第3話


「えっと……。取り敢えず、タオルが必要だよね」


 無事に自宅マンションに辿り着いたさくらは、リビングに電気を灯し、改めて男の惨状を目の当たりにする。


 先ほどまでは暗闇で、相手のことをあまり良く見えていなかったが、かなりの出血量だ。


 これは、やはり無理矢理にでも病院に連れて行くべきだったかと、さくらは思案する。しかし、男は頑なに病院には行きたがらない。何か行けない理由があるのかもしれない。


 血は蛋白質たんぱくしつだから、お湯は駄目だよね。仕方ない。水で濡らしたタオルで拭くしかないか。


「冷たいと思いますけど、我慢してください」

 

 さくらは、そう言うと水に濡れた冷たいタオルで男の乾いた血痕を拭い始めた。


「…………っ!」


「ご、ごめんなさい!!」


 さくらに成されるがまま、床に横たわっている男は、痛みか冷たいタオルのせいなのか解らないが時折、顔を歪ませる。


 そうして、時間をかけて男の顔等に付着している血痕を落としている間に、男の意識はすっかり眠りへと落ちていた。


 そして、次は服が問題だった。これもかなり汚れている。しかも服は摩擦で破けたような状態だった。喧嘩等ではないとしたら、もしかしたら、この男は事故に合ったのかもしれない。


 服を脱がすべきか。


 さくらは恐る恐る男の服に手をかけて、すぐに思い留まった。いや、これ以上は止めておくべきだ。素人には手におえないだろうと。


 これで、この男がこのまま本当に死体になってしまったら私が逮捕されるのかな?


 あり得ない状況に、さくら自身も内心は酷く混乱していた。


「……ん。ここは……」


 さくらが茫然自失していると、男が不意に小さく声を上げる。我に返ったさくらは、男に近づき意識を確認した。


「私の部屋です。大丈夫ですか? これ何本に見えますか?」


 さくらは男の眼前に自身の人差し指をかざす。

 

「馬鹿にするな。一本だ……」


 男は不機嫌な表情をしながらも、さくらの問いに律儀に答える。


 その時、さくらは初めて間近で男の顔を見た。先ほどまでは血で汚れていたため分からなかったが、男はとても端整な顔立ちをしていた。


 それこそ、今時流行りの二次元アイドル風の顔立ち。それでいて、何処か儚げな印象を与える瞳。純粋に綺麗だなと、さくらは胸裏で思う。


「あ……あの、どうしてあの場所に倒れてたんですか?」


 我ながら実に馬鹿丸出しの問いに呆れてしまう。


「……答える必要はない」


 男の答えに若干ムッとしながらも、『ですよねー』と思う。


 沈黙が二人の間を漂う。


 気まずい雰囲気に耐えられなくなったさくらは、おもむろに立ち上がると一人暮らし用の小さな冷蔵庫の扉を開くも、すぐに冷蔵庫の扉を閉めた。


 そうだった。私の冷蔵庫には大量の缶ビールと栄養ドリンクしか入ってない。ミネラルウォーターすら無いなんて……。自分の女子力とやらは何処に消えたの。


 そんな様子を黙視していた男は、小さくため息を漏らす。


「……すまない。もう少しだけ休ませてくれ。そしたら出て行くから」


「え? あ、はい。どうぞ……」


 さくらが言うなり、男は再び床に倒れこむように横になる。


 本当ならば怪我人をベッドで休ませて上げたいのは山々なのだが、何せ男の衣服が酷く汚れているため、さくらは抵抗感が有り言い出すことが出来なかった。


 数分と経たずに男は小さな寝息をたて始める。


 この間にコンビニへ向かい、何か食べられそうな物を用意するべきか否か。瀕死状態の男が窃盗を働くとも思えない。悩んだ末、さくらは決意した。


 ……よし、コンビニに行こう。

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