時間を掛けて考えて行けばいい

 新夏駅南口から徒歩1分とも掛からない立地に店を構える洋食店“ほたる星”。藍色の背景に蛍の光を思わせる薄黄色の星を描き、手書き風のフォントで書かれた看板を見上げ、北斗は“CLOSE”と札の掛かった扉を押し、店内に足を踏み入れた。

 カラン、とドアベルの音色が鳴り響き、カウンターキッチンに立っていた男性はパッと視線を向けた後、北斗と湊斗に対して「おかえり」と声を投げた。

 癖の多い黒髪に、温厚な雰囲気を漂わせるオレンジ色の目。父の日に息子・娘からプレゼントされた紺色のエプロン(胸元に柴犬のワンポイントが付いている)を身に付けている父・黒瀧星也は手を拭きながら「おつかいありがとうね」と笑い掛けた。

「丁度玉ねぎ切らしてたの忘れてて」

 父の背後のキッチンに目を向けてみれば、大きめの鍋と共に開封済のカレールーが置かれている。やっぱりカレーだと顔を見合わせ、2人は「まだ掛かるから、先に手洗いうがいとお風呂入っちゃって」という言葉に店内の奥に続く扉を開け、洗面所に立ち寄った後、2階にある居住スペースへ向かった。

「兄貴、風呂先に入っていいよ。俺、後でいいや」

 スマートフォンとギターケース、イヤホンを片手に1階に降りた北斗は早速と玉ねぎの皮を剥き始めている父に「ギターの練習していい?」と問い掛けた。

「お隣さんの迷惑にならない音量でね」

 そう言って、父は流していたラジオの音量を小さくした。異端者対策法案について意見をぶつけ合い、白熱した議論が繰り広げられている。

 アンプにコードを繋ぎ、右耳にだけイヤホンを嵌め、曲を聞き流しながらギターの弦を弾く。トントンと玉ねぎを切り始めた父の手さばきはいつになく軽やかでリズミカルだ。

「ねぇ、父さん。父さんは異端者についてどう思う?」

 やがて切り刻んだ玉ねぎを鍋に投入し、火に掛けた父は焼き加減を見ながら難しいなと頭を捻った。

「うーん……父さんは異端者が皆悪い人達という訳ではないと思う。法案も適切な対応とは言えないからね」

 もっと他の方法があるべきだと主張する父の返答に、北斗は力強く頷いた。内心、父が自分と同じ考えだった事に北斗は安堵した。

 確かに異端者は脅威そのものだ。言葉じゃ到底説明できない、科学をもっても証明不可能な異能力。それを使い、彼等が人を傷付ける行為は犯罪そのものだ。赦されてはいけない。

 だが、そんな彼等を徹底的に迫害し、その命を奪う事は罪に問われない……それが正しい方法だとは言い切れないだろう。

「北斗はどう思う?」

「俺は……」

 父の問い掛けに手が止まった。分からないとか細く呟いた北斗に、父は鍋に何回にも分けて水を注ぎながら「北斗は正しいよ」と答えた。

「大抵の問題は数学のように決まった答えなんてない。道徳と一緒だ。人によって考え方も感じ方も違う。

 だからどれが正しいと思うか、どっちが間違っているかってのはゆっくり、時間を掛けて考えて行けばいいんだよ。カレーみたいにね」

 グツグツと火に掛けられたカレーを見る。カレールーを1個1個分けている父に「カレーは10分もあれば出来るじゃん」と答えれば、父は「物の例えだよ」と答えた。

 空腹を知らせる音がキュルキュルと弱々しく鳴る中、曲を巻き戻し北斗はもう一度初めからギターを奏でた。



 2020.05.14

「北斗、遅刻するぞ。早く起きろ」

 子供の頃から何十回も見た、お気に入りのアメコミヒーローのイラストが背景にでかでかとプリントされた丸型の目覚まし時計は、耳元で大音量を発した。

 中学時代に珍しく父親と喧嘩した際「もう北斗の事起こさないよ」という発言を本気に捉え、学校帰りに慌てて雑貨屋へ買いに行ったのを覚えている。小遣いを叩いて購入したそれを見て、父親は怒っていたことをすっかり忘れ、ひたすら腹を抱え笑っていた。

