1-4 次の世界へ

「おばさん!」


「さあ、観念しろワタル!」


ワープホールの前で待ち伏せていたリリウムが、じりじりと近づいてくる。

今逃げたら、リリウムに穴を塞がれるかもしれない。

ワタルはこの状況に困り果てていた。


「ちくしょー、ホントしつこいんだから」


「あんたなんか私の剣ですぐに……!」


「お、おいよせ、いぬっぴ」


いぬっぴが衝動的に戦おうとしたが、すかさずワタルが止める。敵わない相手だからだ。


「いぬっぴ……? そういえばそこの獣人、先程から『いぬっぴ』と呼ばれているが、それは本名か?」


「え? まさか! 本名がこんなダサい名前なわけないでしょ! これはワタルが私のギルド名義を勝手に決めちゃったの! 私の本当の名前はゼ


「ワタルが名付けた!? こいつ語感からして予想していたが やはりそうか! 貴様また罪を増やしおってからに!」


「名前もダメなのかよ」


「当然だ! 貴様が居た記録になるだけだ!」


「ちょ、ちょっと! 仮にも私の名前なんだから軽んじないでくれる!?」


また口論が始まる。今にも交戦が始まりそうな雰囲気だ。


「ワタル! ここは私が!」


見かねたラフラスがワタルの前へ出て、杖を構える。


「スゥー……ヒュックレロ光あれ!」

カンセーレ平穏に!」


ピカッ!


ラフラスとリリウムは同時に呪文を唱えた。

一瞬、杖は太陽のような輝きを放ったが、瞬く間に光は散るように消えてしまった。


「邪魔をするな!」


威圧的に叫ぶリリウム。彼女はカンセーレ――攻撃魔法を無効化する呪文で、光魔法を打ち消したのだ。


「な……!?」


「カンセーレが使えるのか!?」


ハシンスは驚いた。カンセーレは他の魔法に干渉できる希少かつ強力な呪文……ある程度鍛錬を積んだラフラスでさえ習得していない魔法だ。


「さあ大人しく捕まるんだな」


「あ?バーーカ!こんなんで捕まるわけねーだろーがよ!カンセーレの対策ぐらいあるもんねー!」


「なンだとォ〜!??」


ワタルがリリウムを煽る。カンセーレについての知識はある程度あったので、その脆弱性も知っているというのだ。


「ワタル!?何をするつもりなんだい!?」


「まあ見てな!」


ワタルが手を前に突き出す。


「くらいなおばさん!カグロ岩状に!」


「むっ!?」


ワタルがリリウムに放ったのは、防御魔法の失敗作であるはずのカグロ。

少なくとも味方にかける魔法だ。


「これは補助魔法!? 貴ッ様ァなんのつもりだ!」


「無知なお前に、この魔法の完成秘話を教えてやる。俺はガクロと間違えてカグロについて勉強していたんだ。だがその効果を知ったときにな、アンタみたいな魔法に頼り切ったアホがカンセーレでブイブイいわせてたら使えそうだなーとも考えてな、そのまま習得しといたんだよ。はい完成秘話おわり」


「結局どういう……お?」


リリウムはワタルの奇行に混乱していたが、次の瞬間にはワタルの意図が理解できていた。


「う、動かん!ええい、カンセーレ平穏に!っカンセーレ平穏に!ぐぅぅ!」


体が固い。素直に動かない。おまけにカンセーレも通用しない。

『カグロ』という誤った防御魔法が、リリウムの体を硬く、そして固くしているのだ。


「いいかいおばさん、カンセーレは炎だろうが光だろうが時空操るやつだろうが、あらゆる攻撃魔法を無効化するすんごい魔法だ。だが、もっとすごいのはな、その都合の良い『仕組み』なんだよ」


「何?」


「カンセーレってよ、味方の強化バフを解除しないようにな、味方向けの補助魔法には効果が出ないようになってるんだ。この意味がわかるか?」


「……?……あっ!?貴様ぁ!」


「ハシンス!俺の魔力じゃすぐ切れる!追加でやってくれ!」


「よしわかった!ジューネルより強く!」


ハシンスは効果強化の魔法をかけた。

リリウムの体をより強い補助魔法カグロが包む。


ゆっくりと歩もうとしていたリリウムの足が、完全に動かなくなった。


「く……このぉ〜〜ッ!」


リリウムは顔を真っ赤にして力を入れる。しかし首から下は一切動かなかった。


「本来の魔法じゃないから効力は不安定かもしれないし、コスパも悪い。

さらに本来の効果ガクロの効果で防御力を上げちまう。

しまいにゃ相手の動きを止める魔法ならもう存在してるときた。

こんな魔法なんか使う人どころか、正式な魔法扱いする人さえいないだろうな。

ま、だから俺らは助かったんだけど」


ヘラヘラと笑いながらワタルが語る。

喋り終わる頃には、リリウムは首まで魔法が回り、一切動かなくなっていた。


「ありゃ……彫刻みたいになっちゃってる」


10分250リルくらいは動かないんじゃないかな」


「まったく……。じゃあ今のうちに行っちまうか」


動かないリリウムを尻目に、ワタルはワープホールに歩み寄る。




その目前で振り向くと、最後にと3人へ声をかけた。




「いぬっぴ、ラフラス、ハシンス。今までありがとな!俺はここを抜けて別の世界に行くからよ、後は任せたぜ!」


「ワタル……行っちゃうんだね」


明るく振る舞うワタルだったが、いぬっぴの顔は対照的に不安げな表情だ。


「……大丈夫だ、いぬっぴ。俺が居なくってもラフラスやハシンスがいるじゃないの」


「違うのワタル……!私は……私はワタルが……!」


「あーぉダメだダメだ。悪いけど、お前の想いに応えることはできねえよ。俺にだって待ってる人はいるんだ」


「……!そ、そっか……」


暫しの沈黙。いぬっぴがワタルから目をそらす。


「……気を落とすなよ。お前にもいつか、別の運命の人みたいなのが来るさ」


「うん……」


うつむくいぬっぴ。表情はやはり暗い。


「いぬっぴ……」


ラフラスとハシンスが、心配そうにいぬっぴへ目を向ける。


すると、いぬっぴは顔を上げ、ワタルの目をしっかりと見つめ言った。


「……でも……ワタルの決めた事だから……。だから……私、もう止めないよ」


いぬっぴの覚悟から出た言葉だ。その言葉を聞くと、ワタルも安堵の表情を見せる。


「……ありがとう。お前も達者で生きろよ」


そう呟くと、穴へと足を向けた。


「ワタル……いつかまた会えるといいですね」


「ワタル、私からは何も言い残す事はないよ。今までありがとう」


「……ワタル!元気でね!」


「……ああ!お前達の事はきっと忘れないからよ!じゃあな!」


最後の会話を終えると、ワタルはそっと穴の中へ入った。


ゆっくりと中へ進み、ワタルの体が穴の闇に包まれていく。


ワタルの全身が闇に沈みきると、穴はみるみるうちに小さくなった。

そして、最後には何も残さず消えてしまった。



それを見届けた3人は、キヤスルへ帰るため、森を後にした。


静かな森で、3人の足音だけが響く。


先頭を歩くいぬっぴの目からは、大粒の雫が溢れていた。

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