、金糸での装飾や黄色いラインが1本入った立ち襟。肩章が特徴的なナポレオン・ジャケットには飾緒が取り付けられており、服に全くこだわりのないホクトであっても惚れ惚れとする出来栄えだった。

 ボタンを全て外し、着ていたワイシャツとパーカーの上にジャケットを羽織ると、やけに飾緒がブラブラと揺れる事に気が付いた。作業の邪魔になるだろうとそれを取り外し、ロッカーへ投げ込むと北斗はボタンを第3ボタンまで開け放った状態で腰にベルトを巻き付け、固定した。革帯を取り付けると、北斗は最後にジャケットの袖を捲り、手首に白色の革手袋を身に付けた。

 どうやら既に着替えを終えた湊斗は、北斗の事を待っていてくれていたらしい。湊斗はロッカーを閉めようとする北斗へ「デバイス忘れてるぞ」と告げた。ロッカーを覗き込むと、隅には黒色のデバイスがひっそりと置かれていた。ひんやりと冷たくなったそれをズボンのポケットに押し込み、2人は更衣室を出た。


 これからどうなるのか、様々な不安を零しながら湊斗と北斗が3階の会議室前に辿り着いた時。視覚的・聴覚的に刺激として入って来たのは、見覚えのある姿だった。

「赤星、あのな。これ全部雪ちゃんがくれたんだ」

ウキコボレ】KING・青沼龍悟。右目は幅広の一枚布タイプの眼帯で覆われており、空色の吊り上がった左目のみが顔を出す。海を写したような青色の髪は、ところどころ寝癖のように跳ねている。【ウキコボレ】の制服の海軍を思わせる鮮やかな青のコートや淡い水色のネクタイ、純白のワイシャツとベストは青沼によく似合う制服だ。

 成績は優秀だというのに"最初に餌付けした人物に懐く"謎の習性でもあるのか、よりによって問題児・赤星の後を追いかけ回すようになったため、彼は次第に他の生徒から疎外され、浮きこぼれてしまった。それによって周囲から遠巻きに見られるのも、本人は一切気に掛けていないようだが。

「嗚呼そう、ちゃんとお礼言えよ」

 お菓子をまるで宝石の山のように抱えている青沼は「ちゃんと言ったぞ」と声を張り上げた。兄弟のようなやり取りをする2人を他所に、“雪ちゃん”とは一体誰なのだろうと青沼の隣に立つ人物へ目を移し、北斗と湊斗は目を疑った。

 腰まで真っ直ぐ伸びた月白色の髪に、長い睫毛に覆われた青藤色の瞳。頭頂部に付けられた小ぶりなリボンが可愛らしい黒色のカチューシャ。手には北斗達と同じ白手袋が嵌め込まれており、彼女の長い指がよく映える。彼女は顎に手を添え、青沼・青沼と多少距離を取りながら警戒……というよりは観察を行っていた。

ウキコボレ】QUEEN・青龍寺雪親。ヨーロッパ各地から取り寄せた輸出品の高級食器を販売し、かつ自社オリジナルブランド生産を行う"青龍寺グループ"社長の一人娘だ。

 2002年に発売された愛娘の名前から命名された白色の高級感溢れるティーセットに、雪の結晶や彼女の誕生花であるセントポーリアが美しく描かれた"snow close"は発売されて僅か10分あまりで完売する限定品だった。

 そんな大企業に生まれ、裕福な家庭で育った根っからのお嬢様である彼女。世間知らずな発言や他人を見下したような立ち振る舞い、高飛車な性格が災いし、3学年の中では一際浮いた存在だった。

「あら、話題の双子じゃない」

 チラリと北斗達に視線を向け、そう告げた青龍寺につられ青沼・赤星も振り向いた。目と目が合った瞬間「赤星くんさっきぶり」と声を掛けてみたが、怪訝な顔を浮かべた後、そっぽを向いてしまった。

