第13話

 女性が硬直したように動かなくなり、そのまま倒れた。勝郎が女性の体を揺らすが反応がない。


「母さん!」


 月明かりの下、女性の顔色がどんどん白くなっていくのが分かる。


「どうしてだ?」


 勝郎が震える沙参を睨む。


「おまえの血は病気を治すんだろ!?どうして!?」


「……わからない……私、知らない……」


「だからって普通、血を飲んだって死なないぞ!おまえの血を飲んだから母さんは……」


「イヤ!」


 沙参が迫ってくる勝郎を突き飛ばして部屋から出ようと走り出す。だが、すぐに何かにぶつかって沙参は足を止めた。


 沙参が顔をあげると、暗闇で顔は見えないが数人の男女がいた。


「やっぱり本物だったぞ。こいつの血で死んだ」


「ああ。こいつを売れば俺達は一生遊んで暮らせる」


「苦労して穴を掘った甲斐(かい)があったわ。」


 汚い笑い声が響く。その声に勝郎が叫んだ。


「おまえら、どういうことだ!?血を飲んだら母さんは治るって言っただろ?どうして母さんが死ぬんだ!?」


「あ?そういえば、こいつのこと忘れてたぜ」


「そんなに怒らなくても、すぐに会わせてあげるわよ。あの世でね」


「なっ?騙したのか!?」


 怒る勝郎に男は捕まえていた沙参を土間へ投げた。


「こいつを連れ出した礼に楽に殺してやる。ありがたく思え」


「このヤロウ!」


 勝郎が男に飛び掛るが所詮は子ども。体格差からあっさりと首をつかまれ宙吊りにされた。


「っがぁ……」


 首が絞められて息が出来ず、どんどん唇の色が青くなっていく。


「勝郎!」


 沙参が叫ぶと同時に勝郎の首を絞めていた手が床に転がった。


「ゴホッ……ガッ……」


 突然の開放に勝郎は空気を思いっきり吸い込みながら咳き込む。同時に醜い叫び声が響いた。


「ガァァァァァァァ――――――――――――――――腕がぁ、腕がぁぁぁぁぁ!!!」


 血が吹き出す腕を抱えて男がうろたえる。その先には鈍く光る刀を持った人影があった。


「……鴉…………」


 その声に鴉は血を飛ばすように刀を一振りして沙参を見た。


「無事か?」


 呆然としている沙参を男が捕まえて首に刀を突きつけた。


「動くな!動くと、こいつの命はないぞ!」


 その言葉を聞いた鴉が沙参に言った。


「そういうことだ。動くな」


 沙参がその言葉の意味を理解する前に鴉の姿が闇に溶けた。次の瞬間、目の前は真っ赤に染まって男が倒れていた。


「なに……?なんなの?」


 突然の出来事の連続に混乱している沙参に鴉が布を被せる。そこに刀を腰に差した男達が入ってきた。怯える沙参を隠すようにして鴉が部下達に指示を出す。


「こいつらを連行して、知ってることを全て吐かせろ」


「はい」


 部下達が手際よく全員を連行していく。そんな中、一人の部下が勝郎を見て鴉に訊ねた。


「この少年はどうしましょう?」


「保護しろ。あとで直接、話を聞きに行く」


「はい」


 ようやく普通に息が出来るようになった勝郎の首に縄が巻かれる。


「なにするんだ!」


 叫んで暴れる勝郎を見て、沙参が走り出す。


「やめて!連れて行かないで!」


 そう言って沙参が勝郎の首に巻いてある縄に触ろうとした時、怒鳴り声が響いた。


「触るな、化け物!」


 沙参に飛びかかりそうな勢いの勝郎を部下が慌てて押さえ込む。


「化け……もの?」


 言葉のショックで動けない沙参に勝郎が怒りをぶちまけたように声をあげた。


「そうだ!おまえは化け物だ!母さんをかえせ!母さんを……」


 そこに鈍い音が響いて勝郎の体が床に叩きつけられた。


 鴉は勝郎を殴った右手を軽く振ると、勝郎の胸ぐらを掴んで床から引きずり起こした。


「都合のいいように勝手に勘違いしておいて、人に罪をなすりつけるな。貴様のせいで沙参がどれだけ傷ついたと思っている?貴様もあいつらと同じだ」


 その言葉に勝郎の顔から怒りが消えて俯く。


「連れて行け」


 鴉の命令に部下が縄を引っ張ると勝郎は大人しく歩き出した。

 外では近所の住民が窓の隙間から様子を窺っている。中には外に出て様子を見ようとする者までいた。その光景に鴉が部下に新たな指示を出す。


「住民を外に出すな。それと急いで馬を用意しろ」


「……鴉……」


 その声に鴉が下を見ると、沙参が黒い瞳に涙をためて鴉の袖を握りしめていた。


「……友達なの……お願い。酷いことはしないで」


 必死に唇を噛んで、涙がこぼれないように堪えている。その姿に鴉はため息を吐いた。


「あんなことを言われたのに許すのか?」


「だって……初めて、友達……って言ってくれ……」


 最後は言葉にならず、沙参はついに泣き出した。


「わかった。わかったから泣くな」


 鴉は沙参を布で包むと抱き上げた。少しずつ馬の蹄の音が近づいてくる。


「お父上とお母上が心配している。早く帰るぞ」


「……うん……」


 その後、勝郎と再び会うことはなかった。事件の詳細について何度か鴉に訊ねたが答えはなく、勝郎は遠いところで元気に生きているということだけ、教えてもらえた。


 それから沙参は自分の血や祖先について色々調べ、人の寿命以上の時間を生きてきた。


 その結果、沙参は一つの考えに辿り着いた。


 心を許しても、その人は必ず先に死ぬ。感情をみせれば、そこにつけこまれる。ならば一人のほうがいい。ともに生きられる者がいないのであれば、私は最後まで孤独(ひとり)でいよう。


 そう自分に誓ったのは、いつのことだったか?


 微かな振動に瞳を開ける。夢の中と同じ暗闇。だが夢と違うのは月がなかったことだ。


「……移動中か」


 暗闇に慣れた瞳が目の前にあるたれ耳うさぎのぬいぐるみを確認する。両手は後ろで縛られて動かせないが、とりあえずぬいぐるみが視界の届くところにあるので安心した。


「子どもだと油断した」


 レストランで泣いていた男の子を思い出す。金色の瞳を見た時に逃げることは出来たのだが一瞬、躊躇った。その一瞬に催眠ガスを噴出されたのだ。


「あんな顔をしているから、あんな夢を見るんだ」


 沙参が苦々しく舌打ちをする。


 男の子は金色の瞳をしていることを除けば、勝郎にそっくりだった。勝郎はとっくの昔に死んでいる。生きていられるような年齢ではない。そのことを頭では理解していても、突然のことに体は動かなかった。


「もう一回、眠り直しだ」


 あれから強く逞しく成長した沙参は、誘拐されているとは思えぬ図太い神経で今度は自分の意思で眠りについた。

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