 中学時代は毎朝その目覚まし時計を使い続けていたものの、今ではその必要はほぼなくなってしまった。

 目覚まし時計を止めようと手を彷徨わせたものの、先に湊斗によって止められたようだ。カーテンを開け放つ音に薄ら目を開くが、窓の外から漏れ出す眩い日の光に再びきつく瞑った。

「置いていくぞ」

 兄の声と共に、1階からはコンソメの良い香りと母親が最近健康とダイエットのために始めた(いつも三日坊主の割にはもう3週間も続いている)野菜ジュース作りに伴うミキサーの大声が響いていた。

 この空間で寝る事は難しいだろうと、白旗を上げ僅かに体勢を起こすと。それに気が付いた湊斗は、北斗の爆発的な寝癖を見て柔らかい笑みを浮かべた。いつもそうやって笑ってさえいれば、コンクリート並に堅物な兄にも友達の1人や2人出来るのに、なんて考えながらホクトは寝惚け眼を擦り、兄へ朝の挨拶を告げた。


「あら、おはよう。チワワが頭の上で逆立ちしたような寝癖ね」

 兄に急かされながら着替えを済ませ、1階へ駆け降りると、開店前の飲食スペースには朝ご飯を食卓に並べている母親の姿があった。背中まで伸びた茶髪を一本に結び、気だるげな紫色の目を擦る母・黒瀧蛍は、食卓にトーストとスープを並べると、2つの椅子を引いた。いつも通り父お手製の出来立ての朝食だ。

「……チワワが頭の上で逆立ち……?」

 母の表現が上手く理解出来ず、頭の中でひたすら逆立ちするチワワを思い浮かべた北斗に、父は「それくらい盛り上がった寝癖って事」と笑いながら答えた。

 手を拭きながらグラスを片手に北斗の向かいに立った父は、ラジオの電源を付け、淹れたてのコーヒーに口を付けた。

「……となり、この件に対し防衛軍代理支部長・雪田氏は『ある団体に協力依頼をしている』と戦力増大を匂わせる発言をしており」

 ニュースを聞き流しながらコンソメスープを平らげた2人は、ほぼ同時に母お手製の野菜ジュースを手に取った。林檎の甘い匂いとほうれん草の独特な匂いが発せられるグラスを傾けると、口には何とも形容し難い味が広がった。

「……前の人参のよりは美味い」

 北斗の隣に座る母親は「今度は苺でも入れようかしら」なんて構想を巡らせていた。



「2人共、行く前にお店のプレート裏返しておいて」

 父から渡された弁当箱を片手に店を出て、言われた通り“OPEN”の札を捲る。

 洋食店“ほたる星”。母の名前・蛍と父の名前・星也を取って名付けられた名前だ。看板は父が店を開く前、母の友人がデザインしてくれたものだという。

「おっ、ツインズ。今から学校か」

 隣の扉が開くと、ドアベルの音が鳴り響いた。燃えるゴミの袋を片手に顔を見せた男性に、北斗は「蛇宮さんおはようございます」と声を掛けた。

 2人の父が営む洋食屋“ほたる星”の隣に店を構える喫茶店“abeille”。ミツバチの可愛らしいイラストの看板が目印だ。昼間は喫茶店、夜はバーと時間帯によって客層やメニューも変化するのが特徴と言える。

 蛍光ペンで塗りたくったような眩しいくらいの黄緑色の髪に、男性にしては大きい黄色の目。大量に開けられたピアスの穴と両腕から覗く刺青に最初は委縮したものだが、こうして長い付き合いになればケロッと慣れてしまった。

