1-3 ネオンタイツのおばさん

「ねえ、あれって誰なの?」


いぬっぴがワタルに質問をする。


ワタル達一行は、から逃げる道中で馬車を借り、それに乗って逃げていた。


そこそこ大きい馬車のカゴ。

4人はその中で向かい合うように座っていた。


「あれは悪質なストーカーだ」


「ストーカーって……ワタル、あの人に命狙われてましたよね?」


「なんで狙われてるかって話か?んなこと俺に聞かれたってわかんねぇよ」


ふてくされるワタル。

彼にとって、の事は話題にする事さえ嫌でたまらなかった。


ワタルはが嫌いなのだ。


「異世界人……って言ってたよね」


「異世界ってなんなの?」


質問責めが続く。

いぬっぴ達はワタルの詳しい出生を知らなかった。


彼女らにとって、ワタルは気がついたら城下町キヤスルに居た程度の認識であったし、ワタルもまた遠い所から来たとしか言っていなかったからだ。


「言ってもわかんねえだろ」


ワタルはいつも通り、自分の事ははぐらかす。


「なんでそんなに頑なに喋らないんですか!」


「ワタル。私たちは知りたいんだ。なぜこうなっているか。だから話してくれないか?」


「……」


暫しの静寂。

ワタルはその静寂から彼女達の心を汲み取ったのか、


「……ハァ……。じゃー教えたる。異世界ってのはな、こことは違う世界のことだよ」


ため息混じりに、3人に説明を始めた。


「よくわかんない。その違う世界って、どう違う世界なの?」


「例えば、文明とか……環境とか。そうだなァ……俺の居た世界にはオークもスライムもいないし、いぬっぴみたいな獣耳が生えてる奴もいない。あとは魔法も無い……とか」


「魔法が無いって、すごく……あー……文明が遅れてるってこと?」


いぬっぴは少し申し訳なさげに問うが、ワタルは微笑みながら首を振った。


「あーいや違う違う。ま確かに魔法は無いけどな、その代わり科学がすごいんだ」


「科学がすごい……確かにこの銃はなんか性能高いですもんね」


そう言いながら、ラフラスはワタルの懐を指さした。


それを聞いたワタルは眉を垂らし、懐から銃を取り出す。

「あーこれ?これはー……まあいいや。これみたいなのがゴロゴロあるんだ」


「ほんと?すごい所だね……!」


いぬっぴはやや興奮気味に尻尾を振った。

銃を見るその目はワタルの世界に対する尊敬の眼差しだった。


「へへっ。で、俺はそのすごいとっから来たってわけ」


「へえー。ワタルは科学の発達した国から来たんですね」


「ああ。だが、そんな俺を異世界人って理由だけで殺そうとしてくる奴がいるの。で、その一人が今追っかけてきてるあのおばさんってわけ」


はおばさんという風貌ではないのだが、蔑称も兼ねてワタルはそう呼んでいる。

無論、にもリリウム・ロングフローラムというれっきとした名前があるのだが、ワタルは長いからか、覚えようとしなかった。


「異世界人ってだけで……。でも追われてる理由はわかった。話してくれてありがとう」


「納得してくれたか、よかった。ついでに休憩も終わりみたいだ」


ワタルが顎で馬車の後方を指す。


指された方向に3人が目を向けると、猛スピードで追いかけてくる人影が見えた。


「逃がさーーーーん!!!」


リリウムだ。とても人の速さとは思えない脚力で走っている。

馬車との距離も、少しずつ縮まっていった。


「いぬっぴ!馬をもっと速く走らせろ!」

「よし!」


いぬっぴは前に出ると、手綱を使って馬をさらに走らせた。

次第に馬車はどんどん速くなり、次第にリリウムが追いつけない速さになっていた。


それでもリリウムは全力で走り、離れぬよう距離をたもち続けた。


「ハハハ、まだついてくんのか。おばさん脚強いな」


余裕ができたワタルは笑いながらリリウムを見下ろす。


「あ゛!?貴様!笑ってるのも今のうちだぞ!」


「まだ笑わせるつもりかよ。んなゴタクいいからさ、来れるんなら早く来いよ」


ニヤニヤと笑みを浮かべながら煽り続けるワタル。

これに頭にきたのか、リリウムは懐から長い縄を取り出す。


「言ったなァ!!」


走りながら縄を振り回し、その勢いで先端を馬車へと投げつけた。

その先端には、鋭く光る鉤爪かぎづめが。


「!? うわぁっ!」


ワタルは素早く鉤爪を避けたが、そのまま鉤爪は馬車のへりにしっかりとしがみついた。


「掴んだぞ!」


「ゲェーッ。なんちゅう無茶を」


ワタルは眉をひそめ、リリウムの行動に驚く。


リリウムは走りながら縄を手繰り寄せ、素早く馬車に乗り込んできた。


「さあ、来てやったぞ」


鋭い眼光でワタルをにらみつけるリリウム。


だがワタルは動じなかった。それどころか不敵な笑みを浮かべている。


「来ただけで終わりだろ?今だ!いぬっぴ!」


「はいどー!!」


ワタルの合図を聞き、いぬっぴは手綱を強く捻る。すると馬は大きく右折し、曲がった直後に急停止した。


それに合わせ、馬車も大きなカーブを描き、ガリガリと音を立てながら地面を横滑りした。


馬車内は大きく揺れ、横へと強く振られる。


「なっ!?貴様ぁあ゛ぁあ!!」


ゴンッ!


リリウムは振られた慣性で吹き飛び、勢いで馬車の壁に顔をぶつけ、そのまま動かなくなった。


ワタルら一行は受け身をしていたため無事だ。


起き上がったワタルが大きく笑う。


「アハハハ!男追っかけて痛い目見る馬鹿な女!あ、いぬっぴ、お馬ちゃん大丈夫?」


「大丈夫みたい」


「そうか良かった!じゃー今のうちに逃げるぞ!」


「いいけど、逃げるってどこに?」


「近くに別のワープホールがある!そこに入ればおばさんから逃げ切れるんだ!」


ここまで馬車は、ワタルの指示した方へ走っていた。その行き先にワープホールがあったのだ。


一行は馬車から降り、近くの森へ駆け込んだ。


「この辺にあるはずだ。センサーが反応しているぜ」


センサー……ワタルが手に持つカード大の機械はピカピカと点滅をしている。


「……ワタル。あの人から逃げ切ったら、その後どうするの?」


全員で森を駆け抜ける中、いぬっぴが素朴な疑問をぶつける。


「もちろん、自分の世界に帰るさ」


「……ちゃんと帰れるの?」


「もちろん。心配すんな、そのうち帰れるはずよ」


いぬっぴは複雑そうな顔でワタルを見つめた。


集会所前で、ワタルとリリウムの会話を想起していた。

聞いた限りでは、ワタルはここへ来たくて来たわけではないそうだし、帰れりたくても帰れないようでもあった。


「……ねえワタル、」


「先に言っておくけど、俺はこの世界ここに留まるつもりはねぇからな」


「……そっか」


ワタルの目には、揺らぎや迷いなどが一切無かった。

この世界からの脱出という心にも、一切の躊躇を感じさせなかった。


センサーのランプがより激しく光る。

それを見た一行は立ち止まり、周りを見渡す。


「この辺だ!この近くに穴がどこかに……」


「あっ!みなさんあれ!」


ラフラスの指さした先には、大きな空間の穴――ワープホールが開いていた。

しかし……


「げっ!?」


ワープホールの前には、なんとリリウムが立っていた。

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