 ううむ、近所の野良猫より扱いが難しい。こいつら誰だっけ、と言いたげに目をぱちくりと開閉させている青沼の方が交流は望めそうだ。

「話題って何の事ですか?」

 キョトンとした顔で問い掛けた湊斗と、その隣に「あれの事……いや、でも兄貴は関係ないし」と頭を悩ませている北斗を一瞥いちべつし、青龍寺は呆れたように息を吐き「何でもないわ」と首を振った。それに合わせ、彼女の艶のある長い髪がなびいた。

「この後の会議で発覚するでしょう。

 ……青沼、会議室は飲食禁止よ。くれぐれも粗相のない様にして頂戴」

 分かったと返事をした青沼を引き連れ、会議室に入室して行った青龍寺・赤星の後に双子も続いた。



「あとは残り1人……ね。黒瀧の双子ちゃん、そこの空席に座ってくれるかしら」

 入室して来た2人を見るや否や、テキパキと指示を出したのは【セイトカイ】KING・金敷雅だった。その肩書き通り生徒会長を務めている。その女口調と耳の下で緩く結われた長い金髪、切れ長な碧眼と美麗な容姿から女性と間違われる事も多いが、戸籍上は男だ。

 金敷に指示された通り、入り口から見て右側の空席3つの内2つを埋める。残り1人は誰なのだろうと言いたげにキョロキョロと視線をさ迷わせた北斗を見遣り、一番奥の席に座る理事長がすぅっと息を吸い掛けた時。会議室の扉が開いた。

「……有馬こるり、遅いぞ。速やかに着席しろ」

 険しい表情を浮かべた理事長に名前の呼ばれた少女は、チラリと視線を向けた後「集合時間を知らされていなかったので」と答え、北斗の隣に座った。

 金色の糸を編んだような艶のあるロングヘアーに、澄んだ青色の瞳。リボンの飾りが付いたヘアピンが彼女の童顔を更に引き立てる。思わずその容姿に目を引き付けられていた北斗は、理事長の「それでは」という言葉にハッと我に返った。

「デバイスでも確認出来るようになっているが、これより各色のKING・QUEENに対して説明と質疑応答の場を設ける」

 ジーッと入り口付近で鳴り響いた異音に気が付いた北斗は「すいません理事長」と挙手した後、あるものを指差した。

「あれって……カメラ、ですよね」

「嗚呼。この会議の様子は全色の待機場所となっている教室のモニターに表示される」

 成程、代表者達からの質疑応答、そして他のメンバーへの説明も兼ねているようだ。

 全員の視線がカメラから逸れてすぐ、理事長は開口した。

「全員のデバイスに資料を送信した。それを確認しながら説明を行う」

 ブーッと鳴り響いたバイブ音に全員がデバイスを取り出すと、理事長の手元にあるノートパソコンによって操作されているのか、パワーポイントのように画像が切り替わった。

「まずは改革について詳細な説明を行う。

 本日をもって此処、九々龍学園は防衛軍の要望に従い、異端者弾圧のための特殊部隊として改革される」

 異端者弾圧。それはつまり、異端者対策法案に則る異端者及びその擁護派の一掃を指していた。彼等の殺傷は罪に問われない。あの横暴で迫害的な法案を思い出し、北斗と湊斗の表情が歪んだ。

「混乱している者も多いだろう。

 だが、君達学生に要請を出す程、事態は逼迫している。この状況があと数ヶ月も続けば、異端者達による社会生活への影響は計り知れない。日本……いや、世界経済が崩壊すると言い切ってもいい」

 まさに猫の手も借りたい状況だと理事長は説明した。

「防衛軍は戦力増大を目的としている、と言っていたがそれは表向きだ。君達を都合のいい駒……盾程度にしか認知していない」

 ムッと口を尖らせかけて、やがて確かにそうだなと納得してしまった。今まで武器を握った事はおろか、戦場に立った事すらないただの学生達に出来る事など限られている。

 精々、防衛軍の盾代わりだろう。

「この経済下で学園を維持するためには、選択肢などなかった。だが、若い芽を乱雑に扱おうとする防衛軍には一矢報いたい。

 そこで全校生徒から各教科の成績・体力想定を参考にする身体能力・交友関係といった情報を元に厳選し、六つのグループに配分した」

「メンバー分けにも意味がある……という事ですか」

「その通りだ、アズサ・ブランシャール」

 疑問を投げ掛けたのは【セイトカイ】QUEENのアズサ・ブランシャール。両親共にフランス人の留学生で、ふんわりとウェーブがかった金髪のショートヘアーに青色の目、男顔負けの紳士的な振舞いから同性からの人気が強い。生徒会長と副会長の性別は交換した方がいいんじゃないか、なんて話題で九々龍学園生はひとしきり盛り上がれる。

