第2話 出会い

 何がハッピーフライデーよ。結局今日も残業じゃない。あの上司、毎回毎回、へらへらしちゃって本当に腹が立つ。


『奥さんが待ってるから。後はよろしくね』


 原さくらの肩を叩き、上司はそうそうに業務を切り上げて、そそくさと帰宅した。

 

 社内に残されたさくらはつい先ほどまで、来週会議で使用する書類をまとめていたのだ。

 

 あーもう。奥さんが何よ。こっちだって死ぬ程疲れてるわよ。独身の女を少しは労りなさいよ馬鹿野郎。


 上司の言葉を思い出すだけで、苛立ちがこみ上げて来て、家路を辿る足は無意識に早歩きになる。


「…………面倒だし近道しようかな」


 ふと歩みを止めたさくらは、右側の薄暗い路地裏に目線を移す。

 

 自宅マンションまでは残り数メートル。今はその数メートルすら惜しい。早く帰宅してビールを呷り、ベッドで泥のように眠りたい。


 というより色々と虚し過ぎる。華の二十代を彼氏無しで、仕事に食い潰すとか悲し過ぎる。


 一人思考に耽りながら決心したさくらは、月明かりだけを頼りに、薄気味悪い狭い路地裏に足を踏み入れ歩みを進め始めた。


 すると、少し離れた場所に大型業務用の青色のゴミ箱に隠れるようにして、身体を地面に横たわらせている人のような何かが見えた。


 酔っ払いかもしれないと、路地裏を通ったことを早速後悔し始める。


「……ん?」


 だが、酔っ払いにしては少し様子がおかしい。


 見ないふりをして早く路地裏を抜け出せばいいものを、その人影のようなものに気を取られたさくらは、倒れている人物に恐る恐る近く。


 ――そして気づいた。


「……し……死んでる!?」


 慌てて駆け寄ると倒れていた、その人物は若い一人の男だった。服は血だらけで、男の顔にも自身の血か解らないが、血液の乾いた残滓がこびり付いている。


「どうしよう……。取り敢えず、警察? 救急?」


「…………うるさい」


「し、死んでない!? 大丈夫ですか!! 救急車呼びましょうか?」


 男は心底迷惑そうな声を上げながら、身体を起こそうとするが、力が入らないのか再び地面に倒れこむ。

 

「あ、あの病院に……」

 

「……必要、ない」

 

 瀕死状態の男は尚も頑なに、さくらの案を拒絶する。暫し悩んだ末に、さくらは自身のマンションへと男を連れて行こうと決めた。

 

 今の季節は二月だ。こんな場所で夜を明かそうとするなんて、あまりにも無謀過ぎる。運が悪ければ凍死する可能性も否めない。


 このまま放っておいて、翌日にこの男が死体になっていたら、それこそかなり寝覚めが悪い。

 

「なら、取り敢えず私のマンションに行きましょう。近いですし、手当てをしないと」

 

 返事はなかった。

 

 さくらはそれを了承と勝手にみなし、男の身体に手を回して、二人三脚のようにして抱き起こす。

 

 重っ!!

 

 弛緩している男の身体は、痩せている割には結構重く、さくらは助けようとしたことを途端に後悔し始めた。

 

「…………」

 

 男の意識は、すでに殆ど無いらしい。

 

 さくらのマンションまで残り数メートル。その前に無事辿り着けるのか。早くしなければ仕事で疲れ果てている自分も男と共倒れしそうだった。

 

 

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