第4話

 素早くリビングから出て行ったスピネルに対して、オニキスはのんびりと沙参に声をかけた。


「行こうか」


 オニキスが有無を言わさず沙参の手を握ると、引きずるように歩き出す。話の見えない沙参は慌てて手を振りほどこうとしたのだが、力が強くて振りほどけない。


「先に説明しろ!何があった?」


「歩きながら説明するから、ついてきて」


 そう言うと、オニキスは不満気な沙参を気にすることなく歩きながら説明を始めた。


「さっき外に出たら偽者軍が君の落ちていた場所を調べてた。この辺を包囲し始めていたから、早くしないと逃げられなくなる」


「これは私の問題だ。おまえ達は関係ない。これ以上、かかわるな」


「まあ、まあ。姉さんも結構、乗り気だし。気にしないで、かかわらせてよ」


 オニキスの軽い口調に、沙参は声を荒げなかったが明らかに怒りの含んだ声で言葉を返した。


「これは遊びではない」


「そんなことは百も承知」


 そう言ってオニキスがドアを開けた先には重厚な造りのジープが一台、車庫に停車してあった。


 オニキスは沙参の手を握ったまま後部座席のドアを開けて、壁にかかっているリュックやバック、バイオリンのケース等を手際よく車の中に放り込んでいく。そして最後に沙参を見て微笑んだ。


「乗って」


「断る」


「だろうね」


 オニキスはあっさりと沙参をバッグ達と同じように車の中に放り込んだ。そこにスピネルが左手にスーツケースを持ち、右肩に布で包んだ物を担いで走ってきた。


「行くわよ!」


 スピネルが助手席に乗り込むと同時にオニキスが運転席に座る。


「待て!」


 放り込まれた沙参が体を起こすと、車庫のシャッターが開いて眩しい光が瞳に飛び込んできた。


 スピネルが窓を全開に開けて上半身を車体から乗り出している。そして右肩に担いでいた物の布を剥ぎ取った。


「耳を塞いで!」


 スピネルの怒鳴り声と肩に担いでいる物を見て、沙参は反射的に耳を両手で塞いだ。次の瞬間、轟音とともに車体が大きく揺れ、窓が細かく振動した。


「しっかり、つかまってて」


 オニキスのかけ声とともに、車はいきなりエンジン全開で車庫を飛び出した。車庫の前に停車していたのであろう軍用車がロケット砲で吹き飛ばされて林の雪の中に埋もれている。


「上々ね」


 壊れた軍用車を確認したスピネルが上半身を車の中に入れながら窓を閉める。


 状況を確認しようと沙参が後ろを振り返る。すると、軍服を着た男達が何かを叫びながら銃を構えていた。


「撃ってくるぞ!」


 沙参が叫びながら運転しているオニキスを見る。オニキスはバックミラーで沙参の顔を見ながら少しだけ微笑んだ。


「たぶん平気だと思うんだけど。心配なら伏せてて」


 そう言うと同時にカンカンと乾いた音がした。再び沙参が振り返ると、飛んできた銃弾が車体を貫くことなく弾け飛んでいた。


「特注の防弾車だから大丈夫よ。ロケット砲でも壊れないわ。それより、何処に行けばいい?」


 スピネルの言葉に沙参は黙った。前の席に座る二人を静かに観察している。

 何も言わず見つめてくる黒い瞳に、スピネルは少し意外そうな表情をした。


「なに?どうしたの?」


 沙参の行動がまったく理解できないというスピネルの様子に、オニキスは肩をすくめた。


「これが普通の反応だと思うよ」


「どうして?」


 スピネルがあまりにも不思議そうに聞いてくるので、オニキスは自分の中にある常識の基準に自信がなくなりそうになった。


「いきなりロケット砲で車を壊しといて、そう言うかな?」


「あれが一番、手っ取り早くあの車を動かせる方法だったのよ。それとも他に方法があった?」


「その意見には賛成だけど、普通の人には刺激が強いと思うよ。沙参もそう思うよね?」


 いきなり話しかけられても沙参は何も答えない。ただ真っ直ぐ二人を見ている。スピネルは胸の前で腕を組んで真剣に悩んだ。


「こういう場合はどうすればいいのかしら?私達はあなたを送り届けたいだけなのに」


「……送り届けたいだけで、軍を敵にまわすのか?」


 沙参はやっと口を動かしたが、黒い瞳は動かない。


 この二人は敵か、味方か?信用していいのか?


 情報は少ないが早く決断しなければいけない。


 そんな沙参の考えなど知らないスピネルはいつもの軽い口調で話した。


「だから、あれは軍じゃないわよ。偽者」


「何故、偽者だと分かった?」


 沙参の質問にスピネルは初めて声を低くした。


「……言わないとダメ?」


 初めて見る真剣な黒い瞳に沙参は思わず一歩引きそうになった。だが、どうしても必要な情報であるため、もう一度質問しようとしたところでオニキスの声が入った。


「元軍人っていうだけだよ。別に隠すことでもないと思うんだけど」


 さらっと言ったオニキスに対して、スピネルは頭から湯気が出るのではないかというほど顔を赤くしてロケット砲を運転席に向けた。


「勝手に人の秘密を話すな!」


 今にも発砲しそうな勢いのスピネルに対して、オニキスは冷静に突っ込みをいれる。


「それ弾が入ってないよ。なんで、そんなに元軍人って言うのを嫌がるの?」


「この可憐な私が軍人なんて幻滅するじゃない!」


 平然とロケット砲を撃っといて、どこが可憐だ?


 そんな突っ込みが聞こえてきそうだが、沙参は納得したように頷いた。


「やはり軍関係者だったか。その武器はどうした?」


「……やはりって、そう見えるってこと?そんな……」


 沙参に納得されて落ち込んでいるスピネルに変わってオニキスが答える。


「軍にいた時に作ったコネで手に入れたんだって。で、そろそろ本当に目的地を言ってほしいんだけど。早くしないと偽者軍に追いつかれるから」


 沙参は袋の中からたれ耳うさぎのぬいぐるみを取り出して左手に抱えると、黒い瞳を窓の外にむけた。


「首都へ」


「首都?アルガ・ロンガ?」


「ああ。アルガ・ロンガだ」


「了解」


 三人を乗せた車はアルガ・ロンガ国の首都、アルガ・ロンガにむけて南下した。

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