第17話
長老が部屋から出て行ったところで女性が微笑みながら鴉に言った。
「相変わらず鴉さんは人を動かすのがお上手ね」
鴉は女性に一礼して挨拶をした。
「お久しぶりです、ミセス、アストロフィライト。挨拶が遅れてすみません」
「礼儀正しいのも相変わらずね。アスティでいいわよ。みんな、こちらへどうぞ」
アスティは三人を暖炉の前のソファーに案内した。暖炉には今にも消えそうな火が小さく燃えている。その光景にオニキスはスピネルが引っ越しする時には必ず暖炉のある家を選んでいたことを思い出した。
オニキスが懐かしいような落ち着く雰囲気に自然とリラックスしていたところで、アスティが声をかけてきた。
「コーヒーと紅茶、どちらがいい?」
「紅茶がいいわ。お母様の紅茶は絶品だから」
「わかったわ」
嬉しそうに微笑むアスティに、オニキスが慌てて立ち上がる。
「手伝います」
その言葉にアスティが驚くように笑った。
「よく気が利くのね、ありがとう。でも、いろいろあって疲れたでしょうから休んでなさい」
そこにスピネルが当然のように言った。
「お母様、オニキスに紅茶の淹れ方を教えてあげて。そうしたら、いつでもお母様の紅茶が飲めるわ」
スピネルの言葉にアスティが吹きだすように笑った。
「自分で覚えようって思わないの?わかったわ、淹れ方を教えてあげる。でも、スピネル。飲みたいなら、ちゃんと帰ってきなさい。いつでも淹れてあげるから」
そう言うとアスティはオニキスを連れて台所に消えた。
二人が台所に入ったことを確認してから、スピネルは鴉に話しかけた。
「それにしても、なにも持たずにセスナから飛び降りるなんて無茶したわよね。両足が砕けたでしょ?」
スピネルの言葉に鴉は平然と答える。
「すぐ治った」
「でも痛みはあるでしょ?痛覚は普通の人と変わらないんだから」
「……」
何も言わない鴉にスピネルはため息を吐いた。
「沙参ちゃんがさらわれたのは、あなただけのミスじゃない。自分を許せないのは分かるわ。でも、自分を傷つけても沙参ちゃんは帰ってこないわよ」
「わかっている」
「わかっているのに、傷つけるのをやめないのよね。悪い癖よ」
そこに長老が一冊の本を持って部屋に入ってきた。
「暗黒時代は全員ではないが、今日(こんにち)までの行方不明者の名前が載っている。住民のほうは今、所在確認をさせているところだ」
そう言って長老はソファーの前のローテーブルに本を広げて置いた。
その本には行方不明になった人の名前、日付、状況が細かく書かれている。一つ一つをじっくりと読んでいる中で、スピネルは暗黒時代以降に行方不明になった少女の名前を指差した。
「お父様、この時のこと覚えてる?」
「これは礼拝堂に雷が落雷して火事になった時のことだな。火事の中、突然いなくなったので炎に巻き込まれて消失したと判断した。ただ、死体の確認が出来ていないため、行方不明者として扱っているが、どうかしたか?」
「消火には外部の人間が入った?」
「ああ。乾燥していたためか、火の回りが速くて島全体が火の山のようになってな。その光景に対岸の消防隊が勝手に消火に来たのだ」
「その時に連れ去られた可能性が高いわね」
鴉が頷きながら本を指差す。
「そうだな。他の行方不明者は状況から外部の人間に誘拐された可能性は低い。この中で行方不明を装って島から出て行くような人はいますか?」
その言葉に、長老は渋い顔をしながら本を閉じた。
「そんな酔狂な人間など、じゃじゃ馬娘以外おらん」
「私は行方不明なんて偽装しないで堂々と出て行ったじゃない」
「そうだったな。島の男共を全員、倒してな!」
長老の嫌味のこもった言葉に、スピネルが軽く笑いながら反論する。
「そっちが『島を出て行きたかったら、こいつらを倒してからにしろ』って言ったから、そうしたのよ。それに弱すぎるのよ、この島の男達は」
「なんだと!?」
そこに鴉の携帯電話が鳴った。鴉は携帯電話を取り出して、
「失礼します」
と、自分の存在を忘れて喧嘩を始めた二人に一礼をして部屋から出て行った。
鴉と入れ代わるようにアスティと紅茶を持ったオニキスが部屋に入ってくる。
「お待たせ。さあ、どうぞ」
明らかに険悪な雰囲気をアスティが笑顔一つで黙らせて、二人の前にカップを並べていく。
スピネルは紅茶を一口飲んで満足そうに頷いた。
「やっぱり、お母様の紅茶が一番おいしいわ」
「ありがとう。オニキスも手伝ってくれたから、いつもよりおいしい紅茶が淹れられたわ。とても慣れてるのね。ゴールデンルールも知っていたし」
その言葉にスピネルは当たり前のように言った。
「当然よ。私の自慢の息子なんだから」