 現にコミュニケーションが苦手で、黙りこくっている事が多い湊斗でさえ「今日はお早いですね」と世間話を振っているくらいだ。

「早起きは三文の徳……とか言うだろ? まぁ、二日酔いで目覚めただけなんだけどよ」

 うっぷと込み上げたものを押さえるように口を覆った蛇宮に苦笑を零し、北斗は「また喫茶店寄らせてもらいますね」と言いながら学校へ足を向けた。

「おう、遅刻すんなよガキんちょ」

 行って来ますと颯爽と走り去っていく2人の背を見送り、蛇宮は懐かしむように目を細めた。騒がしさが立ち去って行く時のノスタルジックな感情には、彼の中で幾度となく覚えがある。

「……あいつら、元気してっかなぁ」

 ポツリと呟きながら、蛇宮はゴミ袋を握り直し、駅前通りを歩き出した。



「北斗、湊斗。おはよう」

 昨日見たテレビや友達との面白話を湊斗に語っていた北斗は、背後から掛けられた声にピタリと足を止め振り向いた。

「凪紗、おはよう」

 よっすと手を上げた彼は、先月よりも更に明るく染め直された茶色い髪に、人懐っこそうなピンク色の瞳。彼の鞄にはまんまると太った可愛らしいアザラシのマスコットがぶら下がっていた。

 彼の名前は白村凪紗。北斗・湊斗の2人とは従兄弟の関係に当たり、同じ九々龍学園に通う3年生だ。双子より歳上ではあるが、幼い頃からずっと遊んで来た事もあって、最早友達のような感覚で接している。

 普段からおちゃらけた発言が多いお調子者な彼だが、学業の成績は優秀で、運動神経も良い所謂"優等生"だ。その上剣道部の主将も務め、リーダーシップもある。まさに完璧超人と言っても過言ではないだろう。決してそれを鼻にかける事もせず、いつも誰かを笑わせているムードメーカーな彼に友達が多いのも頷けた。

「あれ、真心まこは一緒じゃないの?」

 真心は凪紗の1歳下の妹で、北斗達と同じ九々龍学園に通う2年生だ。心優しく気配りの出来る子、というのが周囲の印象だろう。従兄弟の北斗達からすれば、兄2人に我儘を言ったりちょっとした事で拗ねたりする子供っぽい性格、というのが印象としては大きい。小学校の頃から一緒に登校していた2人が別々とは珍しいと湊斗も首を捻った。

「たまには一人で行くって。兄離れしようとしてんのか、最近微妙に素っ気なくてさぁ。お兄ちゃん悲しい」

「ずっと一緒に登校とはいかないだろ」

 真心は2年生、凪紗は3年生だ。一緒に登校できるのは今年で最後になる。兄離れを決断した真心の意志とは対照的に、凪紗は思春期の娘に避けられる父親のように沈んだ顔をしている。

「凪紗も早く妹離れしろよ、シスコン」

「だから、シスコンじゃないって」

 どうだかと鼻で笑った双子に、朝から凪紗の「変なところでツインズ連携見せんな」なんて怒号が響き渡り、青空を抜けて行った。



 校門前で毎朝恒例の挨拶運動を行っていた教師に挨拶を返すと「全員第一講堂へ向かいなさい」と声を掛けられた。

 3人で肩を並べ講堂に入ると、2階建ての劇場のような作りになっている中には既に多くの生徒が集まっていた。多くの生徒が付近の友人らと会話を交わし、中には席を移動してまで談笑している生徒も居た。

 3学年の凪紗と別れ、湊斗と共に2年3組の列へ向かった途端、思わず「あ」と言葉が漏れた。

 自分が座る席となっている2列目の席。その前席に座っていた男子生徒を見るや否や、北斗は「はよっす花条」と声を掛けた。

 スラリと伸びた背中が僅かに揺れた後、照明に照らされた雪のように白い髪と右側だけを僅かに染めた黒髪と黄緑色の目が特徴的な男子生徒が「びっくりした」と言いながら振り向いた。

