出来ることを精一杯

世界でただひとつ。

帯広の競馬場では、ばんえい競馬というものが行われています。

体重1トン前後の馬が600キロから800キロ以上、時には1トンにもなる重りを積んだソリを引っ張り、坂道が2つある200メートルの砂地を歩く。

世界広しと言えど帯広でしか行われていない競馬です。

かつては他にもばんえいを開催していた競馬場があったのですが、今は帯広だけになってしまいました。


その存在はわたしも前から知っていたのですが、知った当初は現地に行くしか見ることが出来ませんでした。

いつか見に行かねばならんよなあと思いつつなかなか行けずにいましたが、2年前からインターネットで生中継をしてもらえるようになり、ようやく見ることが出来ました。


サラブレッドとは違う重種馬の大きさ。

馬具が鳴らすシャンシャンという音色。

坂を越える時の迫力のすごさ。

どれをとっても平地競馬しか見たことのないわたしにとってはカルチャーショックそのものでした。

同時に、ばんえいにも引き込まれて行ったのです。

他の地方競馬よりも馬の数が少ないせいか、下級条件の馬は開催のたびに出走してくるおかげで、馬を覚えるのにもさほど時間はかかりませんでした。


そんなばんえい競馬を見ていて、パドックでやけに気分良く歩いている馬がいるのに気がつきました。

歩いてると言うより、馬術競技で見るようなステップを踏みながら。

いかにも楽しくて仕方がないという風情。

その馬は中継を見ていて知っていたのですが、こういう歩き方をするのは初めて見ました。

中継のコメントで、どうやら牝馬と一緒にいてテンションが高くなったようだと知り、なんだか微笑ましくなってしまいました。

他馬がゲート入りしているのに、その馬だけはいつまでもゲートに入ろうとせずにいるのを不思議がっていると、やはりテンションが高いので最後に入れるのだと。

そしてファンファーレが鳴り出すと、その馬はひときわ高いいななきを発してゲートへ入って行きました。

まるで「やったるでー!」と言ってるように見えて仕方がありません。


その馬はホクショウマックスという名前でした。

当時の彼はまだ条件的に上の方とは言えず、開催のたびに出てくる馬たちの一頭でした。

しかし、彼のこの振る舞いは他のどの馬とも違い、人間っぽいなあと思えました。

女の子の前でテンションが上がり、必要以上にやる気を出してしまう。

なんだか、若かった頃の自分を見てる気がして、憎めないなあと。

そんな気持ちで彼を見ていました。


あるレースのパドックで、彼はいかにもやる気がなさそうに周回していました。

そして時折、憤懣やるかたないと言った表情を観客の方に向けます。

出馬表を見てみると、そのレースには牝馬がいませんでした。

道理でやる気にならんのだなと、わたしは苦笑い。

そんなところも、彼らしいなとも。


彼はゲートが開いても個性を全開にしていました。

脚質が差しや追い込みタイプなので、いつも後方からのレース。

でも、彼はただソリを曳いて歩いているだけではありません。

第2障害と言われる急坂までの間、よく首を左右に振って歩いていました。

中継のコメントで、牝馬の尻を見ているのだと言われて納得。

よくしつけられて人間の言うことをきちんと聞く馬ばかりの中で、人間の言うことを聞きつつ本能を丸出しにしている彼の存在は、ひときわ輝いて見えました。

現役の競走馬でいるうちは女の子と仲良くなることは出来ません。

ですが、レースに参加しながら尻を追いかけることは出来るのです。

出来ることを精一杯している彼は、レースの勝ち負けとは別のところで戦ってる気がして、応援せずにはいられませんでした。

そう思ってた人はわたしの他にもいたようで、条件戦でも彼にはひときわ多くの声援が送られていました。

ばんえいには他にもアイドル的な人気を誇る馬が何頭かいましたが、わたしは彼が一番のお気に入りでした。


そんな彼も賞金を積み上げ、条件戦とはいえかなり上のクラスまで上がって来ました。

しかし、彼にとっては最大の試練がやってきます。

このクラスには牝馬がおらず、出るレースには牡馬とせん馬ばかり。

パドックを周回する彼にやる気が見られなかったことは言うまでもありません。

ゲート入りする直前のいななきは以前同様でしたが、「なんで女の子がおらんのや!」と言ってるようにも聞こえます。

そんなレースでも、彼は重たいソリを曳き、精一杯歩いて入賞を勝ち取って来ました。

賞金を積み上げて一番上のクラスに上がれたらいいなぁ。

そしたら、女の子と一緒のレースなんだぞ。

そう思いながら中継を見ていました。


ひとつ上のクラスとの混走になるレース。

出馬表を見ると彼の名前の他に牝馬が一緒に出ることに気づきました。

ようやく女の子と一緒のレースだな。あいつも楽しみにしてるだろうか。

そんなことを思いながら中継を見ていると、彼は疝痛で競走除外になったとのこと。

せっかく女の子と久しぶりにレースなのに、残念だなあ。

早く良くなってくれよ。

そんなことを中継にコメントしました。

しかし……。


それからしばらくの後。

彼が亡くなったことを知りました。

今年の夏の暑さが堪えたのか。

それとも他に理由があったのか。

わたしには知るよしもありません。


ただ。

あのステップも見られない。

あのいななきも聞くことが出来ない。

それが何より悲しく、寂しくて仕方がありません。


亡くなったときの彼のクラスはA2。

決して強いとは言い切れませんですし、何かタイトルを取ったわけでもありません。

ですが、出来ることを精一杯やった彼はばんえい競馬のファンを増やす一助になったことは間違いありません。

そして、わたしは彼に出会わなければ、こんなにばんえいにのめり込んでなかっただろうなと思うのです。


だから、悲しくて寂しいけれど。

精一杯の感謝を彼に伝えたいと思うのです。

マックス、お疲れ様。ありがとう。

ずっと忘れないからね。

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