第14話

 飛行場で水陸両用のセスナに乗り込んでから二時間。

 薄暗い緑の大地の先に黒い海が見えてきた。上空には黒い空に満天の星が輝いている。


「なんか、変ね」


 セスナを操縦しているスピネルの視線の先には、平地の果てにある海の中でポッカリと浮かんだ山が一つあった。ただ、その山からは上空に向かって無数のサーチライトが照らされ、所々から煙が昇っている。


 スピネルは視線を前にむけたまま鴉に訊ねた。


「地上と連絡は取れた?」


「妨害電波が出ていて連絡が取れない状況だ」


 鴉が山の頂上を指差す。その先には大天使の銅像をかかげる礼拝堂が要塞のように建っていた。


「礼拝堂の真上を通過しろ。先に降りる」


 もちろん山が一つあるだけの島なためセスナが着陸出来るような平地はない。飛んでいるセスナから飛び降りるという意味である。


「あ、じゃあ簡易パラシュートを……」


 山積みになっているバックをあさるオニキスに、鴉は憮然とした表情のまま言った。


「必要ない」


 鴉はそう言って、さっさと機体の後ろにあるドアへ移動していく。


「え?でも……」


 オニキスは鴉の後ろ姿を見た後、どうしたらいいのか分からずスピネルを見た。


「鴉のことは気にしなくていいから。あ、念のためにそのボストンバックも持って行って」


 スピネルの言葉に促されるようにオニキスはリュックを背負い、ボストンバックを肩に担ぐと席を立った。窓の外には天高くそびえる礼拝堂の姿が見える。セスナがゆっくりと高度を下げながら近づいていく。


 オニキスが地上の様子を見ようと窓を覗き込んだとき、スピーカーからスピネルの声が聞こえた。


『好きなときに飛び降りて。ただし、ドアはちゃんと閉めて行ってよ』


 まるで遊びに行く子どもに声をかけるような内容だ。とても数百メートル上空を飛んでいるセスナから飛び降りる人間にかける言葉ではない。


「先に行く」


 鴉はそれだけ言うと、ためらいなくドアを開けて暗闇の中に飛び込み、あっという間に闇の中に溶けていった。


「本当に何も持たずに行っちゃった」


 感心しながらオニキスも何も持たずに機内から飛び出した。

 機体から体が出ると同時にドアを蹴って閉める。そして、落下しながら礼拝堂の屋根の上にある大天使の銅像の隣を通り過ぎたところで、懐からサバイバルナイフを取り出した。


 オニキスは空中で器用に体勢を整えると、天空に向かって一直線にそびえ建つ礼拝堂の壁にサバイバルナイフを突き刺した。両肩に体重以上の負荷がかかると同時に、サバイバルナイフが折れる。


「クッ」


 オニキスの体が再び落下する。しかしスピードは落ちており、無傷のまま軽く着地することが出来た。そこに正面から声をかけられる。


「歴史的遺産に傷をつけるな」


 目の前に不機嫌そうな雰囲気を漂(ただよ)わせている鴉が立っている。


「すみません。あの……ケガは?」


「しているように見えるか?」


 堂々とした鴉の姿にケガがあるようには見えない。どうすればパラシュートもなしに、数百メートル上空からケガをせずに飛び降りられるのか不思議だ。


 だがオニキスは何もなかったように周囲を見渡した。


「騒がしいですね」


 夜の暗闇を消すように町中の明かりが点けられ、サーチライトは何かを探すように上空や地上を照らしている。


 そこに自動小銃を構えた男が走ってきた。オニキスが構えるのを鴉が制止する。


「隊長!」


 男の緊迫した声に、鴉が落ち着いた声で命令する。


「状況を報告しろ」


「は!」


 男は鴉に敬礼をすると説明を始めた。


「約一時間前、上空と海上より同時に金色の瞳をしたセルティカ国兵士が攻撃してきました。奴らの目的は礼拝堂のようで現在、クラヴリー隊が礼拝堂にて戦闘中です。我が隊は町を防衛中です」


「クラヴリー隊と連絡は取れるか?」


「妨害電波のため取れません」


「住民の被害状況は?」


「ほとんどは避難して無事ですが、数人が礼拝堂でクラヴリー隊とともに戦闘中です」


「わかった。引き続き任務を遂行しろ。礼拝堂を鎮圧したら、すぐに行く」


「は!」


 男は再び敬礼をすると、走って町へ戻って行った。鴉は左手で腰に提げている刀に触れると、オニキスを見た。


「武器は?」


 オニキスは少し口元を上げて、肩に担いでいるボストンバックを指差す。


「自分の身は自分で守れ」


 鴉はそう言うと礼拝堂の中に駆け込んだ。


 そこには中央にステンドグラスと巨大な十字架と五十人ほどが座れる椅子があった。ただ、激しい銃撃戦があったのがステンドグラスは壊れ、椅子は銃弾の穴だらけで転がっている。


「こっちだ」


 鴉が右側にあるドアを開けると、人一人が通れるぐらいの狭い螺旋階段があった。明かりはなく、所々にある小さな窓から外のサーチライトの光が入るのみだ。足元は暗く自分の足さえ見えないが、二人は問題なく階段を駆け上がっていく。


 少しずつ銃声や叫び声が聞こえてきた。そこに突然、大きな爆発音が響き、礼拝堂が揺れた。天井から埃が降ってくる。

 階段が揺れる中、鴉とオニキスは足を止めずに走った。小さな窓の外では爆発で吹き飛んだ石の破片が落下している。


 揺れはすぐに収まったが、銃声が激しくなっていく。


「先に行く」


 それだけ言うと鴉は走るスピードをあげて階段を上り、あっという間にオニキスとの差をひろげた。

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