「ほっちゃん、はよっす。湊斗くんもおはよ」

「……おはよう」

 たった一言、会話終了。そのまま北斗の隣に着席し、鞄の中から取り出した読み掛けの本を捲り始めた湊斗に「ごめんなさいね、花条さん。うちの子人見知りで」と奥様口調に冗談めかして謝罪を述べると「良いのよ、気にしないで奥さん」と笑いながら答えてくれた。

 そのノリの良さ、そして音楽の趣味が見事に合致した事から彼・花条とは1年生の頃に親しくなった。音楽室でギターの練習をしていた時「その曲知ってる」なんて花条が話しかけてくれた事がきっかけだったと思う。北斗がアイドル好きである事にも引かず「あの曲聞いてみたけど良かった」なんて言ってくれる、優しい友人だ。

 湊斗ともきっと仲良く出来ると思うんだけどな、なんて考えながら花条と雑談を交わしていると、壇上にスーツを着た女性が姿を現した。

 ピンと整えられた黒色のスーツに包まれたモデル顔負けの細身の体系を維持する理事長・灰島 ゆかりはマイクを取り「全員静粛に」と凛とした声を響かせた。

「皆さん、おはようございます」

 その言葉に朝の挨拶と共に頭を下げた生徒達へ、理事長は満足そうにニ度頷いて見せた。

「……皆さんには突然のご報告になり、大変申し訳ありませんが、単刀直入にご報告させていただきます。

 ……防衛軍による要望に従い、この学園は異端者弾圧を目的とした改革の対象となりました」

 厳粛な空気に包まれていた第一講堂には、再び生徒達のざわめきが蘇った。

 改革ってどういう事、廃校とは違うの。不安・恐怖・焦燥と様々な感情が入り乱れる講堂の中には、興奮気味に上擦った声も上がっていた。

「皆さん、ご静粛に」

 理事長の声にもざわめきは最早収まる事を知らない。

 理事長は諦めに近い溜め息を吐き出すと、懐から封筒を取り出した。赤と青のストライプで縁取りされた国際郵便用の封筒だ。宛名には防衛軍東京支部長・轟場大の記名がある。

「異端者対策法案を踏まえ、各国の警察機関は防衛軍との連携を発表。それは此処、日本も例外ではありません。

 そして手紙には、更なる戦力拡大のため、防衛軍・各警察機関への協力を求める旨が記されていました。

 私は協力依頼を承諾する事としました。学園としての機能を保っているとはいえ、経営が安定しているとは言えない我が校を生き残らせるには、この手しかありません」

 異端者による破壊活動・殺害事件が多発したのは、篠倉中学卒業生連続殺人事件の1件目が発生した2013年から今年2020年までの約7年間だ。

 特に徒花病が完全沈黙した2017年から2020年までの3年間は"死人の行列期"と呼ばれている。街中に多くの犠牲者の遺族が死人のような顔付きで、葬儀のための行列を作った事から由来している。

 死人の行列期に異端者による破壊活動・殺害事件の中で、最も発生したのは校舎の破壊。生徒を巻き込んだ殺害事件や教員すら犠牲とした爆破事件、学校関係者の連続自殺などと教育機関は破壊された。廃校を余儀なくされた学校もあれば「生徒が犠牲になる前に」と廃校措置を取った小中高も相次いだ。