「グループ分けは言わばランク付けだ。名前からも分かる通り最高位が金敷率いる【セイトカイ】、その反対が【オチコボレ】といった形でな」

 遠回しに底辺と言われた気がする。モヤモヤと複雑な感情を抱えながら、北斗は切り替わったデバイスの画面に目を落とした。

「月に2回、学園内で【有限戦争】を開催する。部活でいう練習試合、と考えてくれていい。

 ルールはチェスと同じだ。相手のKINGをチェックメイト……つまり戦闘不能に追いやるだけ」

「……練習試合で相手を戦闘不能にしては、異端者弾圧の戦力が削がれるだけです。何か対策でも?」

 挙手をした後、疑問を零した男子生徒に理事長は「ふむ、銀塔リヒト流石の着眼点だ」と答えた。

フウキイイン】KING・銀塔リヒト。父がドイツ人、母が日独ハーフである事から日本人のクォーターだ。その体の4分の3はドイツ人の血が流れている。身長は脅威の2メートル越え。厳格かつ真面目な性格も影響し、生徒間では鬼の風紀委員長と恐れられている。前髪を大胆にも描き上げた所謂オールバックに、2本入った黒色のメッシュ。鋭いエメラルド色の目は相手を委縮させる。北斗の中の苦手な人ランキングで赤星を押し退け、1位に君臨する人物でもある。

「現実ではない仮想空間を利用する。怪我をする事も、死ぬ事もない。

 ただ感覚はリアルだ。多少の痛覚は覚えるだろう。その痛覚が限度……つまり致死レベルに達した時、強制終了。チェックメイトとなる」

 つまり相手のKINGをチェックメイトに追いやるには致死レベル……急所を突く必要がある。うんうんと頷いていれば「VRと同じ形ですか」と銀塔の隣に座っていた小柄な女子生徒が開口した。

フウキイイン】QUEEN・泡渕ふわりだ。丁寧に編まれたおさげを黄色いリボンの付いたヘアゴムで括り、大きな黄金色の目、そして何と言っても150センチに満たない低身長が最大の特徴と言える。

