第15話

 鴉は走るスピードをあげて階段を上り、あっという間にオニキスとの差をひろげた。消えた鴉の後ろ姿にオニキスが青い瞳を丸くする。


「速いな。オレがついていけないなんて」


 オニキスは呟きながら肩に担いでいるボストンバックを担ぎなおすと、走るスピードを上げた。


 オニキスが最上階に到着すると、鴉がドアの前に倒れている男を担いで廊下の陰に移動させていた。男は血を床に流しながら、かすれた声で鴉に謝る。


「……隊長、すみません……部下達を……」


 鴉は男をゆっくりと床に寝かせると、しっかりと頷いた。


「よくやった。後のことは任せろ」


 その言葉に男は安心したように茶色の瞳を閉じる。


「……ありがとうございます……」


 オニキスは鴉から視線を逸らすように部屋の中を見た。


 バリケードのように椅子やテーブルが積み上げられ、その陰から男が自動小銃で戦っている。その足下には白いローブを着た人と自動小銃を持った男達が倒れている。

 そして、その先では白いローブを着た数人が金色の瞳をした兵士と直接戦っている。その戦っている姿にオニキスは開いた口が塞がらなかった。


 兵士が銃で攻撃してきているのに対して、白いローブを着ている人達は長い棒や牛などを解体するときに使う包丁で戦っているのだ。しかも、その動きは人間離れしていて、銃弾を避けるために走り出したかと思うと、そのまま壁や天井を走り抜けて攻撃をしていく。


 だが金色の瞳をした兵士も常識では考えられない身体をしていた。

 白いローブを着た人達に包丁を突き刺されても、倒れずに平然と銃を撃っているのだ。そして残りの兵士は部屋の中央にある巨大な水晶をロープで固定している。


 オニキスは部屋の入り口で肩に担いでいたボストンバックを下ろすと、中から金属を取り出して組み立て始めた。鴉はオニキスを無視して部屋に突入すると、自動小銃を撃っている部下に命令をした。


「負傷者を連れて撤退しろ」


 部下は鴉の言葉に無言で頷くと、倒れている人達を抱えて部屋から出て行く。


 鴉が刀を構えて兵士に斬りかかろうとしたところで、後方から質量のあるものが肩をかすめて前方に飛んでいった。振り返ると、オニキスが床に固定したボウガンに直径五センチはある銛(もり)をセットしている。そのまま発射された銛は兵士の体を貫いて昆虫標本のように壁に突き刺さった。


 銛一本約一・五キロ、それが三十本で約四十五キロ。それに銛を飛ばすボウガンの重さを足せば、軽く五十キロを超える。そんな重さを感じさせない走りでオニキスは階段を駆け上がっていた。