 都市部の人口が減少傾向に、自殺者の数が右肩上がりとなっている事、廃校となった小中高の生徒が引き篭もりや犯罪に手を染める事も社会問題となっている。

 異端者の破壊活動が都市部に集中している事から、地方へ安静を求め移住・帰郷する者も少なくない。

 それに対し「いつ殺されるかわからないなら」と自ら命を投げ捨てる者の年代は幅広く、中には新しい命を宿した母親や幼い子供を道連れにする親すら居る。

 そんな身勝手な大人に先立たれた子供達も問題化しており、数々の孤児院が行き場のない子供を寛容的に受け入れているようだ。

「生徒の皆さんから異端者討伐のメンバーを選抜致しました。スクリーンをご覧下さい」

 理事長の背後にゆっくりと下がってきたスクリーンは、床スレスレの位置で停止すると、やがて画面いっぱいに8人の名前が映された。

「選抜した生徒を計6チームに配分しました」


【金】セイトカイ

 KING 金敷かなしき

 QUEEN アズサ・ブランシャール

 NIGHT 不破 龍之介

 NIGHT 寒河江さがえ 依音

 ROOK 久郷くごう永太

 ROOK 猪狩いがり 穂夏

 BISHOP あまのそら

 BISHOP 丸原 聖由せいゆ

【金】セイトカイという名の通り、メンバー全員が生徒会役員である事。KINGやBISHOPという言葉からチェスを模している事が理解出来た。

「……あまりにも大規模だな」

 スクリーンを眺め、ポツリと呟いた湊斗に相槌を打ちながら、次に切り替わった画面を見上げ、北斗は思わず顔を歪ませた。

 奴らに何度足止めをされ、何度追いかけ回された事か。その苦痛の日々を思い出しながら、見知った名前ばかりが並んだスクリーンを見上げた。

【銀】フウキイイン

 KING 銀塔ぎんとう リヒト

 QUEEN 泡渕あわぶち ふわり

 NIGHT 神風 冬夜

 NIGHT 御座岡みざおか 八雲

 ROOK リリヤ・アルダーノヴァ

 ROOK 縁代えんだい 次郎

 BISHOP 鋼島はがねじま 瑠羽るう

 BISHOP 天宮城うぶしろ 琴音

 その後、雑音に支配される講堂でやや駆け足気味に切り替わった画面に映し出された名に、北斗は目を見開いた。

 恐る恐る隣の湊斗と顔を見合わせれば、彼も同じような顔を浮かべ、遠慮がちに凪紗の座る前方へ視線を巡らせた。

【白】ユウトウセイ

 KING 白村 凪紗

 QUEEN 佐々原 江奈

 NIGHT 羽澄はすみ 辰夜

 NIGHT 須磨寺すまでらましろ

 ROOK 御座岡 小波

 ROOK 山崎 龍弘

 BISHOP 花厳かざり

 BISHOP 三白みしろ 来結乃くゆの

「このチームヤバくない?」

 周囲から聞こえた女子生徒の声で、北斗は半ば強引に思考の海から引き摺り出された。

「青沼くんって、あれでしょ? 赤星くんといつも一緒に居る眼帯の……」

「後醍院さんが6股してるってマジなの?」

 聞き覚えのある噂話にふとスクリーンを見上げると、北斗の考えは確信へと変わった。

【青】ウキコボレ

 KING 青沼 龍悟

 QUEEN 青龍寺 雪親

 NIGHT 海原 明十あきと

 NIGHT 折鶴おりづる 陽斗

 ROOK 藤堂 七海

 ROOK 後醍院ごだいいん るな

 BISHOP 碓氷うすい 都南となん

 BISHOP 氷暮ひぐれ 嶺乃れいの

 ふと、不機嫌そうな顔をした青沼と一瞬目が合った。同じ学年だがクラスも違う上、共通の友人も居ない。どちらからという事もなく自然と視線を逸らした。

「赤星居るとかヤバくない? だってあいつ……」

「馬鹿、本人居るんだからやめろよ」

 後醍院・青沼以上に噂話が広がった事に、北斗は前に座る花条の肩越しにスクリーンを見上げ、苦虫を噛み砕いたような顔を浮かべた。

【赤】レットウセイ

 KING 赤星あかほし 虞淵ぐえん

 QUEEN ワン 雪麗シュエリー

 NIGHT 獅子洲ししじま

 NIGHT 花条 大貴

 ROOK 佐井藤さいとう椿姫

 ROOK リン 赦鶯シャオウ

 BISHOP 草薙くさなぎ

 BISHOP ヤオ美雨メイユイ

「……あのメンバー分け、嫌がらせか?」

 ヒソヒソと声を潜め、前席から身を乗り出して来た花条は、赤星の居る方向をチラチラと眺めながら同意を求めて来た。

 赤星は2学年の中でもかなりの問題児だ。気難しく、これといった友達は先程名前の呼ばれた青沼くらい。学年もバラバラだし、一体どういう基準なんだろうなと問い掛けようとした時、今まで以上に大きなざわめきが入り込んできた。