 副風紀委員長という役職ではあるものの、心優しい温厚な性格から指導が緩い彼女の人気は高い。過去に北斗も一度、口頭注意で見逃して貰った恩がある。

「捉え方はそれで構わない」

 泡渕の質問に回答した後「何か他に質問はあるか」と問い掛けた理事長に凪紗がピンと手を挙げた後、発言した。

「対戦の組み合わせはどうやって決めるんですか?」

「基本的には全色が当たるように私の方で調整するつもりだが、両KINGが合意した場合のみ、指名方式も承認する」

 分かりましたと答えた凪紗と入れ替わるように、彼の隣に座っていた女子生徒が手を挙げた。

ユウトウセイ】QUEEN・佐々原江奈だ。白色の髪を左側に結い上げ、大きめな桃色の瞳が不思議そうに理事長を見ていた。

 書籍や教育器具の販売を行う"文宝ぶんぽう出版"社長の次女で、成績優秀・品行方正とまさに優等生と呼ぶに相応しい生徒だ。

「有限戦争の勝敗……これは何かに影響する、という事でしょうか」

「嗚呼、異端者弾圧の選出に利用する。有限戦争で勝利した色には1ポイントを付与する。

 防衛軍の異端者討伐要請が出た時点で、ポイント数の高い上位三色を選出。下位三色は学園待機だ」

 実績の低い色は戦場に赴かせない。若い芽を潰させないと語っていた理事長らしい考えだ。

「理事長……何で【オチコボレ】だけ“KINGが2人”?」

 やや片言な日本語で問い掛けた中国からの留学生の【レットウセイ】QUEEN・王雪麗に、青龍寺は「王さんに先に言われてしまったわ」と小さく呟いていた。

 頭頂部で結い上げられた2つのお団子を、可愛らしい赤色のリボンで括った彼女のくりくりとした赤い目が理事長をじっと見つめていた。

「【オチコボレ】のKINGは2人。……普通に見ればそうだろう。双子は2人で1つとよく言うが、黒瀧双子は違う。

 実力を兼ね合わせてみたとしても、半分にも満たない」

 頭を殴られたような衝撃が北斗を襲った。チラリと見てみれば、隣に座る湊斗も同じような顔で硬着していたので、きっと思う事は一緒だっただろう。

「黒瀧湊斗が50だとすれば、黒瀧北斗は25。例え100になったとしても、脅威にはなり得ない」

 例え2人居たとしても、1人分の実力を発揮できない。その理由が何なのか、北斗には分からなかった。自覚していないからこそ【オチコボレ】に配属されたんだろうな、と自嘲げな笑みが零れた。

 眉間に皺を寄せ、顔を俯かせた北斗を見遣り、横からスッと手が上がった。

「理事長、一つよろしいでしょうか」

オチコボレ】QUEEN・有馬こるりだ。表情こそ変わらないが、その雰囲気は先程入室して来た時より苛立っているように見えた。

「それはつまり、100が200になれば他色の脅威になり得るという事ですね」

「捉え方によってはそうなるだろう。……現状では難しいだろうがな」

 それが聞けて安心しましたと呟き、有馬は手を下ろした。

 ……ひょっとして庇ってくれたのだろうか。ふと目が合ったものの、すぐに逸らされてしまったため、彼女の真意は分からなかった。

「他に何か質問は?」

 理事長の言葉に、北斗はすかさず手を挙げた。昨日からずっと抱えていた疑問を吐き出すのに時間は掛からなかった。

「あの……異端者って、絶対殺さなきゃいけないんですか?」

 シン、と会議室に沈黙が訪れた。

 理事長や金敷・銀塔からの非難するような視線が北斗に向けて一斉に刺さった。

 何とか北斗をフォローしようとしているのか、アイコンタクトを送り合う凪紗と湊斗。ぱちくりと目を瞬かせる青沼やアズサなど反応が多種多様の中。驚いたように目を見開いた赤星だけが「へぇ」と興味深そうに呟き、微かに口角を吊り上げていた。

「自分は異端者擁護派だ、とでも言うつもりか。黒瀧北斗」

「いえ、そうじゃなくて……。ただ、法案といい、そこまで徹底的に迫害しなきゃいけないのかなって」

 北斗の返答に理事長が口を挟む前に「甘ったれた事言ってんじゃねぇよ」と力強い非難の声が返って来た。

 銀塔だった。ぐしゃっと顔を歪めながら、彼は苛立ちを表すように腕を組み、背もたれに身を預けていた。

「さっき理事長が言った通り、このまま何の対策もしなければ経済は崩壊する。

 ……それともお前レベルの馬鹿は経済って言葉も分かんねぇか? まともに生活する事も出来なくなるって事だ。世界滅亡と異端者の命、どっちを取るべきかなんて簡単な問題だろ」

