第18話

 家を出るとヘリコプターの轟音と轟風が吹き荒れていたが、そこに鴉の姿はない。スピネルが上空を見ると、鴉がヘリコプターから降りている梯子を登っている姿があった。


「この、待ちなさい!」


 スピネルは左手にスーツケースを持ったまま片手で梯子を登っていく。その姿に慌ててオニキスも梯子を登った。


「か……姉さん、危ないよ!オレがカバン持つから。」


 オニキスの言葉も聞こえていないのかスピネルは止まることなく、もの凄いスピードで梯子を登り、ヘリコプターの機内に入るなり叫んだ。


「私を置いていこうとしたでしょ!」


 そのまま殴りかかりそうな勢いのスピネルを後ろからオニキスが止める。


「姉さん、落ち着いて」


 機体が大きく揺れてスピネルがバランスを崩す。が、スピネルの体が床に倒れることはなかった。


「……」


 スピネルは鴉とオニキスに体を支えられ、そのまま椅子に座らされる。


「だから危ないって言ったのに」


 オニキスがため息を吐く隣で、鴉が操縦士に指示を出す。


「発進しろ」


「了解」


 ヘリコプターが旋回をして進む。鴉は何か言いたそうなスピネルに視線をむけた。


「親子喧嘩が終わるのを待つほど時間はない」


「だからって置いていくことないでしょ!」


「君なら気付いて来ると思った」


 鴉の当然のような言い方に、スピネルが一瞬言葉に詰まる。


「き、気付かなかったら、どうしてたのよ?」


「君はそこまで無能か?」


 分かりにくいが、一応評価されたことを理解したスピネルの顔が一気に赤くなる。赤くなった顔を隠すように慌てて窓の外を見た。


「……どこに行くの?」


 スピネルが話題を変えたことに、オニキスは一息ついて座席に座った。


「発信機は西に進んでいる。たぶんオシスミィに向かっているのだろう。その近辺を調べるよう指示をだした」


「そう」


 スピネルが瞳を閉じて黙る。そこでオニキスは鴉に声をかけた。


「あの水晶はなんですか?中に人が入っているように見えましたが」


 オニキスの質問に、鴉は何も言わずにスピネルを見た。

 黒い瞳は閉じられたままだが、スピネルは鴉の表情を読んだように代わりに答える。


「始祖よ。言葉の通り、私達一族の始まりの祖先」


「始まり?一体、何世紀前の人?なんで、そんな人が水晶に?」


 オニキスの疑問にスピネルは瞼を閉じたまま表情を変えることなく軽く言った。


「さあ?詳しいことは知らないわ。ただ、始祖は始まりでもあり、終わりでもあるということよ。私達一族は元々、白髪、黒瞳だったの。その外見、能力の違いから迫害され、絶滅しかけたわ。けど、ある時から私達一族に突然変異が起きて黒髪、黒瞳しか産まれなくなった。水晶の中にいるは白髪、黒瞳で産まれた最後の人よ」


 確かに水晶の中にいたのは白髪、黒瞳の人だった。そして、その姿は無意識に沙参を思い出させる。


「……もしかして、沙参は…………」


 確信したようなオニキスの言葉に、スピネルは口元だけで笑った。


「そういうカンがいいところ好きよ。そう、沙参は始祖の生き残り。と言っても、私達の始祖とは違うわ。何千年も昔に東へ移住した、最も古く、最も誇り高い、最期の純血種にして、絶滅が決められた種」


「絶滅……」


 オニキスの言葉に、スピネルは疲れたように全身の力を抜いた。


「後は鴉に聞いて。そっちの話は鴉が専門だから。……少し寝るわ」


 そう言うと、スピネルは静かな寝息をたてながら眠ってしまった。


 オニキスと鴉の間に沈黙が流れる。先に言葉を発したのは鴉だった。


「聞かないのか?」


 オニキスは青い瞳を伏せながら言った。


「これは沙参のプライバシーに関わります。本人のいないところで話すことではないと思います」


 その言葉に鴉はどこか笑ったように見えた。


「誰に似たのか、損な性格だな」


 鴉の言葉にオニキスは少しだけ笑った。


「母は父親に似たのだと言います。会ったこともないのに似てると言われても実感がありませんけど」


「父親に会ったことがないのか?」


「はい」


 オニキスの返事に鴉は納得したように頷いた。


 オニキスの瞳は青い。このことはオニキスの父親が一族の人間ではないことを示していた。普通は一族内で結婚をして子を産むため、黒い瞳の人間しかいないためである。


 スピネルは狭い島に閉じこもっている一族から抜け出そうとしていた。そして父親である長老と喧嘩別れするように島から出て行き、自分の能力を最大限利用して各国の軍隊を点々とした。

 その中でオニキスを産んだのだと思われる。ただスピネルの性格からして、普通の人と違うこと、一族のことを考えて、父親となった人物には子どもがいることは知らせず一人で育てたのだろう。


 鴉はスピネルの寝顔を見ながらオニキスに聞いた。


「いい母親か?」


 オニキスが大きく頷く。


「自慢の母です」


 きっぱりと言ったオニキスに、鴉は苦笑しながら言った。


「君は充分、母親似だ」


 その言葉にオニキスは照れたように頬を赤くした。

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