 最早雑音に近いボリュームで耳を塞ぐそれに溜め息を吐き、スクリーンを見上げた途端。その吐いた息が跳ね返ってくるような圧迫感に襲われた。

【黒】オチコボレ

 KING 黒瀧 北斗 黒瀧 湊斗

 QUEEN 有馬 こるり

 NIGHT 戸塚とつか

 NIGHT 飛影とびかげ 優子

 ROOK 貞原さだはら

 ROOK 比与森 杏奈

 BISHOP 芥答院けとういん

 BISHOP 黒宮くろみや 珱我ようが

「……………は?」

 何度見ても、自分と兄の名前だった。

 思わず口から零れ落ちた声にも気付かず、北斗は暫くの間スクリーンに目を奪われていた。

「最後に選抜された皆さんの手助けとなる生徒を紹介しておきます」

 救護班

 班長 梅林寺ばいりんじ 将治郎

 副班長 壬生みぶ 芽吹

  竹原 愛華

  白村 真心

 担当 黒瀧 梓馬あずま


生徒達のどよめきを押さえるように理事長は手を二回鳴らした。

「選抜された皆さんのロッカーに専用のデバイスと制服を入れておきました。

 着替え次第、KINGとQUEENは3階第2会議室へ、その他の生徒は活動場所へお集まり下さい。活動場所はデバイスに搭載されているマップアプリで確認出来ます。

 では選抜されなかった皆さんに関しては、これより今後の事について防衛軍による説明会を行います。グラウンド側に停車しているバスへ荷物を持ち、乗り込んでください」

 移動を開始してくださいという声で生徒達が荷物を持ち、第一講堂から次々と退出して行く。

 沢山の足音と雑音が遠のいていくのを確認すると、講堂には普段の4分の1にも満たない生徒が疎らに着席しているという、何とも物寂しい光景と化した。

「では選抜された皆さんも移動を開始してください」

 その声で僅かに残った生徒約53名が席を立ち、第一講堂を出て行く。北斗も慌てて立ち上がると、先に席を立った花条がくるりと振り向いた。

「ほっちゃん。チームは別だけど、一緒に頑張ろうな」

 「勿論」

 じゃあなと荷物を片手に第一講堂を飛び出して行った花条の背を見送った後、湊斗は隣の北斗へ声を掛けた。

「双子だと何もかも一緒にされて大変だな」

 申し訳なさそうに眉を下げる片割れに対し、北斗は少し下手くそな笑顔を浮かべながら励ますように声を上げた。

「そんな事ねぇよ」

 大抵の問題は数学のように決まった答えなんてない。道徳と一緒だ。人によって考え方も感じ方も違う。

 だからどれが正しいと思うか、どっちが間違っているかってのはゆっくり、時間を掛けて考えて行けばいい。

 昨日父が掛けてくれた言葉を思い出す。何が正しくて、何が正解か北斗には分からない。それでも一つ確かなのは、隣に湊斗が居る事で不安だった心が和らいだ事。

 それはこれから先何があっても変わらないんだろうな、なんて自分らしくもない事を考えながら一歩を走り出した。

「よーし、兄貴。更衣室まで競争な!」

「あ、おい待て北斗! 走ったら危ないぞ」


 走り去っていく二人の背を眺めていた少女は湊斗、そして北斗を目に映し、小さく溜め息を吐いた。

「黒瀧……北斗」

 彼女の足は彼等を追い掛けるように進み始めた。

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