「あんなものを担いで、よく走れたな」


 鴉が感心している間にもオニキスは銛を兵士の肩や足に撃ち込んでいく。

 だが、兵士は痛みを訴えることなく身体と壁を固定している銛を抜こうとしている。普通なら痛みで気絶をしているか、意識はあっても痛みで動けないはずだ。


「どういう神経しているんだ?」


 兵士の姿にオニキスは思わず呟いたが、手は次々と銛を撃っている。しかし兵士もやられっぱなしではない。一斉にオニキスに銃口を向ける。


「やばっ!」


 オニキスがその場から逃げようとした時、目の前を黒いロングジャケットが塞いだ。続いてカンカンという金属を弾く音が響き、床に弾が転がる。


 呆気にとられているオニキスに鴉は刀で銃弾を弾きながら息も乱さずに平然と言った。


「少しは防御を考えて攻撃しろ」


「は……す、すみません」


「いいから、とっとと攻撃しろ」


 そう言うと鴉は兵士の方へ走り出した。


 自然と兵士の攻撃が鴉へ集まる。そこに銛が飛んできて兵士の動きを封じていく。そこで銃口をオニキスへ向ければ鴉が刀で武器を斬っていく。

 縦横無尽に駆け回り斬りかかる鴉と、隙をついて銛を撃ち込んでくるオニキス。この二人の連携攻撃に兵士は防戦一方になり、少しずつ動ける人数は減っていた。


 鴉は部下と白いローブを着ている人達が全員撤退したのを確認してオニキスに視線をむけた。


「あと何本、残っている?」


「七本です」


 攻撃をしてきている兵士が四人、巨大な水晶をロープで固定している兵士が二人で計六人。


「水晶の側にいる奴らを狙え!水晶だけは……」


 そこまで言ったところで上空から轟音を強風が部屋の中に吹き込んできた。


 オニキスが顔を上げるとヘリコプターが天井から部屋の中に入りそうな勢いで低空飛行している。そのまま重機関銃の銃口がオニキス達のほうへ向けられる。


「ウソ?」


 オニキスが慌ててボウガンから離れると同時に銃弾の雨が降り注いだ。

 反射的に死角に逃げ込み、ヘリコプターの様子を窺おうと隙間から顔を覗かせるが、やはり銃弾の雨が降ってくる。鴉も別の死角に隠れてヘリコプターを攻撃しようとするのだが、同じく銃弾の雨で動けない。

 その間にも動ける兵士達がヘリコプターから垂れ下がってきたロープを水晶に繋げていく。


 オニキスはもう一度、少しだけ顔を覗かせてロープで固定された水晶を見た。軽く二メートルはある水晶の中に人の大きさほどの何かがある。


 オニキスは目を凝らして、もう一度、水晶の中に入っているものを見た。


「沙参!?」


 水晶の中には粉雪のような白髪に半分しか開いていない黒い瞳、全身を甲冑で固めた少女がいる。


 ヘリコプターが上昇を始め、ロープで繋がれた水晶もゆっくりと動き出した。


「まて!」


 鴉がヘリコプターを止めるため飛び出そうとするが、重機関銃と兵士からの攻撃で動けない。

 オニキスは腰から銃を取り出して装填していた銃弾を抜くと、リュックのポケットから銃弾を取り出して一発だけ装填した。


 オニキスは転がるように死角から出ると、天井から上空へ姿を消そうとしている水晶に向かって一発だけ撃った。そのまま銃弾は水晶に命中したが、何事もなかったようにヘリコプターは飛び去っていく。置き土産を一つ、放り込んで。


「逃げろ!」


 鴉が叫ぶ前に、オニキスは走り出していた。ヘリコプターから投げ込まれた手榴弾が床に落ちる。

 爆音とともに爆風がオニキスの背中を押した。転がるように壁に背中を叩きつけられ、一瞬息ができなくなる。再び息が出来るようになった時、反射的に思いっきり煙を吸い込んだため、咳き込んだ。そこに頭上から声をかけられる。


「生きてるな?」


「は、はい」


 オニキスが咳き込みながら立ち上がる。そこに涼しい風が吹きぬけた。周囲を見ると、先ほどまであった壁がなくなり島全体の光景が見渡せるようになっていた。床を見ると、皮膚が黒く焦げた兵士が身体を起こそうと動いている。


「……」


 その姿に言葉を失っているオニキスの隣で鴉は当然のように言った。


「あの銛で身体を突き刺しても動けるんだ。簡単には死なない。君達の血を飲むということは、こういう身体になるということだ」


 そう言うと、鴉は黒焦げになった兵士達を無視して狭い螺旋階段を下り始めた。オニキスも黙って後をついて行くと、礼拝堂の一階で白いローブを着た人達と、自動小銃を持った男達が座り込んでいた。顔は青白く、全員が力なく俯いて疲労しているのが一目で分かる。


 鴉が一人一人に声をかけながら様子を見て廻っていく、すると、最初に現状を報告しにきた男が礼拝堂の中に入って、鴉の前で足を止めると敬礼をした。


「隊長!町にいたセルティカ国兵士は全員撤退しました。残りは、ここだけです」


「上にいるセルティカ国兵士はしばらく動けない。負傷者の手当てを優先しろ。外部と連絡が取れるようになったら、すぐに医療班を呼べ」


「はい!」


 次々と指示を出していく鴉の反対側で、オニキスは苦しそうに床に倒れている白いローブを着た人の側に駆け寄っていた。


「大丈夫ですか?」


 リュックから消毒と包帯を取り出し、血が流れている腕へと手を伸ばす。


「触るな!」


 鋭い声に突き刺されたようにオニキスの手が止まる。ドアのところに夜の闇のような黒いローブを羽織った男性がいる。その後ろから白いローブを着た人が現れ、オニキスを押しのけるように倒れている人を担ぎ出していった。


 鴉が黒いローブを羽織った男性を見て、数歩近づくと綺麗な姿勢で一礼した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る