「もしその異端者が自分の身内でも……先輩は同じ事言えるんですか?」

 そこで銀塔の返答が詰まった。どう返答するべきか悩んでいるのか、彼の視線が泳いだ。銀塔にしては珍しいなと考えていれば、金敷が助け舟を出すように開口した。

「北斗ちゃんの言いたい事は何となく理解出来たわ。異端者の皆が皆悪い訳じゃない。それは私やリヒちゃんだって理解している」

 リヒちゃん……もしかしなくても銀塔の事だろうか。金敷に対し銀塔は「いい加減その呼び方やめろ」と渋面を浮かべていた。

 確か2人は中学からの付き合いだと小耳に挟んだ事はあったが……何にせよ、あの大男を“リヒちゃん”なんて愛らしい愛称で呼ぶ金敷の図太さには感服だ。

「でもね、あの異端者は悪くないとか、あの異端者は自分の身内だからとか……私情で特別扱いしてしまう方が状況は悪化する。

 庭の雑草を完全に絶やすには根元から抜き取らなきゃいけない。それと一緒よ。……異端者を根絶やしにしなければ、平和なんて訪れない。何の解決にも至らないわ」

 金敷の発言は間違っていない。正論というのに相応しかった。煮え切らない表情で俯いてしまった北斗へ補足するように、金敷は言葉を続けた。

「こればっかりは価値観の違いね。どっちも間違ってはいないもの。

 北斗ちゃんみたいに彼等を人として尊重するべきだって法案を疑問視する人も居るだろうし、異端者の手で家族を失った人からすれば徹底的に排除するべきだって思うでしょう。

 だから今はまだ曖昧な状態のままでいいわ。いずれ嫌でも異端者と接触する時が来るだろうから……その時に考えを改めるもよし。自分の主張を貫くもよし。

 ……今はそういう事にしておきませんか、理事長」

「嗚呼、黒瀧北斗のように混乱を覚えている生徒も多いだろう。その対応も告げておくべきだったな、失念していた」

 金敷に深々と頭を下げた理事長に、彼はいえいえと言いながら首を振った。

「賛同できない者は辞退してくれて構わない。新たに生徒を選抜するだけだ。

 選抜されなかった一般生徒からな」

 ふと思い出す。今後の事について防衛軍からの説明があると移動してしまった生徒達。辞退者が出た場合は彼等から新たに代理を立てる、という事なのだろう。

「彼等も君達と同じように、防衛軍の管轄下にある。彼等から直接訓練を受け……やがて盾として扱われる事だろう。辞退者以外はな」

 思わず絶句した。選抜されなかった生徒達の中には当然、クラスメイトや親しい友人が何人も居る。そんな彼等が防衛軍の盾という乱雑な扱いをされるのは、我慢ならなかった。

「全校生徒を配分するのは難しい話だった。管理の目も足りない、実力に見合わない生徒も居た。これ以外に方法はなかった」

 理事長の目は、眉間に皺を寄せたまま黙りこくった北斗・湊斗を映した。

「黒瀧双子、文句があるなら革命でも起こしてみろ」

 学園にですかと問い掛けた北斗へ、理事長は「まさか」と笑いながら立ち上がった。

 その足はゆっくりと会議室の入り口に向かい、カメラの録画ボタンに手を伸ばした。

「防衛軍に」



 解散という言葉を受け、ぞろぞろとKING・QUEENが退室して行く中、その流れに乗りながら北斗に目を向けた凪紗は「フォローするか悩んだぞ。ヒヤヒヤさせんなよ」と笑い掛けた。ごめんと叱られた犬のように肩をすぼめた北斗へ、湊斗も「意見を言うのは大事だが、危ない局面だったぞ」と指摘していた。

 過去の自分の発言を思い返しながら、北斗は一足先に退室しようとした有馬を慌てて呼び止めた。

「あ、有馬さん! さっきはその、ありがとう」

「……先輩方があまりに不憫だったので、見ていられなかっただけです。庇った訳ではありません」

 見慣れない顔だと思えば、どうやら1年生だったらしい。「有馬さん優しいね」と笑い掛けた北斗に有馬の表情が変わった。

「嗚呼、もしかして勘違いさせたのなら申し訳ありませんけど。

 私、貴方達と協力する気はありませんから」

 そう言い残し退室してしまった有馬の後ろ姿を眺め、北斗は肩を落とした。長く大きい溜め息を吐いた北斗の背を「大丈夫か」と擦った湊斗の耳には、滅多にない彼の弱音が聞こえて来た。

「法案とか改革とか……それだけでも脳味噌パンク寸前なのに……もしかして【オチコボレ】って……ああいうのばっか?」

 波乱に満ちた双子の一日はまだ始まったばかりだった。

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