「そうね。私の自慢の孫だもの」
そう言って女性陣が微笑みあっている反対側で長老がうつむいていた。カップを持っている手は微かに震え、こめかみには血管が浮いている。
その姿にスピネルはわざと、からかうように声をかけた。
「どうしたの?それじゃあ、血管が切れるわよ?長老が頭の血管が切れて死んだなんて笑い話にもならないわ」
長老の持っているカップにヒビが入る。だが、それ以上カップが壊れることはなく、長老はカップから手を離した。
「父親は誰か言え」
全身が怒りに包まれているにも関わらず、恐ろしいほど静かな声。そんな雰囲気を吹き飛ばすようにスピネルは楽しそうに言った。
「まだ分からないの?その目はかざり?そんなので、よく長老なんてできるわね」
「このぉ……」
親子喧嘩どころではない気迫にオニキスが不安そうにアスティを見る。だがアスティは慣れた様子で茶菓子を睨み合う二人の前に置いた。
「いつものことだから気にしないで。私達も食べましょう」
アスティにすすめられてオニキスもソファーに座る。そこに鴉が帰ってきて、今にも殴り合いの喧嘩をしそうな二人に平然と話しかけた。
「失礼しました。先ほどの話の続きをしても、よろしいですか?」
その言葉に怒りが沸点寸前の長老はすぐに反応することが出来ず、代わりにスピネルが答えた。
「この女の子が行方不明になったのは十年以上前よ。今から探すって言っても、すぐには見つけられないし、見つけられる可能性は低いわ。それより、始祖が何処に運ばれたか分かった?」
「追跡していた部隊の連絡が途絶えたと報告が入った」
「人工衛星で追跡してなかったの?」
「モン・トンプ島が攻撃されると同時に衛星の機能がダウンしたらしい。現在、復旧作業の真っ最中で機能回復まで最低でも、あと四時間はかかるそうだ」
その言葉にスピネルは両手を頭上に上げ、ソファーの中に全身を沈ませた。
「なーんか、敵の作戦勝ちみたいで気分悪いわ。沙参ちゃんへの唯一の手がかりもなくなったし。これから、どうするの?」
「それを今、考えている」
そう言って黙り込んだ鴉の代わりに、オニキスが紅茶を飲みながらサラリと言った。
「あの水晶の行き先なら分かりますよ」
全員の視線が集まる中、オニキスが足元のリュックの中からGPSを取り出す。
「発信機を撃ち込みました。現在、水晶は移動中です」
「水晶を傷つけたのか?!」
長老が怒りの表情のまま迫ってくるのを遮るように、スピネルがオニキスに抱きつき、鴉が冷静にGPSを見ながら意見を言った。
「さすが、私の自慢の息子!よくやったわ!」
「そういうことは早く言え」
三方向からの声にオニキスは戸惑いながら順番に答えていく。
「えっと、あの、水晶に傷はついていないと思います。透明接着剤で引っ付いているだけなので。母さん、いいかげんに離れて」
そう言うと、オニキスは鴉にGPSを渡しながら謝った。
「言うのが遅くなって、すみませんでした」
よくよく思い出せば長老と会った後、オニキスは一度、発信機のことについて言いかけたのだが、その後の衝撃的な出来事の連続にずっと言いそびれていたのだ。
鴉はオニキスの心中を察して、それ以上は言及せずに必要事項だけ聞いた。
「探知範囲は?」
「地球上のどこでも探知できます。地下も大丈夫です」
その説明に鴉の片眉が上がる。
「どこで手に入れた?」
オニキスが困ったようにスピネルを見る。スピネルは笑いながら自分のことのように自慢した。
「ちょっと某軍から拝借したんだけど、ここまで性能をよくしたのはオニキスよ」
「少し、いじっただけです」
鴉はGPSで移動している発信機の位置を確認して立ち上がる。
「借りるぞ」
そう言って歩き出す鴉にスピネルが慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!オニキス行くわよ!」
オニキスはスピネルの突然の行動について行けず、引きずられるように立ち上がりながら慌ててリュックを持った。
「な、何?どうしたの?」
「お母様、また紅茶を飲みに帰って来るわ。お父様、次に帰ってくる頃には、その固い頭を少しは柔らかくしててよ」
スピネルがオニキスを引きずったまま部屋のドアを開ける。
「お邪魔しました」
「また帰ってらっしゃい」
にこやかに笑顔で見送るアスティの隣で、長老が言葉にならない怒りで全身を震わしている。
「二度と帰ってくるな!」
長老の怒鳴り声に押し出されるように、二人は慌しく家から出て行った。
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