Arrargen Eccchica

 地球、人類化計画。

 みんなが、待ち望んでいたもの。

 ……みんなはその場でサインした。

 テクノロジィに、ネットワーク、通じて。


 パステルブルー、パステルピンク……パステルだらけのこの教室は、トラブリィ、わっちゃわっちゃと賑やかで、……トラブリィ。



「ヒロム。いっしょに、サインしよ」

「ごめんキキル、……わたし、今日、彼氏と会うんだ」


 キキルの目が、濁った気がした。ううん、きっと、それは気のせいではない。キキルは、キキルは、エモーションによってそんなにも目の色を変えるの、ああ、……だから、だから、わたしをそんなふうに見つめないでってば。


「ヒロムにはそんな存在いらないと思うけどなあ」

「ごめん、だからね、ほんっと、ごめん」


 わたしは両手を合わせる動きをした、……オールディ、オールディ、あんまりにもオールディだからキキルは気を抜いて笑っては、くれないかしら。でもキキルはそうはしてくれないのだった。代わりに、やたら神妙な顔で目から小さな光を漏らす、……きれいなレッド、それは抗議するときの色。


「キキルはいつでもヒロムを待つよ。だって地球、人類化はサインすればヒロムといっしょになれることでもある。みいんなといっしょになれるんだ、この教室のキューティなみんなともすべて……ね」


 すばらしいことでしょう、と言わんばかりにその瞳が、ふたつとも、グリーンに、グリーンに。


「ヒロムはオールディすぎるんだよ。Oldyオールディ,Conserstanssコンシスタンスだよ、言ってる意味、わかるよね?」

「……そうなるね、もしかして、わたしは」


 古くさい、そんななかから変われていない、わたしの友人のひとりであるキキルは、いつも、いつもわたしにそう言う。

 ううん。キキルだけではない。みんなのなかの、ミミナだって――。


「ほうらー、キキルー! ヒロムは、なにかとテイク・ア・ワーズだからさ、いまはほっといて、サインしよ。ほかのみんなはやっている……」


 ミミナの発するパルス信号が、わたし限定で届いた。

 ねっ、ねっ? ――ヒロム。ねっ、ねっ、ねえねえ!

 ね、わかるよね、言ってる意味。

 ヒロム以外は、みいんなやってるんだよ、全員、全員だよこの教室は。世のなかだって、そうだよ。だって地球と一体化できる、んだよ? なにをそんなにヒロムはためらうんだろう。変わったヒロム。サウンディーワーズだって、みんなのように標準化しないんだから。そこがヒロムの魅力でもあるけれどねでもでも。でもねえ。やっぱりヒロムあなたは――。



 ざざざざざ、と。……ノイジィ。



「……おっと」


 ミミナは、ふいに言った。どうしたのどうしたの。まわりのみんなが、彼女に尋ねる。


「……いや、ちょっとねえ、パルス信号、送りすぎたわー、あまりにはっちゃけー、ぶっちゃけすぎたわー、パルスやりすぎって感じ?」

「あはは、よくあるー、よくある」


 みんなのサウンディーワーズでは、いったいどう聞こえているんだろう?

 わたしはそんなふうに関係ないことをまた、ぼんやり思った。



 わかるよね。わかるよね。わかるよね……。



 わたしにとってその意味は、わ、か、る、よ、ね、という音で構成される。でもみんなは異なったサウンディ・ワーズを使っているわけだから、べつの音でそういうのが響くわけで。


 わたし、ヒロムは。変わっているね、ってばっかり言われる。それはサウンディーワーズをみんなの標準に合わせないから? ううん、そもそもずうっとオールディな日本語のサウンディワーズにこだわってきたから、いつのまにか、考えかたとか、ずれちゃった?

 わたしそんなに変わっているかな。

 わたしは、ただ――こわい。


 こわいだけ。

 なんだけど、な。



 ……なにが?

 そう言われれば、よくわかんなくなる。

 この、極まった時代で。技術は、爛熟らんじゅくした。もう地球にもなれるっていうのにね――。






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ラバアズ 人類は進化の果てに、人間であることをやめて地球そのものに成るそうです。 柳なつき @natsuki0710

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